* * * * * *



一見すると、一般の客達と混じって、同じように足早にステンレス製のステップを降りる女性がいた。
だが、少しでも熟練した人物が見ると、女のその動きは奇妙に思えたに違いない。
目線は警戒するように静かに配られ、足運びはモデルのように綺麗だ。
それなのに、ステップを降りる時には女の足音だけしなかった。
まるで、女スパイ。
…しかし、バレバレの(^ ^;)



「………」


そんなある意味完璧さを保っていながら、服装が全てを無に帰させている。
半透明のピンクのレンズでフレームレスのサングラスに、マフラー状の淡い桜色のスカーフ、ふんわりと編まれた白いキャスケット、アイボリーの長袖に焦げ茶色ロングスカート。
モデルの下手な変装姿のようだ。
暑そうにも見える格好だが、素材はとても通気性の良いもので出来ているようだ。


「…バレたら国が沈む」


キャスケットから漏れた見事な赤髪へと、無意識に細くしなやかな指を絡ませながら梳く。
声にならない程の声量でそう言葉が口を出た。
その言葉には誰も気付かなかったが、一人だけ女の姿を見て振り返った。
「おや?」先日の清掃員の男である。
視線に気付いた女が、清掃員に向かって歩いてきた。
女を見れば見る程、どうしてか清掃員は先日の怪しい言語を操る男の事が思い出された。


「この男を見てないか?」


そう言って女が差し出した紙には、驚くべき事に例の怪しい男の姿が写っていたのだった。
多少顔が横を向いている写真だが、あの男に間違いないだろう。
清掃員は怪しい訛(ナマリ)の男が飛び出ていった宇宙船発着場の出口を、その怪しい女に教えた。


「情報提供アリガトウ」


口では丁寧に感謝の意を表す言葉を声にしたが、頭は会釈の動作すらなかった。


「いやいや、頑張って下さい。
 あの地区は広いですからね…って」


清掃員が歩いて数歩の距離にある出入り口に、その女を案内しながら振り返った時だった。
女は真逆にある出口へ行こうとしていた。
後少しでも清掃員が振り返るのが遅かったなら、女は間違った方向へ行っていただろう。


「あの、こっちですよぅ?」


困ったように帽子越しで頭を掻く。
早歩きでUターンした清掃員は、迷走する女の肩を軽く叩いた。
振り返った女は、驚いたように目を白黒させていた。
いつの間に背後に回られたのかという問いが、そこに表れていた。


「ぶれっ…?…!
 わ、分かってます!
 方向音痴なんかじゃありません!」


突然大声を上げた女に、足早に過ぎ行く人々の足が一瞬止まる。
清掃員は何でもないと、慣れた様子で人々に素早く伝えた。
すると、人々はクスと笑うと何事もなかったように歩き出した。


「いやぁ、そこまでは言ってませんケド…」

「え、あ、その…えっと」


口を両手で押さえた後、恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤になっていた。
清掃員の視線を気にして顔を俯ける。


