ここは、太陽系、第三惑星――アース。

マウス暦、2544年。






宇宙開拓も進み、太陽系の外にある星系から、宇宙人が遊びに来るようなご時世。




第一次宇宙戦争から、はや四年。

不参加だったアースにも戦争の火種は及んだ。


そのため、中立の大星ヒポクリットの第十二代星王、レオ王と平和締結を行った。



だが、改善は一時的で、最近では一般人に被害が及ぶ例もあった。


そして、その事件をきっかけに、両星の重要幹部らが秘密裏に行動を起こした。




――そうして…今年、ある組織が密やかに結成された。――







* * * * * *


盛大に伸びをしながら、発着場から伸ばされたステンレス製のステップを軽快な音を立たせながら降りてくる、如何にも怪しい男がいた。


「うっはぁ! やっぱ、船より外の方がエエわ!」


不透明でゴツい黒のサングラスに、顔の半分を覆ったマスク。頭には目深に被った緑のニット帽を、それに合わせるように服もグリーン系。上はグリーンの縦筋の入ったタートルネック。そして、下はモスグリーンの少しダボつかせたロングパンツ。一見すれば、とても暑苦しい格好であるが、素材はとても通気性の良いもので出来ているようだ。身長は162cmと、存在感の大きさの割りに高くないような気がする。


「あんま、変わってへんなぁ? まぁ、当たり前か!
二年か三年ぐらいでパッパ変わられてたら、ホンマ! ビックリするでぇ!」


ニット帽から漏れた金髪がボサボサなのも気にせず、訛(なまり)のある口調に大声で喋る。余りに怪しいので見ていた清掃員の男と、怪しい訛の男の目が偶然合った。


「おお? なんや、オッちゃん?
ジロジロ見んといてぇーな!
ワイ、照れるやん(はぁと)」


満面の笑みを見ず知らずの奴に振りまく様子を見て、悪い奴ではなさそうだと思った清掃員は「はて?」と思った。ドコかで見た事がある、そんな気がしたのである。テレビ、新聞、裏路地だったか。でも、それがドコだったか結局思い出せなかった。


「おっと! 忘れとったわ!
早よ急がんとぉ!!」


そう言うと、怪しい訛の男は宇宙船の発着場から飛び出していった。
その数日後。またもや、怪しい人物に出会う事になろうとは、バレンタインデーのトラップチョコの上にチーズ…ではなくチョコ自体がカレーのルーだった時ぐらい、清掃員の男は考えてもいなかった。






* * * * * *


仲間だと言われていた奴に寝返られ、仲間だと言ったその仲間にも鼻であしらわれた。まるで、幸運から見放された獣がいた。蒼いぼさぼさとした毛並みに、金の鋭い眼光が印象的である。自らを狼と名乗るだけあって、風格は十分だ。


「くそっ! シセルめ!
誇り高き狼を犬呼ばわりするとはっ」

「馬鹿を否定しない所が、君の良い所だね。
ライオネル」


ライオネルと呼ばれた獣が、声のした背後を振り返る。振り返った先には、ある人物が何処からともなく現れていた。ライオネルに背中を向けて、空に背中を預けるように立っている。全体的にひらひらとした服装は、それがアースの物ではない事を物語っていた。


「これはっ、モナーク様!?
き、聞いておられたのですか?」


仄暗く何もない空間。そんな場所に、敬愛している人物が現れるとは思ってもみなかったのだろう。慌てて跪き頭(こうべ)を垂れる姿は、先程と同じ者とは思えない。


「でもね、そのモナークって言うのはやめてくれないかな?」


こちらを振り返って近付いてくる靴音に、身体が震える。本人は脅迫のつもりなのだろうが、生来の優しい声音と雰囲気が畏怖を感じさせなかった。


「君主(モナーク)様…では不足ですか?」


話の流れから、つい一瞬頭を上げてしまう。普段なら、シセルから非難される行為であるが、どうにもこうにも直らないのだから困ったものだ。しかし、そこにはモナークの姿はなかった。けれど、頭を下げた瞬間に横から頭を撫でられる感覚に安堵する。


「…名前で呼んでもらいたいなぁ」

「そんな、恐れ多い事、俺には出来ません」


それは組織というものの考えでは、正しい事だっただろう。但し、それはトップの考えが違うなら簡単に覆せるものでもあったのだった。


「…よし! 今回は君に行ってもらおう」


世間知らずの狼は、ただ瞳を丸くさせていた。 これから訪れる、更なる不運に気付きもしないで…






* * * * * *


緑の公衆テレビ通信ボックスの中に、更に全身緑の服の怪しい訛の男がいた。


「おお! 働かしてくれるんか?
あんさん、エエおひとや!」


通信が不安定なのは、公衆テレビ通信ボックスに噛(かじ)り付いているカメの仕業なのか、それともプライバシー保護の為なのかは分からないが、男の前のモニターには人影のようなものしか映っていない。


「年中人手不足だからね。 仕様がない」

「気の無い振りしてぇ!
コネ使ってくれたんでっしゃろ!
ホンマ! エエおひとやぁ!」


モニターに向かって肘でこずく男に、平和の象徴などというふざけた異名を持つ鳥さえも、思わず啄(つい)ばんでいた豆を落として呆けていた。


「星に帰れ」

「そないな、つれん事ゆわんといてぇーな!
ワイ、泣いてしまうやろ(はぁと)」


どう見ても泣きそうにない笑い顔のうるうる目で見ている男に、ちらりと赤い光が映った。鏡のように反射しているボックスの硝子には、はっきりと男の額に一点の赤い光があった。それは、ライフル銃等に装着できるレーザーポインターの光に似ている。


「まっ、待ちぃな!
分かった悪かったスンマヘン!!
(護衛対象に銃口を向けるんは、なかなかのおひとやなぁ)」


そんな事を思いながらも、腕を上げて頭の上で掌を引っ付けたまま頭を下げる男に、溜め息の許しが送られた。赤い光も外される。本当に帰って欲しいのだという思いに優しさを感じながら、最後にこう言って締めくくった。


