レッツ発掘!~題名に意味はありません~

2.現実と幻想の境界で



 今日も晴天で、春風が心地良かった。部屋に閉じ籠もらず軽食でも持って外に出かけたい気分だったが、そうも出来ないのが辛かった。同じ部屋の片隅で窓の外を見て、うずうずと身体を揺すってこの部屋唯一の扉を睨みつけている愛おしい顔。きっと、思いは同じだ。今に部屋を飛び出して、手を繋いで一緒に台所へ乗り込んで行って、さぁ出かけよう! そうだ、冷たいアイスでも木陰に座って食べようか。色んな味のアイスを大きな硝子の器に盛って、チョコレートのソースを蜘蛛の巣のようにかけて、キャラメル細工をその上に乗せるんだ。甘くないビスケットをスプーンにして齧りながら、アイスとソースを混ぜ合わせ口の周りに甘い髭を付けて舐める。

 心は窓の外を駆けまわっていたが、身体は室内で扉を睨みつけていた。次の死者が遅れている。いつもの事ながら暴れて入ってこようとしないのだろう、大人しく入ってくる者の方が希少だった。

 自分の死が認められないのは分かったから、私の仕事を遅らせるな。無駄な抵抗を捨ててくれば、私の仕事の時間が短縮できて自由な時間が増えるんだ、さっさと覚悟を決めてこい。往生際が悪すぎるんだ。諦めが肝心だと教わらなかったのか、馬鹿者共が。

 扉を叩く音がした、手で叩いている音ではないのはよく知っている、最後の抵抗で足で蹴っているのだ。その程度で壊れるほどの扉ではないが、可哀想で仕方がない。次の機会にでも蹴られたら棘が飛び出るようにでもしてやろうか、血を吸って赤くなったら扉が気分を害するかもしれないから今度相談しよう。

 赤くなっても気にならない程度の装飾でも施そうかと思案していると、やっと暴れていた馬鹿が入室してきた。両脇を抱えられて手足をバタつかせている様は見慣れているが滑稽だった。

「私が何故このような扱いを受けるのだ! 神に仕える身である私に無礼を働くと神罰が落ちるぞ、この悪魔どもめ!!」

「神罰なんて子供染みた事でダメージ食らうと思ってんのかこのハゲが? お前の神も今しがたお前と同じ路を辿ったよ」

 イラついた声で、髪がないから神に仕えていた男に向かって教えてやった。もう、このての馬鹿には飽き飽きしている。何もかも自分は神に守られているから、どんな事をしても自分だけは天国に行けると思ってる。天国も地獄も絵空事なのに信じているなんて、本当に何も知らないのだ。自分だけの世界に閉じこもって出てこようとしない、理解しようとも受け入れようともしない馬鹿には説明をしてやる必要はない。

「有り難く思え、お前の仕える神の隣りの畑になるよう声掛けしといてやる。リンゴ園でリンゴを作れ! 以上だ出てけハゲ」

「後で詳細は届けさせるから退出~」

 椅子の上でひっくり返り、男の両脇を抱えている者達に手を振って合図した。今日は、後一人を見てやるだけで仕事が終わるだけに急いでいる。それで緊張と我慢の糸が切れそうだし、疲弊していた。あぁアイスが食べたい、甘くて冷たくて美味しいアイスをお腹いっぱいになるまで頬張りたくてしかたがない。さっき想像してしまったから。

 再びアイスへと思いを馳せていると、大人しそうに扉がノックされた。今日は希少な存在がいたらしい。これならさっさと終わりそうだ。

「どうぞ」

「失礼します」

 か細い声の主は、その声の通りの姿をしていた。

「あの! ここは…死国なんですよね?」

 驚いた事に、地獄ではなく死国だと聞いた。本当に希少な存在だ。この世界の理を一部でも理解しているものが、ここに流れてきていることが残念だった。

「そうだ、天国や地獄ではない。罪を清算する死者のための場所だ」

「なら、教えて下さい。僕は生前、死後の研究をしていたのです。でも結局答えを見つける前に死んでしまって、どうしても知りたいのです。貴女なら答えてくれるのでしょうか?」



**



 例えば、家がある。家の中に机があって、椅子があって、勿論住人もいる。机の上に箱を置いたんだよ。そこに適当な物を入れて、中が快適に循環するように管理している。

「その循環をしているのが君達だよ。気付いてないだろう?」

 家の中の住人は上手く循環出来るように、中の者の為に死を設けてやり区切りを作ってやった。それがここだ、罪を清算した気にさせる死国だ。そうでもしないと、生きている実感が湧かないなんて我儘だからそれに応えてやったんだ。それは知っていた?