「あ、丁度、コレの仕事の契約が切れたので…」


思い出したように、清掃員は突然話題を変えた。
モップを床に軽く打ち付けて、清掃員としての仕事の事だと示す。


「そ、そうなんですか?」


今にも泣き出してしまいそうな表情で、女は露知らず清掃員の帽子に隠された顔を見上げた。
清掃員は帽子を取って軽く辞儀をして見せた。


「お嬢さん、雇って頂けませんか?」


片目を瞑(ツブ)ってウインクして見せる様は、思わずこちらも笑顔を返してしまうような笑顔だった。
但し、偶然にも女は視線を清掃員から外していたので見ていない。


「はぁ、って…へ?」


目を点にした女が言葉を理解する前に、清掃員はズイッと顔を近付けた。
そして、小指を立てて言ったのである。


「お嬢さん、アレのコレでしょ」


つまりは、あの怪しい男の彼女だろうと言ってのけたのである。


「(即バレ!?)あ、貴方(アナタ)、一体!?」


女は顔を引き攣(ツ)らせて、それを尋ねるのが精一杯だった。
そして、女の正体をサクッとバラした脇役の正体が明らかになる。


「あ、申し遅れたね。
 焼き鳥屋《ファイヤバード》の店をやっている者だよ」


誰でも着られるように大きめに作られた鼠色の作業着に、巧く隠された猫背でひょろっとした体型の中年男だった。









* * * * * *



カーテンは閉め切られ、部屋の明かりも点けられていない広い部屋。
けれど、真っ暗闇というわけでもない部屋だった。


『…は未だ行方不明です。 では次のニュース。 ラスタークルス星の王家…』


何も映す事なく、同じニュースばかり繰り返すTV。
砂嵐の画面の光が照らして浮かび上がらせている椅子には、姿がなかった。


「協力者の出現。 裏切り遭う…
 それとも、見えない敵か」


椅子から正面の壁の前に、その姿はあった。
足下にはカードが二枚。法王と月。


「ふふっ…えらく立ち位置がバラバラに出たものだ」


自嘲気味の声は、楽しげに聞こえるけれど悲しそうに感じられた。
壁には一枚の絵画で覆われていた。砂時計と手の描かれた油絵。
部屋の入り口からは絶対に入らない大きさの絵だ。
下手とは言えないが、上手いとも言えない極普通の絵に見える。


「…ぉさん…何故? 私を!
 …めて…のですか!? …たいのに」


片手を絵に触れさせると、薄い一枚のガラスの冷たい感触が嫌が応にも隔たりを意識させた。
押し殺そうとする声は、少し掠れていた。
けれど、隠された瞳から涙が溢れる事はなかった。
まるで、もう枯れてしまったかのように…





* * * * * *



照明が落とされた暗い部屋。
大きな黒い塊が、音を立てて床に崩れ伏した。
それが何なのかを理解している魔女兎シセルが、カツカツと足早にそれに近付く。


「モ゙、モナーク様ぁ゙」

「逃げ帰ってくんじゃないわよ! 馬鹿犬!!」


声はいつもの調子だったが、見下すような冷めた目付きがライオネルを脅えさせた。


「敵の一人や二人消して、戦力を殺(ソ)いでくる計画はどうしたんだい?」


こちらもいつも通りの優しい声音と雰囲気だった。
しかし、優しい故に逆に口では言い表せないような恐ろしさがライオネルに重く圧(ノ)し掛かった。


「…全能力封じられ、て…しかも!」


あまりの息苦しさに言葉が可笑しな調子で口を出た。
心臓が握り締められているような感覚に目眩がしそうだ。


「時間が経たないと元に戻れない姿にしたのは、モナーク様でしょう!?」


言い切った時には、周りから拍手が沸き起こっていた。
声を絞り出す中、励ましの声があったようだった。
あまりにも必死過ぎて、本人には届いていなかったけれど。


「正体不明の黒い液状物質の囮を、やった事もないくせに…」


囁くようでいて、吐き捨てるように漏れた言葉だった。
シセルが誰に言ったという言葉ではなかった。
ただ、不幸話を展開するには悪の組織らしくないから。


「やりたいですか?」

「嫌に決まってるでしょ!
 史上最凶最悪の乱学者の実験に…なん、か」


シセルには、どこかで聞いたような声が聞こえた。
今、ココで聞いてはイケナイ声が聞こえてしまった。
幻聴だと言い聞かせようとする間もなく、声は続いた。


「そんなに褒められると、そそられます」

「いやいや、明らかに褒めてないから(^ ^;)」


ライオネルが突っ込む中、シセルは皆に避難してと警告した(心の中で)。
そして、一人だけ部屋の隅を通って逃げ出そうとしていた。
相手が、性質(タチ)の悪い“実力の伴った腹黒で性根が腐った者”だと知っていたからだ。
だが、後数メートルで出口という所で、その問題の白衣の男は立ち塞がった。


