石臼の唄







 ごりごり。

 地の底から響くような、何か惹かれる音がする。音につられるように地面も揺れる。

 それがなんとも心地いい。



 あの音は何?

 鼻歌を歌いながら浮足立つ村人に聞いた。



臼を挽いてるのさ。

臼?

知らないんかい? 粉を挽くあれさ。



それにしては大きな音ですね。

そうだろ。そうだろ。



 嬉しそうに頷いた。



あんたは随分と運が良いんだ。教えてやるよ。

この音は大きな大きな臼を挽いてるんだよ。

皆、総出で楽しく挽いてるのさ。



臼の周りが、子供の足で半日かかる程大きいんだ。

大人の足でも昼から夕までかかる。

それを、皆で挽くんだよ。

とっても楽しいんだ。



皆で臼の周りで歌ったり、踊るんだ。

臼の上に木がさしてあって、それをみんな押すんだ。

押すと、体がびりびりして気持ち良いんだ。

ごりごりして、びりびりするんだ。



みんなして一日中挽いてると楽しくって楽しくってたまらんのさ。

そこで皆仲良くなるのさ。



歌も聞こえるだろ?

心が綺麗だと聞こえるのさ。



そんな大きな臼で何を挽く?

なんとも得意気に村人は笑った。



何かを挽いているわけじゃないんだ。水を出してるんだ。

ここまで来たんなら分かるだろ? ここら辺に河も井戸も沼すらない。

だから水を臼から貰うんだ。他の所じゃないんだろ? 不便なもんだ。



なぜ臼から水が出る?



これには苦笑いで首を傾けた。

さぁね。前に来た人たちが地下水を汲み上げているんだろうとは言っていたが、そんなことどうでもいいじゃないか。

水が出るんだ。それで十分だ。



なら、上に穴なんてない? 穀物も挽かないから。



いやいや。呼び水を入れる穴があるよ。丁度、人がすっぽりとはまるくらいのがあるんだ。



そう。



村人が見せてやろうと、手を引いた。



山の石段を登って行くと、開けた場所で老若男女問わず石臼らしき石壁を回していた。回していない者は歌ったり、楽器とも言えない木の枝や木の実を叩いている。皆楽しそうだ。



これが石臼だ。



村人が言うが早いか、走るが早いか、空いている丸太にしがみ付き一緒に回し始めた。



波のように横から水が臼の上部と下部の間から溢れた。



水は足元に引かれた水路を通り山を下る。

ここからでも見つけられるほど大きな溜池に注いでいた。



ごりごり、ばしゃばしゃ…

石臼の音に混ざる人の笑い声、楽器の音。

それがなんとも心地良かった。



あぁ、気持ちのいい音だ。



これは壊さなくていい。

そう報告しよう。



昔、ここ一体を治めていたのは我々の祖先。

祖先は、気に入らない者はこの石臼で挽いた。次に挽かれるかもしれない人間達に石臼を回させて。

水ではなく赤黒いものが溢れていた。

そんなことばかりで土地を治められるわけもなく、祖先は追い出された。



祖先の醜い側面を消し去ろうと、今更ながら子孫は動いた。

過去を消せるわけではないのに。



ここは、壊された他と違う、唯一の例外かもしれない。壊したくない。

自分も丸太にしがみ付き、一緒になって石臼を回し始めた。

びりびりする。