「ほな、頼んましたよ!
《例の件》の事は、あんさんにしか頼めんのんですから!」







* * * * * *


陽里(ヨリ)の大脱出&カメレンジャー初出動&カメレンジャー本部急襲大事件&新メンバー歓迎会その他諸々の、嵐…いや、台風…ハリケーン…アース壊滅(←少し大袈裟)のような慌しい日から一日が経った。あのパーティの後、陽里は竜淵(ロウエン)に案内してもらった仮の部屋で眠ったのだが…


「ウケケケケッ」
「うおー! ここに来て死亡フラグだとぉお!? なんてことだぁ!」
「邪魔だ! 悔いて煉獄へ堕ちるがいい…インフィニティ・アヴィス!」
「→←↑↓左回転○□△□R2右回転! コキュートス発動!」
カーン!グキ!ピチョーン!ビロン!ポリ!ドス!バキッ!キャー!ムシャ!チャリーン!サクッ!ガリッ!と謎のラップ音が、午前一時(所謂(いわゆる)丑三つ時である)まで聞こえていたのである。一時にぴたりと止んだのだが、恐ろし過ぎて確かめる事も出来なかった。部屋を変えてもらおうと決心した。


「少年Gィ。 あの部屋変だよ!
なんか聞こえるよー!」


グリーンとオレンジのトロピカルなTシャツ、星型の抜染プリントされたショートパンツにチョッキ、リストバンドとテンガロンハットそれにスニーカー。更に128cmの身長が合わさると、子供にしか見えない。蜜柑色の髪に茶色の垂れた兎耳、快活な緑色の瞳を持った少女だ。
たまたま、朝のケーキを買いに行く夭乃厶(カノム)と、廊下で出会った陽里はついていきながら話しかけた。


「…はぁ? 僕ですか。 ソレ」


ライトグリーンの地に白と黄色のボーダーの長袖のシャツに、ベージュのバンツと平平凡凡を体現したような、何の特徴もない人物。草原の緑色の髪に、脱力気味の黒い瞳の少年。身長は157cm。
歩きながら間が空くのを見て取り、ありらこちらを見回して最後に振り返りながら陽里を見た。そして、顔を怪訝そうに歪ませて、そう言ったのである。歩みは緩めていない。


「あんた以外に誰がいるよ」


確かに、今歩いている廊下には、陽里と夭乃厶しか人はいなかった。不思議な程に、人と出会わない場所だと、陽里は思った。声はすれども姿は見えず、という言葉がピッタリだ。


「大体、何故にG?」

「グリーンだからっショ」


夭乃厶は納得しながらも、陽里に夭乃厶と呼ばせる事にやんわりとした口調で丸め込んだ。


「とゆーか、あれは隣室のカメレンジャー関係(ココ)の人達の叫び部屋…怖かったろ?
僕も一時期、半狂乱になってたな…(遠い目)」

「あんたもか」


夭乃厶の話をまとめるとこうだ。上司に恵まれない彼等。お陰で、一人は藁人形と仲良くなり、一人は刀(偽)を持って真夜中に狂い踊り、一人は漫画を読んで大袈裟な喜怒哀楽を表現する、格ゲー等々症状は様々である。そんな叫び部屋に入れられるのは、初めの三日だけなのだそうだ。部屋を用意するのに、“上”に承諾を得なければいけないかららしい。





「あれ? 人が変わってる…」

「わぁ(はぁと)美味しそー(はぁと)」


ようやく辿り着いた目的の場所は、幅2m程のこぢんまりとした可愛げのあるお店だった。清潔感溢れる透明な硝子のショーウィンドに、妖精か小人に配ってみたら喜ばれるんじゃないかと思わせる一口サイズのケーキが、均等にちょこんと可愛らしく着飾っていた。
そんなお店には、いつもならメルヘンの世界から出てきた人形のような二人の可愛らしい兄妹がいるはずだった。しかし、今日に限って違っていた。


「ワイもそー思うわぁ!」


ぼさぼさの金髪に不透明でゴツい黒のサングラス、夭乃厶より少し高いぐらいの背丈の男が、夭乃厶行きつけの菓子店《ジェットとセスナの店》のカウンターに、肘をついて顎を手で支えていた。顔は満面の笑みで、彼の周囲だけハートが浮かんでいるようだった。


「お兄さんは見かけない顔ですね」


女性のお客を対象にしている菓子店の接客業と言っても、あからさまに怪し過ぎる格好と微笑みと言葉の訛…全てが怪し過ぎる男に夭乃厶も笑顔で探(さぐ)りを入れてみる。


「それはエかった」


その問いに更に笑顔を滲ませる男に、夭乃厶はその意味を計り知れないでいた。


「アルバイターの…ルド言うんや! よろしゅうな!」


言われてみると、緑のタートルネックの上に着た真っ白で簡素なエプロンの胸元には、男の笑顔の顔写真とアルバイト店員ルドと書かれた小さな名札が付けられていた。


「いいなー」


あまりにルドが笑っているので、陽里は店員になればいつでもお菓子が見放題で楽しそうだと思い、羨ましがる声をこぼした。だがそれには、陽里の考えに何ともなしに気付いたルド本人がやんわりと差し障りなく否定した。


「でもなー、嬢ちゃん。
なかなかこの誘われる香りに勝つんは、一苦労なんやで…
で、ソチラさんは?」

「では、予約していた物をお願いします」

「おお! あんさんがもしかしのぉてもカノムさんか!?
なんや、おもろい名前の上に…量が…」


カウンターを跳び越しそうな勢いで、ルドが身体を乗り出して夭乃厶に注目した。その後に続けて言ったルドの言葉に、夭乃厶の目に陰りのようなモノが差した。でもそれは、すぐに消えて元の顔に戻り、彼なりに丁寧に諭した。