「何処へ行くつもりかな?
 シセちゃぁん?」

「ナ!?」


人差し指で、その男の名前を紡ぎそうになった唇を軽く押さえられる。
そして、シセルが言葉を噤(ツグ)むと、自分自身にもその同じ人差し指を当てて、にこりと笑ってみせた。
何気なく公衆の面前で間接キスをされて、シセルは僅かにかぁと赤くなる。
それなりに部屋が暗いので直接には見えない事だけが救いだが、本当にそれが救いなのかどうなのかは微妙だ。


「ブラウン博士。 何か御用ですか?」


全体的にヒラヒラとした服装が翻っただけのように見えた。
その瞬間、ブラウンの背後にモナークは移動していた。
約十数メートルの瞬間移動をしたようだ。


「ハニーに逢いに来たんですよ。
 リョーガにはついでで寄らせて頂きました」


ゆっくりとモナークの方へと体を向けて、無表情で機械的にそう答えた。
ギャップするように、前半の言葉にはそれなりの感情が籠っているように聞こえた。


「優先順位低っ!」


小さく呟いたライオネルの声。
彼にはブラウンの顔が見えていなかったから、呟けた一言だった。
顔が見えていたなら、また違う理由で突っ込むのだろうから。


「ハニィー(はぁと) 逢いたかったよ(はぁと)」


抱きつく勢いで真後ろのシセルを振り返って、ラブ光線を放った。


「私は会いたくなかった!
 仕事場違うでしょ!!」


すかさずシセルは、長い棒の先に半円の弧の形状をした物が付いている抑え棒で、ブラウンを遠ざけた。
シセルの声は、驚きと焦りと恥ずかしさでいつもと違い、うわずっていた。


「“愛”は全てを超えるんだよ(はぁと) ハニー(はぁと)」


ふっと体が掻き消えたと思った瞬間に、シセルと背中合わせになったブラウンがいた。


「カトレアには会わせてあげるから、仕事場に帰れ!
 このっ、ぐるぐる眼鏡!」


振り返り様に抑え棒で薙いだが、ブラウンはマトリッ○スさながらに背中を反らして避けた。
茶色の髪がふわりと舞い、瓶底眼鏡のような丸くぐるぐるな眼鏡がきらりと輝く。


「うん。『ずっとココにいて(はぁと)』だね(はぁと)
 ハニーの愛は受け取ったよ(はぁと)」


反らせていた体を起き上がらせて、ブラウンはにっこり言った。


「貴様の耳は腐ってんのかぁ!!」


「シセル様ヤメテください!」と左手を押さえる者。
「暴力と魔力はいけません!」と右手を押さえる者。
「ヤレヤレー♪」と応援する者。そして、「「黙れ!」」と言われるρ(-ε-。)イジイジ


「クロス、椅子返して」


椅子とは、勿論前回の問題の嘘発見機。
次回ラブマシーンに改造予定あり(…?)
な、なんだってぇぇえええ!!??
そんなカオスなマシーン作らないでください。お願いしますorz