「…知りませんでした」

 知らなくても循環は出来るし、知っていても死国から出ていくと、その知識も消えてしまうから。知っていても循環を拒む者はいるし、もっと知っている者は俗に言う天国にも地獄にも簡単に行き来できる事を知っている。切符売り場知らないだろう?

「知りません」

 知っていたら自分を実験体にしてまで、家の住人に会いに来なくて良かっただろうね。



**



 死後の研究者は晴れ晴れとした顔で扉から出ていった。罪の清算に赴くその顔は、生きていた頃にはなかった満面の笑みだった。

「最後の最後で面白い奴が来たな」

「そうそう。これで今日は外でアップルパイでも齧りながら川で釣りをしようよ」

「え? アイスをお腹いっぱい食べようと思ってたんだけどな」

 椅子を跳ねあげる勢いで立ち上がり、手にしていた本を机の上に放り投げ、私の手を捕まえて引っ張った。

「じゃあさ、アップルパイにアイス沢山載せて外で食べようよ」

 私は大きく頷き、立ち上がり机を蹴りのけて手を取り合い、台所を襲撃に向かった。





***



 最初に見つけたときはそのまま後ろを向いて、さっさと逃げた。次に見つけたときは人だかりに紛れて通り過ぎた。その次に見つけたときは連れに逃げるのを阻止された。

 黒い髪の向こうにある黄金の目が黒い猫を思わせるが、猫のような可愛げも優美さも全てを反転させたかのような奴がカフェの外の椅子に落ち着きなく座っている。バサバサに乱れた髪の中に埋もれて猫のような耳がある、それがせわしなく周りの音を聞いて動いている。目の前にある金属のカップをいじりつつ、持参の菓子が入った布袋を広げて暇そうだ。

「丸焼けこうもりダニャ」

 分かっていても腹が立つ台詞はいくらでもある。それを言う相手に依るが、腹が立つ台詞を腹の立つ相手に言われたときほど腹立たしい事はない。今はその腹を立てる気力が根こそぎないだけで、怒っていないわけではない。感情を露わにするだけでも疲れる時だってある。今がそれだというだけだ。

「ンヌー? 貧血かニャ? 食事不足かニャ?」

 顔を面白そうに覗き込む黄金目に指を突きこんで頭蓋骨を引きづり出してやろうかと思う、それくらい今このときに会いたくなかった。 「ニャハハハ。セシルに離縁でもされたのかと思ったニャ」

 知っているかの様な口ぶりが腹が立つ、今すぐこいつを砂塵に変えてやってもいい! それがいかに無駄な事かを知っていてもするのと、しないのとでは気分が全く違う。

「したら俺が嫁に貰うって! …っと当人が来た」

 ヴァスの冗談に付き合える余裕がないので、軽く足を踏んでやった。

「久しぶりだなネコ。さっきそこでサイカに会った、サラはどうした?」

「カメ兄弟と一緒に新作カメロンパンの行列に並んでるニャ。それより別れたのかニャー」

 にやにや顔でその話を持ちだすな、直りかけの心がズキズキと痛むんだ。今すぐに目の前から、この世界から消えてなくなれ。

「あぁピアスのことか。怪我をした指でこすって留め具の部分が綺麗に壊れてて今は修理中だ」

 面白くもなさそうに黄金の目を泳がす。その視線の先に俺がいる。理由は分かり切っている、おちょくっているんだこいつは。

「残念だニャー?」

「本当に残念だ。だろ?」

「いや恥ずかしい。まだ未亡人にはなってない」

 セシルまでがフード付きのローブの下で溜め息をつく、うな垂れているしかできないこの哀しさをどうしてくれようか。この馬鹿ネコは必ず始末してやる。フライパンでこいつを殴り倒せサイカ! 最強の武器で! 今すぐにこの馬鹿ネコを仕留めてくれ、この世界から抹消してくれ!

「所でサイカは何故、武器屋で鍋を修理してたんだ? 金物屋は別にある」

 それに応えるようにしてネコは髪を掻き上げた。色むらがあり髪の染色に失敗しているのが直ぐに分かった。黒に赤の斑が毒キノコものだ。表面だけを黒でぬたっくっただけの染めが不自然だ。

「前回に限って鍋の焦げに引っ掛かって出血万歳ニャ。それで直らないか行ってるんだニャ」

 既に殴っていたのか、しかも鍋の方が負けたらしい。これはいよいよ大変になった。どうやって復讐してやろうか。そうだ、新品の大鍋で殴られろ! そうしろ、それが良い!

 近い未来の事を想像すると少しだけ気分が楽になった。

 気分が楽になったからと言っても、心の傷が修復されるのにはまだ時間がかかる。加工所の話では数日かかるらしい、その数日が今までの生きていた年月よりも長いのではなかろうかと思う。それ程に数日が長い、長すぎる。どこかで、何かで気を紛らせたいのだが、馬鹿でアホ面引っさげたこいつの所為で、何かを探す気すら失せた。どうして、今のこんな時に限ってこいつが現れるんだ?