「あの。 自分、急いでいるのでどうにかなりませんか?」

「まぁ☆ そー、ゆーなや! ニーさん(はぁと)」


軽いノリで話し相手を強要してくるルドに、夭乃厶は彼なりに更に丁寧で直球の伝わりやすい共通語をで言った。


「代わりに貴方が死んでくれますか?」


表情が一瞬笑顔のまま固まった…次の瞬間。


「タルト・タタンとWish・Do・Ster(☆に願いを)にTHE FALL(人間の堕落)とフォンダンショコラ50粒やな!
ほい、次回のご利用待っとんでぇ!」


まるで竜巻のような速さで会計等を、ルドは済ませた。


「はやっ! そして、何故に赤絨毯?」


カウンター横にある跳ね上げ式の通路から素早く出てきて、陽里と夭乃厶の前に3m程の赤絨毯を転がし敷いた。あまりの手際のよさに陽里が感嘆の声を上げたのも頷ける。


「そないな事気にしちゃ、あかんで! ささっ!」


夭乃厶は赤絨毯を踏むと見せかけて、脇を淡々とした表情で通り過ぎた。


「なんで避けるんやぁ! これて、いぢめちゃいますか!(T^T)」

「完全に信用できないから避けました。 他にご質問は?」


絨毯に罠が仕掛けられていて、大事なケーキを落としでもしたら…
考えただけでも恐ろしい現実が、夭乃厶には待っている。
そんな状況で、こんなに怪しい人物の敷いた絨毯の上など歩けるわけがない。
そんな事を知らない陽里は、夭乃厶の様子を見て驚いていた。


「なんかこの人、いつもと性格違くないですか!?」

「ははは…
届け終わるまで、僕の命の保証は、このケーキにかかっているんだから…
そりゃ必死にもなりますよ… ははは…」


乾いた笑いが、哀愁を誘う。“石橋叩いて遠回り”という言葉は、このヒトの為にある。ケーキ=命とは、何処かのパティシエかパティシエールのようだが、この場合全然意味が違う。


「な、なるほど…(- -;)
…ってか、待ってー! まだ道知らないんだってば!!」


慎重に且つ素早く早歩きですたすたと遠くへ行ってしまう夭乃厶に、陽里が駆けていく。


「…乃(なんじ)夭(わざわい)で厶(ござる)って…
ホンマ、おもろい…哀しい名前付けてんやなぁ。
まっ、ワイなんか長いゆーて、略されてもーたんやけどなwww」


赤絨毯を放置してカウンターに戻りながら、独り言のように呟いた言葉は、誰の耳にも届く事はなかった。








* * * * * *


「あぁ!? ワンちゃんだ!!」


ミーティングルームへの長い廊下の、堂々と真ん中に蜜柑の空段ボール箱に薄汚れた生き物がいた。首輪も付けていないが、廊下の真ん中に堂々と在って、その生き物が潤んだ瞳でこちらを見ている様は捨て犬を連想させた。


「…猫だ」


一時停止して、その生き物を見た夭乃厶の答えは簡潔だった。顔のつぶれ具合からいって猫だ、と。
しかし、それには陽里が反論の声を上げた。


「えぇー!? ワンちゃんだって、あの尻尾は!」


陽里の大声に吃驚(ビックリ)している生き物の尻尾を見てみると、確かに言われてみれば、猫のものではない。


「怪し過ぎる…迂回するか」


一体全体何を起こすか分からない、この不思議生命体に困惑しながらも、逃げの手を打つ夭乃厶。彼にとっては、最良の判断だと言える。


「放ってくのか? ワンちゃん」


歩き去ろうとする夭乃厶に対し、陽里は主張し続ける。


「………」

「ワンちゃん」

「…はぁ」

無言を通して、無視しようかと思っていたが、やはり夭乃厶の良心が痛んできたのかも知れない。溜め息を吐いた夭乃厶は、振り返らずに陽里に言う。


「…知らないからな」

「わぁ。 ありがとう…少年Gィ」

「こら、少年Gィ言うな」

「ちぇ」


腕にしっかりとその生き物を抱き抱えると、陽里は夭乃厶の後を精一杯ついていった。なんだか微笑ましく見えるのは、陽里の背の低さのあまり、生き物がヌイグルミのように見えるからだったりする。





* * * * * *


ミーティングルームへの、自動開閉の扉が開かれた。


「女王陛下! ケーキをお届けに上がりました…?」


夭乃厶は一瞬自分の目を疑った。そこには滅多に見られない光景、夙見(シュクル)が一人で頭を抱えている姿があった。


「あうぅーう! あの陰険グラサンめ!
…あら(はぁと) イイ所にいた(はぁと)」


壁に向かって悪態をついた後、部屋の入り口の夭乃厶に気が付いて笑った。
風に舞うような軽い素材の白い編み上げワンピース、胸の部分には垂れた細いサテンリボンが揺れている。その上にオフホワイトのレース編みの五分袖で袖下にボタンがあり、外せばショールとしても使えるタイプのボレロを重ねていた。足下は、ラインストーンリボンサンダルで飾られていた。ヒールが高めなので、実際は141cmの身長が巧くカモフラージュされている格好だ。輝くような白い髪に、透き通っていながらも深い青色の瞳の少女。髪の間からは、白い猫のタレ耳がのぞいている。


「え?」


意味が理解できずに困り顔で返答するも、しっかり無事に持って帰ってきたケーキ達の箱を楕円形のテーブルの上に並べた。


「夭乃厶ちゃん(はぁと) 任せた(はぁと)」


並べている間に、テーブルを軽々と飛び越えてやってきた夙見が夭乃厶の肩を軽く叩く。


「ああ… ほら、やっぱり。
僕、知りませんから」


思い当たる節を見つけた夭乃厶が、きっぱりと任せられるのを拒否する。


「えーん☆ 見捨てるのぉ? ヒトで無しぃぃ」


隣にある給仕室の扉から、白磁のティーポットにレースペーパーを乗せた中皿が四枚、大皿が一枚、ソーサー付きティーカップが三脚、それに“ちゃ”と大きく書かれた湯飲み、白い飾り気ののないおちょこ、それとフォークとティースプーンにお箸と箸置きを乗せた、木製で楕円形のお盆を持った竜淵が悠々と何事もないように現れながら呟く。