「これから、使おうとしてたのになぁ」


モナークは少し残念そうに、電球やらコードやらもう既に何か分からない物でゴテゴテとした椅子こと嘘発見機を返り見た。
その時、誰もが最悪の事態を理解した。


「(貴様かぁぁあああ!! 犯人わぁああ!!)」


ブルート(前回の鶏やら牛の総称。仮面ラ○ダーで言う所のショッ○ー)の製作担当者がブラウンであるという、シセルにしてみればかなりショックな事実だった。


「次はプチプリティ(はぁと)にしとくから、妥協しろ」


どうやらシセルの考えている事などは、怪電波受信システムでもあるらしく筒抜けで、ブルートの外形の事について言った。


「え? あ、そうか?
 (…椅子がプリティになるんだぁ)」


配下の思惑は露知らず、モナークは勘違いしていた。
そして、想像を膨らませようとしたが、それは叶わなかった。


「あぁ、それと…」


ブラウンは世間話でもするように切り出した。
そして、言葉を残してモナークの脇をすり抜けた。


「ひそひそ(カメレンジャーにグレイというのがいただろう。あの女には関わるな。この星の人間じゃないあんたらには、手に負えない女だ)」

「………」


計り知れないブラウンの言動に、モナークは反応を返す事すら出来なかった。


「じゃ、そゆ事でぇ。
 ハニー(はぁと) アイ・ラブ・ユー(はぁと)」

「キル・ユー(死ね)!!」


何事もなかったように、ブラウンはシセルを振り返って投げキスをして去っていった。









* * * * * *



「っ!?」


朝日が未だ顔を覗かせてもいない時間帯の事である。
雷でも落ちたように、クリアは眠っていた体を勢いよく半身を起き上がらせていた。
不意に起こした所為で、頭はズキズキと痛んだ。


「(最近、また見るようになったな…)」


そして、反射的に頭を押さえた手にはべっとりと汗がまとわり付いていた。
気付けば汗が額や頬、首筋を流れて、顎では滴っていた。
びっしょりと濡れた寝巻きが、密着するように肌にまとわり付いて気持ちが悪い。


『あにうえ…、あにうえ?』


夢の中でも、クリアを捜し続ける虚像。
そう思い込んでも、夢の残像が未だに残っている。


「(…カッコ…悪いよな)」


ベッドから降りてカーテンを開けて、冷水器の冷えた水を飲む。
いつも通りの動作に、今日もシャワーを浴びる時間を追加した。





* * * * * *



ドアをノックする音がする。
正確に刻まれたリズムは、叩いた人物の性格を表すようだ。


「クリアか…どうぞ」


ドアの奥からそう聞こえてくるのを待って、クリアはドアを開いた。


「司令、失礼します」


その人は、軽く会釈しながら司令室へと入ってきた。
シャギーの入った燃えるような赤い髪に、真っ黒いサングラスが瞳を隠していた。
胸のに掛けられた十字架が、朝日に輝いた。


「悩みでもあるようだね」


クリアがカラーの顔をちらと見た瞬間、カラーは指を顔の前で組んでそう言った。
いつもと変わらない白のカッターシャツに黒のベスト、白のパンツスタイルの服装。
右肩にゆったりとリボンで纏めた髪は銀色で、目許は目隠しで隠されている。
胸には、ロケットがひっそりと掛けられている。


「いえ」


簡潔で、切り裂くように何もかもを否定する声が、静かに放たれた。
クリアのそんな言葉など、完全に無視してカラーは口の端に笑みを浮かべながら言う。


「“オクタ”。 それが、鍵だよ」

「司令。 頭、冷やしてきます」


耐え切れなくなったとでも言うように、クリアは入ってきたばかりの扉に向かった。


「いってらっしゃい」


カラーの促す声が聞こえると、入ってきた時と同じように礼儀正しく出て行った。


「“ゼロ”を制すは“オクタ”にあり…ってね」


机の上には無造作に散らばったカードがあった。
二枚だけ表返ったカードが目に付く。
愚者、力と描かれたカード。
そして、小さく描かれた数字は“0”と“8”





* * * * * *



クリアは一人で、エレベーターに乗っていた。
一人で乗っている理由は、クリアの殺気で誰もが乗りたがらなかったわけではない。
乗れる人がいなかっただけである。


「…(何で、あの人はズバズバ人の心を見抜くんだ)」


冷静に見える顔の下で、クリアはとてつもなく動揺をしていた。


「(…顔には出てないはずだ)」


ポーカーフェイスを自負するクリアには、絶対に信じ難かったのである。
信じたくなかったという方が正しいのかも知れないが…


「(大体なんで“オクタ”…“8”なんだ?)」


8といえば、eight、八番目を表すならΘ(シータ)、ビリヤードの玉なら黒の玉、時刻を表してるのなら現在の午前午後2時をそれぞれ示している事になる。
90度回転させると無限(インフィニティ)を表す∞(レミニスカート:ウロボロスが形の元になったと言われる)にもなる。
それとも、“オクタ=8”という考えがそもそもの間違いなのかも知れない。