「所で、明日あたり“山嵐”の件が片付くから遠くで見守っといて?」

「ニ? 何の話なのニャ」

 ヴァスめっ。こいつの前で余計な話しやがって。いやでも待てよ、この馬鹿ネコが来る…サイカとサラとついでにカメが来るのは良いな。何か面白いことがあるかもしれないな。

 一人ほくそ笑んでいると、ヴァスがネコの黒い耳を引っ張って、耳打ちする。その耳をそのまま引きちぎって遠くに投げるんだ! 後はしっかりと手を洗っておけよ、汚れるからな!

「…ケチな役人の出す金額だニャー。勝手にしばき倒して有り金全部取った方が得だニャ」

「しょうがないんだよ。マスカル達の仕事受けちまって…」

 苦い顔をして頭を掻き、少々の腹立ちを加えて溜息を吐きだした。ヴァスの友人関係は広くて深い、誰にでも心を開き、開かせてしまう達人というのが大きな要因。俺達もその友人だ、今回も偶然会ってからズルズルと一緒にいる。気が置けない数少ない友人とは、いつまでいても長いと感じない…ピアスの件は置いておくと。

「マスカル・ポーネ? 仕事を引き受けたら最後までやり通す奴ではなかったのかニャ?」

 このネコがヴァスの友人を知っているとは思わなかった、俺も知らないヴァスの友人なのに。顔が広いのは可哀想なことなのかもしれんな、こんな奴と共通の知り合いか。…俺もか! 酷く悪寒がする。

「突然グレナンデが網を片手にカメを追いかけて行ったらしいぞ。一人でもできる仕事だが、心配らしくて俺に渡して追いかけていった」

 魔法に関わる者にとってはカメは貴重な存在だからな、追いかけていって捕獲するつもりだろうな。俺みたいな職業じゃなきゃ単独行動は自殺行為の職業連中だ、それは心配で仕事を置いてでも追いかけていくな。

 でも、自殺行為だと分かっていても、捕獲の衝動に駆られるだろう。それは俺としても分かる。でも、そんな無駄な事はしない。



 世界はマナに満ちている。

 マナがどういったモノかは上手く言えないし、感覚的なものでしかない。多少は魔法を使う程度の俺では何とも言えない。ただ知らなくても利用することはできる、それが魔法であり、根源であり、全て。誕生と死すらマナの為、世界の為にある。世界はただ世界のためだけに存在する、と当の本人が言っていたから間違いがない、それが本音。

流転するマナの一つの形がカメ。

 小さな拳ほどの大きさの甲羅を持って縦横無尽に世界を駆け巡る。凝縮されたマナの塊、力の根源の塊。もしも、カメをマナの形に戻し扱えるのなら、地形すら安易に変える力が手に入る。そうでなくても研究対象としては十分、喉から手が出る程欲しい存在だ。しかも主な生息地域が凄まじい場所。溶岩の川が流れ、安い鎧なら簡単に蕩けてしまう灼熱地獄の炎山。氷雪が暴風と乱舞し、夏が訪れても雪を被っている極寒地獄の氷山。その二つに挟まれた異常な地域に住んでいる。

何故そんな場所があるのか、そんな危険極まりない場所に住んでいるのかは知られていない。だから、捕まえれば大金が手に入る。普通の平凡な生活を送るだけなら、一生は苦労しないで済む程度の金額が。

 そんな事に興味がなくなった時点で、俺は魔法を探求しなくなった。単にカメが商品として扱われるのが嫌だというのもあるが、一昔前に金目当てで登山したら酷い目に合ったというのが最大の原因だ。

 網を片手に走った奴は、俺とは違うのだろう。

「ロッドで剣士を撲殺しかねんようなのを一人にしとくのが嫌だったんだろうな」

「あの一撃は並の戦士級だからニャ」

 戦士並の攻撃力をロッドで? なんつー怪力の魔法使いだ。普通に転職できるんじゃないか、そいつ。それよりも、そいつも知ってるのかこのネコは。つまり、そいつらに厄災が降りかかったって事だな。こんなのに関わり合いを持つこと自体が災難なのに。

「しっかしカメ達は危機一髪だったニャ。捕まったら何をされるか、分からないからニャ」



***



 結局そのままカフェの机を長々と四名で占拠し、前に分かれてからの経緯をほとんど喋ってしまう程に俺達は暇だった。というか、まともに話が出来る相手が少なかったから、久々に酒も入ってないのに饒舌になり時間が過ぎるのを忘れていただけだ。話相手としては最悪の部類で最上だが、気兼ねなく話せる数少ない者だった。貴重といえば貴重だが特定の場所に行けば幾らでも居る、ただその場所には暫く行ってない。行きたくても行けないのではなく、いつでも行けるとなると足が向かないだけ。