「今回は泣き落としか…」

「今回?」


突然、思いもしない所から現れた竜淵に驚きを隠せないながらも、陽里はそう聞き返した。


「いつもの事だ。 じゃれあう程に仲良き事かな…」


陽里は夙見と夭乃厶を見て、納得したように「へぇー」と声を上げた。


「夙見様が泣いてもやりませんったら、やりません!」


「夭乃厶は、珍しく強く出たな」


薄墨の男物の羽織袴。細い帯は藍染の青。白い足袋に、青と見紛うばかりの紫の鼻緒の草履を履いている。大人びた雰囲気の灰色の髪に、優しい紫の瞳。反り立つ壁のような184cmの身長と、左口許のホクロが印象的な女性だ。腰には、灰色の狐の尾が付いている。


「でも、さっきまでの方が威勢が良かった気がする」

「まぁ、見ててご覧…最低でも退屈しのぎにはなろうて」


竜淵はちらりとも夙見と夭乃厶の方を見ないで、持ってきた物をテーブルにセッティングし始めた。


「ふぅん? ホントに?」

「えぇ」


両者、満面の笑みで向かい撃つ。外野は、どうなるかと静かに見守っていた。


「ふっふふふ☆ じゃぁ、オペ(術式)行っきまぁーす!」

「おわっ!?」

「そんな事を言うのは、この口かにゃぁ?」


容赦の無い指が、夭乃厶の頬を思いっきり引っ張っている。


「ひ、ひひゃひぃー!(い、いたいー!)
ひゃりはふ、ひゃりふふはら!!(やります、やりますから!!)」


どうやら、強く出た根拠はなかったらしい。夭乃厶はすぐさま、暴力の前に屈した。


『よしよし、夭乃厶よ。 お主も悪よのぉ!
おーほっほほほ!』

『夙見様程では…』

「こぉーら! 勝手にアテレコするんじゃなぁーい!」


夙見は、誰がそのアテレコをしているのかを見もせずに、
夭乃厶の頬をまた引っ張った。


「いたたた『夙見様ぁー、ケーキ食べちゃいますよ』

「まだ、言うのね! この口は!!」


ようやく頬から手を離した夭乃厶を、もう一度睨んだ。そして、また掴もうとする。


「ち、違いますよ! 濡れ衣ですー!!」


頬を擦りながら、また伸びてきた手から素早く逃げて否定する。
掴まれていた頬は、結構な赤みを帯びていた。


「じゃぁ、誰よ!!」

「アハハハッ」

もっともな問いに答える声は、頭上から聞こえた。見上げたら、目の前を黒い影が眼前を通過した。地に降りた影は、すっくと立ち上がり、近くの椅子にまるで当然だというように座った。見ないと思っていた樢縺(モクレン)の姿が、そこにはあった。ただし、かなり異様な格好の…(汗)
意味不明な鯵鰯鯖鰹鮪…等の魚偏の漢字がバックスタイルのシャツに、黒のストライプ柄のブーツカットのパンツ姿だ。黒のモンクストラップタイプのショートブーツが上品である。ペンダントトップが髑髏のシルバーネックレスに睨みつけてくる。光すら差さない闇のような髪に、血の色の瞳が特徴的な魔的な雰囲気の男だ。身長は169cm。黒髪に紛れてよく見えないが、同じ色の三角の耳がのぞいている。


「アハハハッ。 やっばっ、おもろ」

「ななななっ!? なんなの!?」


よく分からないツボで笑われて、夙見は完全に調子を狂わされた。樢縺の、一部完全に間違った服のセンスに毒気を抜かれたとも言える。その魚偏は可笑しいよ。


「さて、なんなのだろう?」


真顔に戻った樢縺は、何も知らないというように装った。明らかに馬鹿にしている。


「やい! ひねくれるな!」


異様な事に、被害者である夭乃厶が、加害者である夙見を助けようとしていた。


「あ、どうぞ一服」


そう言って樢縺が差し出した中皿には、タルト・タタンがショートケーキにカットされた姿で乗っていた。それは、夭乃厶がホールでさっき買ってきたケーキだった。初めからは切られていないはずのケーキ…。


「あ、ありがと…って! いつの間に!?」

「さぁて? いつの間なんだろうなぁ?」


樢縺がにやりと笑う姿は、まるでいつもの夙見と夭乃厶がジャレているのとは違う、一段階上の展開だった。夙見の立場が逆転しているのである。そして、軽く門前払いされた夭乃厶はじっと樢縺を睨んでいる。


「そういえばさー。
夭乃厶の声は、あの黒いのがやってたって分かるんだけど…
結局、夙見の声のアテレコって誰がやってたの?」


そんな軽く険悪な雰囲気にも気付いていないのか、先程から気になっていた質問を陽里はしてみた。それが逆に良かったようで、夭乃厶が話に乗る。


「そういえば…?」

「コレじゃないのぉ?」


フォークでぱくりとケーキを一口食べてから、目の前の樢縺を指差す。


「これが、違うんだな」

「え。 じゃぁ、誰?」


皆が長いシンキングタイムに入ろうとした瞬間、首謀者が名乗り出た。







「…拙者だ」


少し恥ずかしそうに顔を俯(うつむ)かせて、竜淵はティーポットから“ちゃ”と書かれた湯飲みへと黒い液体を注いだ。明らかに、漂う香りは茶ではない。が、今はそれ所ではない。