「(考えていても仕方がない。 まずは奴の悪行を…)」


目的の階でエレベーターが到着の声を上げる。
静かにゆっくりと開く扉にイラつきながらエレベーターを降りると、クリアは足早にその場を去る。
不意に擦れ違った、草色の髪に黒い瞳を持つ少年は、クリアを振り返った。


「…?(あれ? さっきのって、クリア副司令?)」


ケーキ類の買い出しに出掛ける夭乃厶が、不思議そうに見ていた事にはクリアは気付かなかった。









* * * * * *



「げっ…。 あぁら★ 副司令官様。
 どうしてこちらに?」


夙見が見てきた中では、カラーにべったりと背後霊か何かのように引っ付いていたクリアが、ミーティングルームに顔を出した事が驚きで、一瞬硬直する。
でもそこは、からかう事や猫かぶりにかけては天才的な夙見である。
嫌味になりそうでギリギリなっていない線の話し方で、何とかやり過ごした…つもりだった。


「今日こそ、貴様の頭。
 脳細胞レベルから叩き直してやる!」


目から破壊光線を放ちそうな勢いで、真っ黒いサングラスがギラリと光った。
オーラという覇気が、これ以上ない程どす黒く渦巻いていた。


「御冗談を★って、マジじゃないのぉ!?」


朝食のシリアル(チョコ味)を、口に運ぼうとしたスプーンの先が消えた。
遅れて、シリアルの中に落ちた一寸前まではスプーンの先だったと思われる何かが、シリアルとミルクを飛び散らせる。
服が汚れる間一髪で、夙見は後方に跳んだ。


「本気でないと捕まらないだろう?」


一切の笑みも浮かべずに言うクリアの言葉に、夙見は笑顔で返した。


「それは過言ですよぅ」


そういう間にも、クリアの攻撃は止まない。
胸に掛けられていた十字架は、今や正確に夙見を狙う小刀へと変わっていた。
リーチが短い為避けきれているが、流石は司令の護衛も兼ねているだけあって動きが早い。
しかも、本気だと言いながらも足技を入れていない所を見ると、手を抜いているのは明らかだ。
朝食という動力源も食べていないので本調子になれず、不利だと感じた夙見は、一呼吸して声の限り叫ぶ。


「きゃぁぁあああ!!」

「何!?」


頭の中では、追加で「助けてカメレンジャー!」とか叫びながら夙見は密かに口の端だけで「勝った」と笑んだ。
“悲鳴=助けが来る”のルールは、甘くみてはいけない。





* * * * * *



「(ココって、オモチャ会社だったんだぁ)」


布団の中で丸まって、陽里は半分夢見心地で昨日あった竜淵の説明を思い出していた。


「全国展開している大手玩具メーカー《イクシード》。
 その本社が、拙者らが隠れ蓑としている所だ」

「ぁ!?」


思わず、後ろに倒れてしまいそうになる程の高さを誇ったビルだった。
ライトアップされた淡いライトブルーの壁に、ガラスが内からの光で明るく輝いていた。
地上150階、地下30階の超高層ビル《イクシード》本社。
100階以上は一般社員立ち入り禁止で、上に行くにはカードキーが必要になる。
指紋・声紋・網膜パターンの照合が必要になるのは130階かららしい。


「でも、アタシはカードキーなんか持ってないよ?」


不安そうな瞳が宙を彷徨う。
すぐに陽里は竜淵がちゃんと持っているだろうという事に気付いて、期待の目を向けたが、竜淵は視線を避けるように背を向けた。


「では、今夜は野宿だな」


不敵な笑いがエレベーター奥の壁一面である鏡を通して見えてしまった。


「ええぇえ!?」

「…冗談だ」

「…(竜淵さん…全然冗談に聞こえません(T^T))」


竜淵はいつもの仏頂面に戻って解説を続けた。


「拙者らの場合は、このトランス機が代わりになる」


トランス機とは、カメレンジャーに変身する為の必須アイテムである。
しかし、外見上は普及している携帯電話と何ら変わりはない。
勿論、携帯電話としての機能も使える。
竜淵はそう言いながら、エレベーターの側面に隠された読み取り装置にトランス機を押し当てた。
ポーンという音の後に、何階に行きたいのかと女性のアナウンスが問い掛けてきた。