 砂糖をたっぷりと加えた茶をすすりながら、終わりもなく話をしていると見慣れた青い服を着た者が人ゴミから現れた。器用に人の間をすりぬけてやって来たそいつは、ネコが持っていた菓子袋を奪い取ると手を突っ込んで中身を混ぜ返して掴みだして、光るそれを貪る。

「おい、鍋直りそうにないぞ。どうする?」

 バリバリと菓子を砕きながら喋るから口の中が煌めいている。直ぐに細かくなったそれを飲み下し、また菓子袋に手を入れる。白い犬歯が口の中に並んでいる。同じように尖った耳も白に似た銀をしている。

「よぉサイカ。災難だったらしいな」

 まるで昨日もあったかのような軽い挨拶をして、こちらに振り向かせた。こいつらにとって昨日も去年も数十年前も関係ないのだろう。会ったその日が別れた日の続きのようなものだ。常に変わり続けるが表面上は変化がない、どれ程表向きが変わっても本質は変わらない。

「そうなんだよ~。こいつの所為で鍋が一個使えなくなっちまって、本当に困ってるんだよ。な? ネコ!」

「元々お前が鍋で殴るから悪いニャ。自分の非を認めるニャ」

 反論するネコにゲンコツがとび、サイカは黙らせた。殴られるような事をするネコが全て悪いということで、俺は爆笑させてもらった。その所為で危なく茶が零れそうになって慌ててカップを抑えた。まだ砂糖が溶けきっていない茶は溶けるまでカップを回して楽しむんだ、楽しみが減ってしまう所だった。

「なんで鍋で殴ったんだ? 最強の武器・フライパンはどうした?」

 セシルが妙に真剣な顔をして聞くので、サイカも菓子袋に手を入れるのをやめて腕組みをした。もしかしてフライパンも鍋と同じ運命を辿っていたのか? 素手が凶器の奴が鍋とフライパンを装備するのはいかがなものかと思っていたが、遂に素手になるのか銀色の狼。

「洗ってる最中だったんだ…。他に手近にあったのが鍋だった」

 なんて事だ! フライパンを洗ってたからといって鍋を身代りにしてこの馬鹿ネコを殴ったなんて! なんて勿体ないことを…。

 俺が呆れてものが言えない時にセシルはクスクスと笑いだし、ヴァスは真剣に腕組みをして頷いていた。一人は呆れ、笑い、頷き、一体なんの話をしているのか傍から見ても分からないだろうこの状況。

「しゃぁない。新しいのを買うか」

 腕組みをして、大きく溜め息をつく、口の中でバリバリと砕く音が止まらない。鍋の事を真剣に悩んでいるのか、真剣に食べているのか判断つきかねる。まともに悩むのが食べる事か、飲む事ばかりだから真剣に未来の鍋を悩んでいるのだろう。

 冒険者といえば聞こえがいいが、結局は根なし草の放浪者。旅先で飯が出てこなければ自分達で支度しなければならない、その支度には鍋やフライパンが必ずしも必要とはいえないが、かなり重宝する。だが調理器具を武器にするのは極々一部だけだ。台所は武器庫だが、その武器庫はあまり武器庫として使われない。できれば使われたくない。鍋はセシルに美味いスープを作ってもらうためだけにあればいい! いや、武器としてでなく調理器具として調理器具生涯を終始して欲しい。それが鍋も喜ぶ最高の選択だろう。

 鍋は鍋であるべきなんだ、決して凶器ではない。

「サイカ、私にもくれ。しばらく実家に帰ってないから袋の底が見えてきた」

 バリバリと砕く音が一瞬止まり、サイカは大きく目を開いて瞬きを一度した。その後、再び砕く音が始まり、黙ってネコの菓子袋を放ってセシルに投げ渡した。

 難なく菓子袋を受け取ると、大分少なくなった中身を取り出して、一つ口に入れた。パリパリとこちらは大人しい音がした。それも直ぐ終わり次の一つを口に入れる。今度はガリリと硬そうな音がしだした。目元は見えないが嬉しそうに食べているのが音から分かった。

「…お前ら残す気と返す気が全くないニャ」

 地の底から響くような薄気味悪い声と顔で、恨めしそうにサイカとセシルの強奪に文句を言っている。最初にとられたのが悪い、全面的にネコが全て悪い。持ってるのを隠しもせずにさらしていたのが悪い。盗賊の目の前で金貨をばら撒いているのと同じ、机の上に宝石を並べている者がいれば狙う者がいるのも当然だ。