「夭乃厶! リピート再生よ!!」

「そんな機能付いてませんから!?」

「ちっ」


夙見の心の底からの舌打ちに、夭乃厶は怯えた。それに気付かず陽里は、一体リピート再生して、どうするつもりなんだろうと考えていた。


「ところで、陽里。 その生き物は?」


黒い液体に角砂糖を二つ入れて、ティースプーンで掻き混ぜている。余りにも異様だ。これが所謂、緑茶と見せかけて紅茶かと思いきや本命は珈琲でした。という、証拠現場である。これは、カメラに納めるべきだろう。


「えっとねー。 廊下で…」


よく廊下で拾い物をする場所だと感心する竜淵の耳に、夙見の叫び声が響いてきた。


「あああ! ケーキがぁあ! シュクルのケーキがぁあああ!!」


夙見の絶叫に掻き消される陽里の声。残りのタルト・タタンが消えていたショックの叫び声である。それを全く気にもかけず、堂々と犯人は最後の一欠片を口に頬張った。


「んま。
…あ。 ライオネルじゃん。
どうしたんだ? ちっちゃくなってよ?」


口の中のケーキを消化してから、樢縺は生き物を見て、少しおどけるような態度で言ってのけた。


「ライオネル? って昨日の?」

「似てなくもないが」


陽里と竜淵の目が、その生き物に集中する。生き物は何も知らないというように陽里を見上げた。陽里は思わず、抱きしめたい気持ちになったが、抱き“締めて”しまいそうなので止めておいた。


「シュクルの…ケーキ…」


体を左右にふらぁーと揺らしながら、夙見は何処からか自分の背より大きいフォークを持っていた。そのフォークは夙見の戦闘用三種の闘器の一つだったりする。


「わわっ!? 何、物騒なモノを出してるんですか!?」


夭乃厶は夙見の目が据わっているのを見てしまった。“本気と書いてマジと読む”である。
陽里達は、夭乃厶が必死の攻防をしているのに気付かないで、話を進めていた。


「処分してきてやるから、貸せ!」

「しょ、処分って何さ!?」


面倒な事でもやるかのように、樢縺がすごむ。それに陽里は少し逃げ腰ながらも言い返した。


「処分ね…
シュクルが処分してあげる…樢縺! あんたをね!」


怒りのオーラが見えそうな程、夙見の声のトーンが低い。夭乃厶以上に気の弱い人ならば、射殺せそうな目だ。但し、“目からビーム”は出ていないし、出ない。


「ああっ! お、お、おおお、落ち着きましょう! ね?」


軽くパニクッている夭乃厶が、夙見を落ち着けようとしていた。まず、自分から落ち着いた方が得策だ。


「そいつは“リョーガ”の幹部“魔狼”なんだ!!
分かってんのか!!」

「あんたも分かってるんでしょうね?…ふふふ」

「あー! ど、どどどうすれば!?」


少し会話が噛み合っているようにも見えるが、樢縺には夙見の声は聞こえていない。夭乃厶は、更に頭を抱えて慌てふためいている。


「おい! そこまでにしろ!
いくら何でも言い過ぎだ!」


竜淵は眉根を少し寄せて、樢縺に向かってそう言い放った。
そろそろ誰か、夭乃厶を助ける者はいないのだろうか。


「あんたも大概甘いね!
生き残る方が正義の世の中に、なんて甘い考えを…」

「それじゃ、勝てば正義で負ければ悪みたいじゃないか!!」


嘲り笑う樢縺に、陽里は負けずに言い返す。それをまるで、逆手に取るように樢縺は淡々とした口調で言った。


「その通りだ…勝利者が正義!
これが、世界の論理だろ?」


「違うっ!!
そんなの間違ってる!!!」


“勝てば正義”それは、一理あるかもしれないと分かっていた。しかし、それを全面的に認めるわけにはいかない。


「どこが違う? “正義は勝つ”?
それこそ、敗者は悪だと言っているのと同じ事だ!」


「…陽里」


俯いて何かを堪える陽里に、竜淵は手を伸ばそうとする。


「それでも、あたしは!
自分の正義を貫き通さなくちゃいけないんだ!
それが正義の味方でしょ?」


顔を上げてまっすぐと樢縺に向けて、はっきりと言った。
その余りにもまっすぐで純粋な想いに、樢縺の瞳に僅かだが一瞬の躊躇が生まれた。それは、まだ何も知らない相手に対する憐れみだったのか、何も知らない者への憧れだったのかは、樢縺自身にも分からなかった。


「あっ!?」


腕の中から、何かがすり抜けるように出て行った。初めは何が起こったのか分からずに呆然とする。すぐには理解できなかった。


「っちぃ! 逃げたかっ!!」

「ワンちゃん…」


理解した途端、口から自然とその言葉がこぼれた。


「今度こんなふざけた真似しやがったら、貴様から蹴り殺すぞ」


憎悪に染まった目が陽里を貫いた。生まれて初めて向けられた感覚に、目眩がしそうだった。


「そんな事は、拙者がさせない!」


すぐに陽里の異変に気付いた竜淵が、陽里を背中に庇い、樢縺を制止する。


「…コロス」


今や、手負いの獣よりも危険度絶大の夙見が樢縺の背後で、フォークを振り上げたのも、その瞬間だった。
夭乃厶が閃いて、奇跡的にすぐ傍にあった物で、夙見の殺人行為を未然に防ぐ事に成功する。


「夙見様! ほら!
ケーキですよぉ! ケーキ!!」


そう声を張り上げながら、条件反射のように開いた夙見の口に一口大のケーキを突っ込んだ。


「え? あぅ…おいひぃ(はぁと)」


正気になった所を間髪を入れずに、椅子に座らせて目の前に“スノーホワイト”のホールケーキを置く。そして、綺麗に且つ迅速に切り分けて見せると、目の前に捧げた。見事な手際である。
こうして、夭乃厶は夙見の法的犯罪歴を作らせない事に成功したのであった。