「百二十七」


カメレンジャー本部に与えられた階数は120~130。
120~126階までが、カメレンジャーバックアップチームの部屋と仕事場で、127階はカメレンジャー専用の部屋…つまり、スイートルーム。
因みに、128階ミーティングルームとその他の部屋。
129階は副司令室、130階には司令室があるのだ。





* * * * * *



ミーティングルームへ続く廊下を、陽里が一人で歩いている時だった。


「きゃぁぁあああ!!」

「な、何!? 夙見さんの声だ!」


急いで何が起こったのかを確かめる為に、陽里は全速力で廊下を駆けた。
巧く利用されているとも知らずに…


「何があったんですかぁ!!
 …ひぃぃいいい!」


危険なのでという理由で、開け放されたように全開になった入り口。
その修理中の痛々しい扉の中が見えた瞬間、陽里の声が悲鳴に変わった。


「クリア副司令!?」


陽里は忘れてなどいなかった。
カメレンジャーのカメバージョンに変身した竜淵の姿に、堪えきれずに大笑いしてしまった時の事だ。
あの恐ろしい実体験が鮮やかに蘇る。


「じゃぁ、ちっちゃいの、相手頼むわね★」


天井すれすれで回転しながら、陽里の頭上を越えていく。
呆気に取られたように、陽里は一瞬ぽかんとした。
すぐに気が付いて声を上げる。


「え? え!? えぇえええ!!」

「貴様ぁ、逃げるのか!」

「悲しみに暮れた0(愚者)の相手は、21(シュクル)ではないの」


軽く振り仰ぎながら言ったその言葉は、何だかいつもの夙見とは違っていた。


「くっ…逃げられたか」


風のように走り消える夙見の後を追いかけた目が、ふと、陽里に留まる。


「ぁわわわ!?」


あまりの恐怖に腰が抜けて、陽里はその場を動けずに奇声だけを上げた。
かなり動転していて、今にも気を失いそうな勢いだ。


「来い!」









* * * * * *



綺麗に殆ど何もない殺風景な部屋で、陽里は今現在最も関わり合いたくない相手と、向かい合って座っていた。


「はうぅぅぅ」


出されたオレンジジュースを飲みながら、脅えるように相手の動向を逐一ちらと確認する。
僅かに相手の指先が動くのでさえ、何かされるのではないかと恐ろしくて呼吸が止まりそうになる。


「はぁー(どうしたものか…)」


その様子にクリアは溜め息を漏らして、頭を悩ませていた。
ここは、129階の一室。所謂、副司令官貸し切りのフロアの部屋の一つ。
そんな部屋で、トラウマの相手と二人きりで、抵抗などしたら余計に火に油や水を注ぎそうな雰囲気を感じて脅えるのは普通であろう。
しかし、クリアは陽里が脅えている理由が分からず、どうにか宥めようと水面下で奮闘していた。
宥めようとクリアが出したオレンジジュースは見事に逆効果で、毒でも盛られているのではないかと思いながら陽里は飲んでいる。
勿論、始めは弱弱しくも断ろうとしていたが、ちらと軽く寄せられた黒サングラス越しの視線が陽里には「私の出したジュースに文句でもあるのか」とクリアがすごんでいるかのように見えてしまい、断れなかったのだ。
いつも一緒にいる竜淵の184㎝より、クリアの187㎝と3㎝も高い。
因みに、当の陽里の身長は128cmである。
竜淵がキレると恐い事が、竜淵の言う前回の“つくね救出事件”で“巨人”が禁句だと分かっているので本人の前では絶対に口が裂けても言えないが、頭の中では巨人だと思っているのである。
それよりも高いという事は、「副司令は大巨人だ」とか考えていて、もしこのオレンジジュースに昔見た三銃○の物語よろしく自白剤でも混ぜられていたらと思うと、陽里は生きた心地がしなかった。
きっと、樹に逆さ吊りにされたりとか、熱湯風呂に入らされたりとか、兎耳を縛られたりとかの拷問が…などと若手の体を張る芸人さんか何かですかみたいな事で脅えていて…