 呪いが込められた視線と言葉を無視して、空いている椅子を引いてドカリと座った。また腕組みをして、自分も温かい飲み物を頼んだ。

「つーかさぁ、セシル食べてないのかよ? おいーファーン~。飯をロクに食べてないと元気でないぞ~」

 非難の視線が向けられるが、しょうがないんだ。忙しいのもあるし、そんなに金に余裕があるわけじゃないし、採りに行けるわけもない。まともに往復していると、それだけで二、三十日潰れる。それが原因ではあるが、本心を言うと生死を問われる道を何度も辿る気がしないだけだ。それに運がない、ネコの持つ菓子袋中身を売買している店もあるが神出鬼没で何時何処に現れるか全く予測できない、ドワーフの市場でも売られるが時期が合わずに立ち寄れていなかった。

 これだけ言い訳を重ねるが、自分の事ばかりにでセシルの事を考えていなかっただけだ。…だけなんだ。

「うるさいっ」

 鼻をならして、目にものを言わせて、ただ黙って肩をそびやかした。



***



 サイカ達と別れたのは夕暮れになってからだった、行列にならんだまま帰ってこないサラとカメ達を心配して探しにサイカが席を立ったのにネコが付いて行った。グレナンデとかいう魔法使いに捕獲されていないか心配になったらしい。もしも捕獲されていたら、実験に使われているかもしれない。サラが一緒なら大丈夫だろうが、雲みたいにいつの間にかどこかに行ってしまうから、目を離した隙にはぐれてしまっているかもしれない。

 夕食の約束だけをとりつけて、自分達も宿で一休みすることにした。部屋に入る直前にヴァスは思いついたように拳で片手を叩きニッカリと笑った。

「俺は打ち合わせに行って来るから、ご両人好きにしててくれ~」

 ヴァスは意味ありげな台詞と笑いを残して今来た所を戻った。宿の通路に残されたのはセシルと俺だけになり、互いに顔を見合せて首を傾げた。部屋に入るとヴァスが逃げた理由が分かった。気を利かせているつもりなのか悪戯しているつもりなのか、ベットが花びらで彩色されている。この片付けを押しつけて逃げたようにしか見えないが、シラフでそんな面倒な事をする奴じゃない、酔ってたら何をしでかすか分からないが。

 眉間にしわを寄せていてもどうにもならないので、着ていたコートを脱いでベットの端に引っ掛けて二本の剣を近くに立てかけ、ベットの上に散る花びらを一つずつ拾い上げていく。面倒この上ない作業、ヴァスの奴め、お前のベットに全部移動しといてやるから感謝しろよ。

 しかめっ面した俺の横でセシルが籠手(ガントレット)を外して、両手(ツーハンド)剣(ソード)を振り回しているとは想像できない程の綺麗な白い手で、同じように花びらを拾っている。身体を兜のない全身(フル)鎧(プレート)ごと隠している灰色のローブが風をおこして花びらを舞立たせる。逃げた花びらを手で追ってまた風をおこす、それを何度となく繰り返し俺の手元まで花びらは逃げてきた。

 花畑で風に踊る花びらを掴もうとする乙女。妖精のシルフィードはそれを見て喜び、掴めそうで掴めないように花びらを泳がせて楽しむ。風を纏い、花びらと共に舞い踊る様が夢世界の出来事だけでないのは、その美が存在を許されているからだ。例えそれが地獄界の夢模様だとしても、美しさには変わりがない。土に汚れ日に焼けて、収穫の喜びに笑う美しさには敵わなくても、花と戯れる無垢は美しい。

 でも、そんな事を言うとあなたは照れてしまうだろう、ほんのりと頬を朱に染めて。何も言えずに目を伏せてしまう。それを見てやっとこちらも伝えたことに恥ずかしさを覚える、心は伝染するものだから。だから黙々と花びらを拾い続ける、この想いが外に漏れないように。

「これで最後かな?」

 枕の上に乗っていた赤い花びらを拾い上げて、セシルが俺の両手に持っていた花びらを全部押しつけた。それから身をかがめてベットの下を覗き込む。

「流石に下にまで落ちてないだろう」

 ヴァスが使う予定のベットに花びらを置いてやろうとしたが、途中で止めた。もっと有効活用できる方法を思いついたからだ。片手分程を手に残して、薄っぺらい掛け布団を花びらの上に掛けてヴァスへの仕返しは終了、後は帰ってきてからのお楽しみだ。

 身を起こしたセシルの手には数枚の花びらが握られていた、ベットの下にまで落ちていたのだ。振り撒いたときに落ちたのか、セシルが花びらに遊ばれていたときに落ちたのかもしれない。握っていた手を花びらが逃げないようにそろりそろりと開く。花びらが乗った手を前に出すと、手を傾けて花びらを加えた。