「あんたに俺を止める事が出来るわけがない。
…“ユウシュ”のあんたに」

「………」


竜淵の顔が直視していてさえも見逃すような瞬間だけ、変わった。冷たい鉄に一瞬触れてしまったような、底冷えのするのような冷たい瞳が、穏やかな瞳を押しのけて浮上してしてきたのだ。樢縺は、綺麗に表情には出さないでいたが、背筋に汗が一筋流れていた。


『緊急事態発生! 焼肉屋《向花(むけ)》と焼き鳥屋《ファイヤバード》の二軒に怪獣出現。
至急、現場に向かい、対処せよ!』


全ての空気を斬鉄剣よろしく寸断する明滅する赤い光が、ビービーとけたたましい機械音を引き連れてやってきた。
オペレーターの声が緊張している。だけど、竜淵は《ファイヤバード》と聞いて、丸焦げになった焼き鳥の残骸を思い出してしまった。


『だ、そうだ。
…おや、喧嘩中かね?』


勝手に起動するプロジェクターに、人影が映る。


「いえ。 司令」


笑顔で返す竜淵に、何事もなかったという事にしたいと感じ取ったカラーは、続けて言った。


『あぁ、そうそう。
昨日完成してたアレの調整が、先程丁度終わってね。
博士からの使用許可が下りてるから使いなさい』

「承知した」

『それと、夙見。 早くこの落書きを消さないと…
《ジェットとセスナの店》への出入りを禁止するよ』


茶目っ気たっぷりに言う。しかし、カラーが有言実行派である事を知っている夙見は、即座に反応した。ちなみに、不言実行派である事は言わずもがなである。


「そ、そんなぁぁあああああ!!!」


夙見の絶叫が響き渡った。それを見て、「くすっ」と笑うカラーは以前見た時と同様に優雅だが、何処か恐ろしかった。







* * * * * *


「樢縺は焼肉屋《向花》に…こいつを連れて行ってくれ」


そう言って、全身黒のカメレンジャースーツを着込んだ樢縺を見た。私服より似合ってる気が…(- -;)真夏には出動したくない服装だと、竜淵と陽里は思ったに違いない。


「これがさっき話してたアレか?
もっと大層なモノでも出てくるかと思ってたら…
…ただのカメじゃん」


樢縺が指差した先には、無表情で愛想のないカメが二足歩行で立っていた。樢縺の知っているカメは二足歩行できるらしい。むしろ、そちらの方が凄いぞ。このメカメ-SPは、機械である。動力源はサクラ○イトではなく、電気。原理は不明だが、生のレモンで充電できる。レモンがない場合は、尻尾のプラグで家庭用コンセントでも充電もできるという事らしい。


「先程話した通り、夙見と夭乃厶は清掃活動に従事する事となり、今回の任務から外れる事に…」

「へぇへぇ。
んで、俺一人でやらしてくんないワケ?」

「では、店の場所を知っているのか?」


知らないだろうと、暗に言う。そんな言葉なのに、嫌味に聞こえない口調が、竜淵の凄い所。


「知るわきゃねーだろ?
テキトーに火の手上がってるトコ行きゃイイんじゃん?」


嘲るように樢縺は答えた。心の中では「(知ってるんだけどな…)」と、思いながら…


「このっ!」


陽里は出会った時も意味不明だと思っていたが、樢縺の一挙一動に腹が立っていた。人の苛立ちを楽しむのが趣味なんじゃないかと、考えた程だ。


「…今回はメカメ-SPを付ける。 異存は許さない」

「へぇへぇ」


陽里は見てしまった。樢縺とメカメ-SPを送り出す時、メカメ-SPの首の辺りの電子プレートにスパルタモードと書かれていたのを…


「さぁ、拙者等は走って焼き鳥屋《ファイヤバード》へ行くぞ」


何も素知らぬ様子が、逆に竜淵への畏怖の念を抱く結果となるのであった。更に、この行動が無意識だとすると余計に性質(たち)が悪い…ので考えなかった事にしよう。うん。




* * * * * *


人が右往左往と無意味に逃げ回っている中、人が蜘蛛の子を散らすように小さな屋台から逃げ出していた。屋台から垂らされた暖簾(のれん)には《ファイヤバード》と、墨の下手な字で書かれていた。手書きで書いたにしても下手すぎる。自分でその字が読めた事自体が、不思議なくらいである。


「てんめぇ! 鳥焼いて食うだけならいざ知らず、炭化させるったぁ!」


小さな屋台の中には、でっぷりと肥えた鶏の怪獣が、店主らしき男を捕まえて脅していた。


「ぎゃわぁ!!
すみません!すみません!」


白い捻り鉢巻を頭に巻いて、猫背でひょろっとした中年の男性は、必死に謝っていた。目の前に出されている皿の上には、無残としか言いようのない焼き鳥の面影を僅かながらに残した炭が五、六本乗っていた。


「喚(わめ)き声も『ぎゃぁ』か『わぁ』のどっちかにしろってんだぁよ!」


ちょこんと乗った黒いサングラスが、鶏に如何にもヤクザですといった雰囲気を醸(かも)し出している。


「ひぃぃいいい!」



店主が叫び声を上げた時、救いの声が響き渡った。
少なくとも、店主の耳にはそう聞こえた。


「待て待て待てぇい!!」

「コケ?」


超肥満判定されるだろう鶏は、ゆっくりと振り向いた。ゆっくりとしか振り向けないと言った方が正しいが、明言は避けておこう。


「皆さん落ち着いて、避難してください」


右往左往する人を安全な所へ導くカメレンジャーグレイ(以降グレイ)の姿と、大声を上げたカメレンジャーオレンジ(以降オレンジ)の姿を認めると、鶏は思わず言ってしまった。