「…昔々、ある王国に我儘な王子がいた」

「へ?」


突然語り始めたクリアを、陽里は驚いたように見上げた。


「(一体、自分は…今更何をしようというんだ?)」


話し出したクリアですら、内心では自分自身に驚いていた。
確かに、子供には昔話をしてやると落ち着くと言われているが、何もこんな話をするとは、と。


「ある日、その我儘にとうとう怒った王が、その王子を国外追放にした」

「誰も、その我儘を止める人はいなかったの?
 王子様の名前は?」


熱心に耳を傾ける姿に、クリアは一瞬驚いた。
こんなに話を聞いてくれるとは、思いもしなかったからである。


「…黙って聞け。
 王子も引くに引けず、自ら国を捨てた」


素っ気なく注意すると、陽里は口をチャックする仕種をしてから、話に耳を傾けた。


「だが、その王子には可愛がっていた弟が一人いた」


『ブラコン?』と陽里は懐から取り出したメモに素早く書いて、クリアに見せた。
クリアは、すぐさま『違う』とそのメモの端に書き返した。


「王子はただ一つ、その弟の事だけが後ろ髪引かれる想いだったという」


『やっぱブラコンじゃん』とメモに書かれた一番上の紙を、クリアは無表情で陽里から奪うと、ゴミ箱の上で破いてしまった。
思わず声を上げそうになるが、堪える。


「その追放された日が、…今日」

「王子様の我儘って何だったんだろう?」


純粋な気持ちで陽里は質問した。王様を怒らせた程の我儘が何かを…


「他の国に行く事だ」

「どうして、それぐらいかまわな…」

「王家の人間は三十歳を過ぎるまで、外の世界に出てはいけない掟がある。
 況してや、十歳になったばかりの王子には絶対に不可能だ」


幼過ぎる。そして、不自由を知らない。
そんな人間が、外の世界に出るとどうなる事か、誰の目にも明らかだ。


「じゃぁ、王子様は何で外に出たかったの?
 犠牲まで払って」


そう聞かれて、考えるようにクリアは目線を陽里から離すと、少し黙った後に答えを出した。


「多分、認めて欲しかったんだろう」


クリアの目は遠くを見ていた。
サングラス越しでもはっきりと分かるように、どこかを見据えていた。


「王の息子としてではなく、…一人の人間として」

「その後どうなったの? 王子様は?」

「すぐに消息を絶った。
 生きているのか、それとも死んだのかは神のみぞ知る」


ふっと笑ったような気がした。
クリアの目が視線を陽里に戻す瞬間、陽里はそう感じた。


「生きてて欲しいなぁ」


ぼそりと、陽里の口から言葉が零れた。
クリアの目が一瞬見張ったのには気付かない。


「何でだ?」

「絶対、王子様何か勘違いしてる。
 だから、ちゃんと王様と話し合って欲しいから」


いつの間にか、両手を包み込むように握られていた手は…温かかった。
一瞬だけ、見上げられた顔が幼かった弟と重なる。
今はもう、すっかり大人になっているだろう実の弟の姿に…







☆次回予告☆

BATTLE5 光と再生と破壊の戯曲


物語は語られる…
空白の時を知る者は、いづれに在りしか。
未だ熟すには早過ぎる。
だが、腐ってしまうその前に、
摘み取ってしまわなければならない。

まだまだまだまだ、解らない事ばかり。
但し、今の所、闇が出る予定はない。

次回『誰にやられたんだフレアマン!?』
ぐァあアあ!!!
…コンタクトには気を付けろ…バタっ!(ウソ)


☆つづくんだカメ☆