「良い事思いついたんだ」

 何を? と口に出さないまでも表情が語る。花びらが乗っていない手でセシルの首に手をあてて、髪を梳きつつフードを落とした。蒼い瞳が不思議そうに俺を映し、長い金髪を絡める俺の手に白い手が重ねられていた。

 俺が魅入られそうになり少しだけ目を細めた。それでも勇気を奮い起こして視線を合わせ、蒼い瞳を覗きこむ。短い詠唱と共に花びらが乗った手を揺り動かした。

 手から落ちた花びらは宙で同じ色の花びらと合わさり、床に着く前に蝶のように羽ばたきだした。宙を舞う花びらの蝶は、手から花びらが滑り落ちる度に数を増して幻想的な空間を作り出した。赤、青、黄、様々な色の蝶が部屋を浮遊して殺風景な部屋を疑似的な花畑に変えた。それを目で追うセシルの髪に蝶がとまる、髪についた蝶に気付き顔を振った拍子に左耳のピアスが煌めいた。ピアスの宝石に花びらの蝶が映る。

 瞬間、生命活動を終えた心臓が大きく鼓動する。だが一瞬が終わると、今度は胸が締め上げられるようだった。手袋をした手で蝶の映るピアスに優しく触れた。

「綺麗だ」

 触れられて、そんな言葉をよこした。声が出かかって喉で消えた。

それは俺の言葉だ。そんな返事すら今はまともに出来ない。この想いは今言葉にできない、する資格すらない。



 動くはずのない心臓の鼓動がうるさくて、自分ではどうにも出来ず時が止まっている錯覚に囚われる。しかし、近付く呼吸の音に時が動いていると分かる。それは部屋に近付くにつれて慎重になり、遅くなった。入り口の手前に来ると、最後の一歩を引いて忍び足で遠ざかろうと踵を返す音がわずかにした。

「…ばれてるぞ。ヴァス」

 部屋の入り口手前で息を潜めていたヴァスは、バツが悪そうに頭を掻きながら部屋に入ってきた。二人きりにしたのはいいが、打ち合わせが早く終わり過ぎて、酒場もまだ開いていないし中途半端な時間になってしまったのだろう。

「やっぱり? いやぁいつ入るか分からなくてなっ! ハハ…」

 花びらの蝶を拳でパシパシと打ちながら、照れ臭そうに言う。正直な気持ちだろう、俺だってヴァスの立場だったら入りにくい。気付いていたが、相手が誰だか分からなかったのだからしょうがない。いつ通り過ぎるか、そわそわしていたのは俺も同じだった。一番落ち着いているように見えるセシルも、梳かれて流れ出た金髪を戻す為に軽く髪をまとめて再びローブの下に押し込んでいる、その顔が少し赤い。血が通っている温かさはまだ忘れていないが、まともに通っていたら俺の方が耳まで赤くなっていただろう。

「間が悪すぎる。それとこの花びらはお前が片付けろよ!」

「まかせとけ! 全部撃ち落とす」

 誰が蝶を撃墜しろと言った。



***



 渋々と自分の撒いた種ならぬ花びらを片付けるヴァスを部屋に残して、早めに食事がとれる場所を探しに行った。ネコはともかくとしてサラとサイカとは長々と話がしたい気分だ。次はいつ会えるか分からない、いつまで滞在しているのかも分からない雲のようなものだから。それにはゆっくりと食事と会話が楽しめる場所が必要だ大体の行き先は決めていたが、相手が何処に泊まっているのかを聞いていなかったから本人達も捜さなければいけなかった。いざとなれば、カメの大好物を吊るしておけばカメが掛かって、サラあたりがカメに掛かって、サイカかネコが掛かって、残りが掛かる寸法。完璧な計画だ。



 外では夕陽が今まさに沈まんとしていた。

 町の建物が黒く塗りつぶされ、空すら侵食しようとしている。星の光のような生活の灯りが点々と町を照らし、余計に黒さを際立たせた。燃える赤が届かなくなり、闇が風と共に進行してくる。やっと、夜が訪れた。最後の足掻きとばかりに夕日は世界を赤と黒に染め上げる。徐々に赤も黒に侵食されて闇色だけが空に残り、星の煌めきが増して夜空たらしめる。一日を分けるとしたら半分は夜だろう、俺には昼間の時間が長すぎる気がしてならない。それは昼が苦手というのもあるだろうが、楽しい夜の時間が短すぎるのが原因だと思う。しかし昼に太陽があるのかさえも分からない吹雪の吹きすさぶ雪山が好きなわけでもなく、いつ日が沈んだのかさえ分からない溶岩の川が流れる火山が好きなわけでもない。昼は太陽が昇り、夜は月が昇る。この図式が一番素晴らしいが、もう少しだけ、太陽の時間が少ない方が俺は好い。