「コケッ!? 巨人と…チビじゃ!」


それを聞いたグレイは頬を引きつらせ、オレンジは顔に影を落とした。人ですらない者に、言われるような侮辱には耐えられません。


「世界の平和と自分の人権を守るため、カメレンジャーオレンジ参上!!」

「コケェエエエ!?」


素早く敵との距離を詰めると、飛び蹴りを放った。まともに食らった鶏は、数メートル後ろに吹き飛ばされた。反射的にしゃがみ込んだ店主の頭上を通過して、地面に着地する。


「おお! 見事な蹴りだ」


拍手しながらそう言うと、グレイはオレンジの傍まで移動して、にっこりとオレンジの頭を撫でた。余程、嬉しかったようだ。オレンジもすっきりしたような顔つきで、鶏を見下した。


「グフッ!
正義の味方が自己紹介シーンで攻撃するなんざぁ!
どういう了見だ! お前ら番組の尺の事も考えろ!」


鶏がのろのろと立ち上がりながら、唾(つば)を吐き出す。


「ふっ、馬鹿を言うな(^ ^)
番組の尺の事などを言っていたら、貴様の登場シーンなぞ、オールカットに決まっているだろう…
今回の話は、既に特番なみに長くなり過ぎているのだからな」


淡々と言いながらも、竜淵は笑って見せていた。真っ黒い笑顔で。


「コ、コケ!?
し、しかし、ここあたりで、俺の紹介テロップがオンエア上は流れて…」

「という声が寂しくエコーした。 と」


真顔でグレイが、屋台の椅子に腰掛けると、片手で顎を支えるような格好で、ちらとも鶏を見ないでそう言った。これが彼女なりの“優しさ”である。


「ちょ、マジですか!? 監督!!?? グァッ!!」


陽里の回し蹴りが入った。


「雑談は止めろ!
番組イメージと視聴率が落ちるだろ! 鶏ぃ!!」

「コゲェェエエエ!!」


顎を思い切り蹴り上げると、体が勢いで一回転する。陽里が見事に着地して見せた頃には、鶏は白旗を振っていた。


「ヨワっ!?」

「フッ、こうなったら最後の切り札コケェエ!」


戦闘シーンに入って一分もしない内に、最後の切り札が出てしまった。
しかし、陽里は突然目を輝かせ出した。


「巨大化か! 巨大化するのか!?」


期待の目が鶏を見ていた。どうしてか、逃げ惑っていたはずの人達の視線も感じるのは気の所為だろうか。今現在、巨大化されるとカメレンジャーの巨大化対応ロボットがいないので、対抗策が全くないので非常に困るのにだ。


「…コホン。
逃げます!! コ、コケッ!?」


二人に後ろを向けて逃げ出そうとした瞬間、何かが鶏の頭上に突き刺さった、鶏は慌てて逃げようとしたが、頭が動かなくなっていた。わけもわからず、何処からか差し出された手鏡で自分の鶏冠(とさか)を見た。鶏冠には、白刃輝く薄い刃の長刀が刺さっていた。グレイが腰に差していたはずの脇差が、壁に鶏を縫い付けている。


「視聴者と陽里の純粋な期待を裏切るとは…
それでも、戦隊モノの悪役なのか! 誇りはないのか!
せめてもの餞(はなむけ)に、拙者が斬り捨ててくれよう…」

「え、いや、でも…それ餞じゃないような」

「ふっ、安心しろ…
生という苦しみから逃れられる上に、他人の手を汚させる事ができるなんて…
悪役冥利に尽きるだろう? な?」

「く、黒いよぉ(T^T)
竜淵さんが黒いよぉ」

「無理矢理コケェェエエエ!!」


鶏が反論しようとした瞬間、グレイは滑らかな動きで鶏の所まで走ると迷いなく腰にある太刀で斬りつけた。太刀を鞘に収めながら素早く脇差を引き抜いて後ろに跳び退り、背を向けて脇差を鞘に収めた。
鶏が爆発する音が轟く。そして、歩き出した。焼き鳥屋に向かって…


「ふぅ…
危うく拙者の“つくね”が灰燼(かいじん)に帰す所であった」


竜淵はそう言うと、手の甲で額を拭う真似をして見せた。そして、一仕事終えてスッキリしましたという雰囲気で目を細めた。


「竜淵さん(^ ^;) “つくね”って(汗)」


余りのギャップに、陽里は動けないでいた。竜淵に伸ばした手が震えている。


「店主! 今朝方、頼んだつくねは何処だ?」


何事もなかったように、人前で変身を解く。でもいつの間にか、焼き鳥屋の店主と陽里達以外の人の姿が消えていたので、構わないのだろう。


「お客さんのだったら、ほれ。
モモ、皮、ネギま、そいでつくね。 各五十本だったよな」


こちらも何事もなかったように、猫背の店主が焼き鳥を焼き始めていた。そして、竜淵の方を確認もせずにカウンターの上にいつの間にか置いてあった大きな袋を指差した。その袋からは、湯気とタレのイイ香りが漂っていた。とても食欲がそそられる香りである。


「うむ。 店主は書捌(さば)きも巧いが、それ以上に串の焼き捌きは見事だ」


現在焼いている串を見て、竜淵は感嘆したように言った。


「うーん。 照れるじゃないか。
でも、嘘でも言ってくれて嬉しいよ」


猫背の店主が背中を余計に丸めながら、顔を背けた。照れ隠しのつもりなのだろう。でも、髪の間からのぞいた耳が少し赤くなっているのが見えているので隠しきれてはいないけれど。


「嘘ではない。 現に、二百も串を焼いてくれているではないか」

「確かに」


陽里も変身を解く。そして、竜淵の裾を掴んでみる。裾は意外に伸びた。振り向く竜淵は、先程まで焼かれていたモモの串を手渡してきた。熱々だ。


「え?」

「それは助けてくれたお礼だから、食べていいよ」

「やはり、焼き立ては美味い…」


竜淵は、つくねだけを既に五本食べていた。いくら何でも食べ過ぎだろう。陽里は、店主と竜淵に促されてモモを食べた。あっさりとしたタレだが、しっかりと絡んでいて焼き加減も丁度良かった。