 黙って考え込んでいると、セシルが俺の肩を掴んだ。急に止められたように感じられた、どうやら足が勝手に動いていたようだ。振り返るとそこにはヴァスと愉快な仲間達…と不愉快な奴が一名、道に沿って一列で立っていた。後ろに小さい酒場の看板と思われる板がプラプラと風で揺れて、それの上に拳ほどの甲羅を持ったカメが乗っていた。

「ここにしようか」



 まずは大量の料理を人数の二倍だけ頼んで、先に飲み物を貰った。ヴァスとファーンだけがまず酒をあおり、一気にカップを空にした。その飲みっぷりに負けまいと、サイカが自分の甘い飲み物を一気に飲み干した。そんなに一気に飲めないとばかりにネコがカップを置き、サラとセシルが笑って溜め息をついた。

「カメ印のレェモンジュースがないカメ!」

「アップリュジュースもないカメ! なんて店だカメ」

 小さなカメ達が机の上で文句を言って暴れている。それでも小さなカメの事手足をジタバタさせても何ら被害がない。

「ノッカーって店」

 カップを口に当てて冷たく言い放つネコに、カメは二匹して頭突きをかましてX攻撃をした。それは見事に額と顎に直撃して、ネコの顎は跳ねあがった。手にしていたカップを落とさなかっただけ、被害は少なくすんだ。が、ネコの顔にはしっかりと中身が掛かって濡れていた。濡れた髪から黒い雫が垂れて、黒い涙を流しているようだ。気色悪く、なんとも可笑しな姿となった。唖然としていたが、自分の手に黒い水滴が落ちると目を細めてネコは怒った。

「覚えているがいい…でっかいカメロンパンの情報ゲットしても教えてやらないニャ!」

 怒りに任せたネコの台詞に、カメ達は多大な精神的衝撃を受け我に返るまでにしばしの時間がかかった。そして我に返った時には、甲羅の置き場がない程の皿が机に並べられていた。とりあえずは、ネコにありったけの悪口を言って、皿に飛び込むようにして食事を開始した。小さなカメ達でなくても、大きな皿に山のようにして盛られた野菜や肉を食べるには、身を乗り出して食材の海に飛び込むしかなかった。大量に注文したせいだろうか、それとも店側の配慮だろうか、外側をこんがりと焼き上げているが中は程良く生の肉の薄切りは厚く、安いステーキよりも分厚かった。肉の薄切りにかかるソースには刻まれた玉ねぎが辛味を抜かれてたっぷりと入っていた。その食感と肉の弾力が口の中で段々と変化していき、喉に押し込むのが惜しいほどだ。

 肉の隣で肉汁とソースを十分吸いこんだ色をしたジャガイモはそれだけで食べても盛られた分だけ平らげてしまえそうだ、しかしそれは添え物。本当に美味い食べ方は肉の薄切りと共に口に放り込み、段々と消える肉汁とソースを補給しつつもジャガイモのふかふかした食感を楽しむ事、おかげで食べている時は頬がいつもの倍に膨れる。

 ジャガイモが本領を発揮するのは添え物だけではない、潰されて姿が変わってしまってもジャガイモの美味しさは不滅。一度潰されて、塩と胡椒それにバターで味付けされ捏ねられ、丸められて多めの油で焼揚げられる。それに赤いトウガラシのきいたソースを付けるか、卵と幾種類かの香料を刻んだソースを付けるか、実は一番辛い淡い緑のソースに付けるかは意見が分かれる所だ。勿論、辛いと知らずに緑のソースを付けて涙を流す者もいるが、知っていて知らない者にためさせるのもよくある。

 ソースで食べるだけが楽しみではない、純粋に新鮮さと品質にこだわり塩のみで出された魚が本当のメインディッシュ。海からは遠く、川も鉱山が近かったせいもあり海産物や水産物はこの地域では高級品。人口的に作り出した池に澄んだ水を遠くから引きこみそこで魚を養殖した魚を即日捌く。海や川で獲れたものに比べると泥の臭みが残るが慣れてしまえばそれも美味い。大きな魚は塩で焼かれるが、小さな魚は骨まで食べることが出来るため、高温の油でカラリと上げて玉ねぎの薄切りと人参の細切りの入った透明なソースに包まれて皿に乗っている。所々ソースの吸い具合によって歯ごたえの違いが味に広がりを持たせている。