「…美味しぃ」

「嬉しいなぁ… それじゃ、応援してるから」


店主は顔を赤らめながら、陽里に微笑みかけた。


「又、頼む」

「あぁ、いつでも注文待ってるよ」


そう言いながら、店主は簡単に屋台を片付けると、屋台を引っ張って何処かへ消えてしまった。すると、不思議な事に辺りに人がちらほらと見えるようになった。


「では、拙者達も本部に帰るとしようか」

「はいっ!
美味しい焼き鳥屋さんでしたね♪」


嬉しそうにはしゃぐ陽里に、竜淵は遠い目をして応えた。


「たまに、屋台ごと燃やすような男だがな…」

「えっ?」

「《ファイヤバード》の名は伊達じゃない。
不死鳥の如く、あの者は生還を果たす…」


一気にそう言い終えてから、一拍置く。陽里の目が点になっている。


「流石、伝説のスタントマンと言われた人物だ」







* * * * * *


それなりに有名な焼肉店《向花》で、事件は起こっていた。
新米の若い女性従業員が、牛肉のステーキを人とぶつかった拍子に落としてしまったのだ。当然、お客様に謝罪しようとした彼女の前に、二足歩行で腹筋の割れた筋肉質の牛が現れる。しかも、白と黒の斑のホルスタインであった。とどのつまり、乳牛じゃないか!?


「てんめぇ! 牛焼いて食うだけならいざ知らず、落とすったぁ!」

「へ?」

「いやはや、お客様…こちらの者は…」


理解できずに、女従業員が呆けていた。そこへ、店長らしき責任感と神経質そうな男がやってきた。その男は丁寧に低姿勢で謝ろうとした時だった。


「諸悪の根源は黙ってろ!」


言いながら、牛が裏拳をかました。拳は見事に、店長の顔面にクリティカルヒットした。吹き飛ぶ店長を、他の従業員は巻き込まれないように避けてしまった。この危機回避能力が、減給を招く要因だ。牛よ、雇い店長じゃなかったからその論理はあってたが、雇い店長だったら無実の人間を殴った事になっていたぞ。


「おらおらおら! 謝らんかい! ゴラァ!!
…ぐほぉっ!?」


背後から樢縺ことカメレンジャーブラック(以降ブラック)が、ドロップキックを食らわせた。しかし、あまりダメージがないようだ。


「黙れ。 キモい。 ってゆうか消えろ」

「貴様には、この俺の肉体美が…ぐはぁ!!」


メカメ-SPは無言で(言語機能は備えていない。しかし、BGMは流せる)ロケット頭突きを放った。牛の鳩尾にクリーンヒット!筋骨隆々に見える体が吹っ飛ぶ。


「『分かりたくもないカメ』だってよ。 同感だ」


勝手にドリンクバーからコーラを片手に、ブラックはくつろいでいた。店員達は気が動転していて気付いてもいないようだ。


「ふっ、ヤルなメカメ。 悪の組織から誕生したのに…
泣かせるぜ… ぐふっ!!」


メカメ-SPは足早に牛に近付くと、牛の足を踏んだ。そして、牛が下を向くその瞬間がメカメの狙いだった。鋭いアッパーカットが炸裂する。牛の体が宙を舞った。


「あー『馴れ合いは嫌いカメ。 けど、仲間は自分で選ぶカメ』…。
あのキャラの仲間とかいたら、俺も抜けるし…
メカメ…お前、イイ奴だな…」

「ガフッ、こうなったら最後の切り札どぁあ!!」

「はっ、大方、逃げるが勝ちとかだろ…?」


ブラックが、まるでグレイとオレンジの戦闘の結果を見ていたかのような台詞で嘲笑う。


「それはどうだろなぁ?」


見る見る内に牛が大きくなっていく。店員は焦った。店長が気を失ってる隙に、店が全壊したらその責任は誰が取るんだと…
と思っていたら、すぐに大きくならなくなった。サイズが一回りデカくなっただけのようだ。


「ふはっはっはっはっ! どうだ!
俺のパワーアップされた力を思いしっ!?」

「驚かすな! ボケ! カス! ピーーーー!(自主規制)」


その後、肉体と精神的に暴力にあった牛の怪獣は、あえなく爆発して消えてしまいました。めでたし、めでたし。





* * * * * *


少数の息を呑む声が聞こえる。
暗闇の中、満足に互いの顔も見えない。
ただ、首領の話し出そうという息遣いが、そうさせた。


「やはり、ビジュアルか…」


幾人かが呆け、又他の幾人かはその場で腰から崩れた。そのような事態を起こさせた理由は、真面目な事を言い出すと思っていたからだろう。


「デスクロス様、愛着が湧くと厄介だしょ。
止めといたらイカガ?」


ただ一人、何の反応もなく、モナークの言葉を理解した魔女兎シセルが言葉を返した。暗闇の中にもかかわらず、いつも通り片手に小さくて豪奢な手鏡を持って自分の顔を眺めていた。


「だってね。 私はあんなのが“リョーガ”の身から出た錆だなんて悲し過ぎるよ」

「(確かに…)」


それは、その場にいた誰もが、怪獣を見た瞬間に思った事だった。
「あー。 関わりたくねぇ」「カメレンジャーに処分してもらおう」「何でだろう? 蕁麻疹(ジンマシン)が出る」という言葉が出たのも、大いに納得できる。ちなみに、処分案はその意見を使わせてもらった。


「あいつら造ったのは誰なんだい?」

「(絶対名乗り出ない事、請け合いですモナーク様…)」


シセルがそう高を括っていると、思わぬ方向に話が進んでいった。


「くっ…
最終手段は、この嘘発見機で…」


まるで初めから在ったかのような悠然さで、電球やらコードやら…もう既に何か分からない物でゴテゴテした椅子が置かれていた。


「(ドコから!?
てゆーかっ! それ造ったヤツだよ犯人!)」


まさかその犯人が、自分の知り合い以上の人間だとは思ってもいないシセルの心の叫びだった。