 野菜の盛り合わせも、葉を食べるものと根を食べるものを、適当に切ってごちゃごちゃと混ぜ合わせただけの新鮮さが売り。ソースさえも邪魔だと言わんばかりに瑞々しさで、洗いたての雫さえもその輝きに圧倒される。しゃきしゃきとした歯ごたえと野菜独特の甘味が主張するサラダは何者の侵略を許さぬと思われるが、どの食材とも共存しつつも単独でさえ食事を支配してしまう両面を持っている。サラは好んでサラダの支配を受け入れるが、他の者は共存を選択し、味の濃い料理の口直しや食感の追加、全体とのバランスを楽しんでいる。

 様々な料理を楽しむが食事の目的はそれだけではない、舌鼓を打ちながら弾む会話。それは料理を最大限に引き立て、過ぎ去る時間すら忘れさせる。大きな皿が一つ空になり二つ空になり、下げられる代わりに新たに酒が注がれたカップが運ばれ机が隠れたまま見えない。皿の下に埋まった机が重みに耐えて、冒険者達の言葉を染み込ませていく。机は染みついた記憶の数だけ強くなり、今も冒険者達を支えている、それが机としての役目であり本望だ。だが今日の皿の数とカップの数、会話の重みに、長きに渡り言葉を染み込ませてきた机も耐えがたくミシリと小さな音をたてた。だが、それは誰の耳にも届かず机は再び耐えることに専念した。



「久々に食べ過ぎたー」

 カップの底をじっくりと見もせずに、皿と皿の僅かな隙間にカップの底を叩きつけ贅沢な息を吐きだした。少しばかり赤くなった顔では少年の様にキラキラと光る目が笑っていた。大きく口を開けてそれを隠しもせずに笑う、フォークもナイフも使わずに肉を摘み食い。楽し過ぎてタガが外れかけているのは誰の目からも分かったが、止める者はいない。見ている方も楽しかったから。

「そうか? 私はまだ入るぞ」

 とろんと半開きになった目をファーンに向けながら、グビグビと酒瓶を空にしていくセシルは既に耳まで赤い。意識がはっきりしているのかどうか判断しにくい、そのくせに呂律は回っているし言葉もしっかりしている。酔いが回っても分かりにくいタイプ、意識を手離した後はそう簡単に起きない。

「もうそろそろ止めとかないと誰が宿まで送るんだよ? 俺はやだ」

 手を軽く振って暴飲を止めるように促すが、止める気が全くないし、そんな事で止まりそうもない。後の事は後で考えれば良い寝込んだらそのまま置いて帰ろうとでも考えている顔。置いて帰られると店側は迷惑なのだが、一向に気にしないタイプなので気にしない。

 だが、気にすべきこともある。自分の連れが既に爆睡しているこの事実。サラは顔を赤くし腕を組み、その間に顔を置き気持ちよさそうに眠っている。その近くで、二匹のカメがカメロンパンについて熱く語り合っているが、それも夢の中でだ。残る連れは何故か頭に大きなタンコブを作って机に伏している。ヴァスさえも意識が朦朧としているのか、腕を組んだまま椅子に深く身を預けて俯いたままだ。

「…しょうがない。全員が潰れるわけにはいかない。ここらでお開きとしよう」



***



 ヴァスを揺り起して、セシルとファーンが左右を抱えてヴァスを連れて帰った。サラも目を覚まし目をこすってカメ達を胸に抱きかかえた。ネコは揺すろうが叩こうが殴ろうが起きる気配がなく、先に勘定を済ませて肩に担いで店を出ることにした。面倒だとは思いながらも、意識があるのが自分だけだから、しょうがないと言い聞かせてかなりの額を払った。ネコが伏しているはずの机を振り返ると食器が大量に乗った机と椅子だけがある。

「あんにゃろう…」

 店を出ると、案の定眠たそうなサラと、闇にほとんど同化しているネコが雲の切れ間に月を見ていた。さっきまで起きてなかったくせに出るとなったら起きたんだな、面倒な事を押しつけて自分は都合良く逃げたんだ。

 いつも通り千鳥足のようにふらふらとした歩き方、今にも闇に融けて消えてしまいそうだが中々消えてなくならない面倒な奴。黄金の目だけがキラリと光って闇に消え去るのを阻止しているようだ。しかしどんな目の色をしていようと関係なく、消える時は消えてしまうのを知っている。消えない時は消えないどんな目をしていようと。どれ程純粋な目をしていても、どれ程濁った目をしていても同じだ。コイツでなくても、他の奴でも。聖人と呼ばれていようが極悪人と呼ばれていようが、何度でも描き直される時間の仕向ける運命には逆らえない。時期が来れば一斉に収穫される果樹園の果物のように。

 …面白くもない事を考えた。全部コイツの所為だ。面白くない事は嫌いなんだ、気が重くなるし、気分も悪くなる。その原因を捕まえて殴り飛ばしてやる、それで嫌な気分を吹き飛ばす。

「なっンギャ!」

 ネコの短い悲鳴が夜空の下で響いた。