レッツ発掘!~題名に意味はありません~
3.精神だけで生きてるようなものだもの
飲んだ日の次の朝は最悪か最高のどちらかだ。朝霧があれば最高で、遠くまで見渡せるなら最悪だ。朝霧の中に知り合いを見つけられたらきっとその日は最高だからだ。見つけても多分そうだろうという程度でハッキリとは分からない、なんせ霧の中だ。段々と冷たくなる夜霧の中で見つけると直ぐに通り過ぎてしまう、夜は急いでいる時が多いし寒いと凍えてしまうからだ。けれども、朝霧の中で会うと話がしたくなる。まだ街も木も草も眠っている朝を独占して、ゆっくりと会え時間すら気にも留めずにいられるからだ。その早朝、濃霧に出会った知り合いとも丘の朝を独占した。
「よぉ。酔いは抜けたのか?」
「んー? まぁな。未だ抜けきってない所為でどこをどう来たのか分からないが」
いつもしっかりとしている奴だけに、自分が来た路すら分からない程まだ酔いが抜けていないのが可笑しかった。昨日楽しく飲んだから自分の限界を忘れていたのだろう。しかし、こんな所まで流れているからにはかなりの時間熟睡したのだろう、濃霧の中まだ顔は見えないが寝むそうなのは声で分かる。もしヴァスかファーンが起きていたら驚いて今頃捜している。それともまだ二日酔いで瞼が重たいか、眠りこけているのか。僧兵のヴァスは毎朝欠かさず身体を動かすから、それはない。もう直ぐここを通るかもしれない。
「結構流れたな。町から南の方の丘だぞ、ここ」
「…そうか。戻るのに大変そうだ」
濃霧がぐるりと渦を巻き、その中から眠たそうな顔して姿を現した。霧に濡れた髪の毛がいつもより艶々と光っている。頬に張り付いた髪を掻き上げもせずそのままに、欠伸を一つした。
「ん。久々に熟睡したらしい」
背伸びをして、また欠伸。こんな丘まで来ても本人はどうってことないだろが、連れの方が心配して暴走しかねない。特に今ファーンは精神が不安定になっているから尚の事だ。ヴァス一人に任せておくのは気の毒だ、とばっちりがこっちに来ないとも限らない。
「履物貸そうか?」
「…あ。あぁ頼む」
濃霧の中、微かに見える足は靴を履いておらず布を巻いているわけでもない。丘の周辺は草だけだから構いはしないが、丘を抜けると土と石があるだけ、街道沿いに歩いても足が汚れるのは必至だ。汚れていない足を無暗に汚す必要はないし、洗うにしても濡れていては鎧は付けにくい。それに、いくら拭いても水気が残ってしまうから鎧の中で蒸すから面倒だ、直ぐに取り外しが出来ないから尚。面倒の上に、更に面倒だ。
適当な履物を貸そうと思って濃霧の中、荷物の場所を殆ど手探りで探す、手を動かす度に霧が渦巻いてそれが顔を撫でる。そして、ふと思い出した。まともな履物は無かった。しかし、足を汚さない程度の布切れなら確かあったはずだ。入っているはずの鞄を探すのに、一つずつ触っていく。確かこれに布切れが入っている、鞄の紐を掴み引っ張った。つもりだった。
「いっだぁああ!! 何するニャ?」
霧を引き裂いて、盛大な悲鳴が丘で反響もせずに広がった。朝霧が薄れてしまうほどに声の波が広がり、まだ眠っていた鳥は驚いて落ち、動物たちは目を見開いて身を起こした。近くにいた者は勿論のこと、爽やかでない起こされ方をした。大きな音に驚いて咄嗟に自分の杖を探して手にし、身体を跳ね起こして、濃い霧の中音がした場所を目で探した。
「どうしたの!」
自分の声にミルク色の世界が揺れて、その奥に違う色を見つけた。耳を押さえているサイカとセシル、頭を押さえているネコ。何があったのかは大体の見当がついた。大体わかったから驚いていた心が落ち着いて、再び夢の世界に意識を手離した。そのまま倒れると痛いから身体を横に倒して、枕となる鞄を抱きしめてから意識を手離した。
突然飛び起きて一声上げるなり倒れたサラに、他の三名こそが、
「お前がどうした?」
とばかりに視線を送った。それで再びむっくりと起き上がってくる事はなかったが、いく拍かは目を見開いてサラの様子を窺っていた。
「…ぃいったいニャ。何をするニャ」
「わりぃわりぃー。セシルに履物貸してやろうと思ったんだ~」
頭をさするネコが涙目で素足のセシルを見上げた。少しだけ考えたのか、寝起きで思考が停止していたのか頭をさする手も止めた。目がチロリと横に動いて、サイカが引っ張った鞄の蓋を開けた。ごそごそと鞄の中をあさって何かを掴みだした。長い、透けるような色をした布だった。それを手渡した。
「これくらいしかないニャ」
受け取ったセシルは布を引っ張ってみて強度を確かめ、その場に座り込んで慣れた手つきで足に巻きつけ始めた。左右の足に巻きつけて、足の状態を確かめる。立ち上がって飛んだり跳ねたりして、まだ酔いが醒めていない事をサイカとネコに教えた。
「…宿まで付いて行ってやるよ」
苦笑いでサイカはネコに手を振って、セシルと共に朝霧へと消えた。
まだ足元がふわふわしているセシルを連れて町まで歩いていると、霧の中を掻きわけて誰かが走ってくるのが分かった。こんなに朝早くに誰だろう? 霧の中では鼻も利かない、だからといってそんな事で立ち止まりはしない。相手が分からない程度で立ち止まってなどいられない、相手だって同じ条件だ。敵でも味方でもなければ素通りだ、味方なら言葉を掛けてサヨナラだ、敵なら蹴散らしてバイバイだ。
足音がどんどんと近付いてくる。霧に影が映る。鼻も利いてくる距離に入った。あぁこの匂いは、ヴァスだ。
「おーい。朝っぱらから走って元気だな」
「そこにいるのサイカか? お前も早いな」
影がこちらの方に寄って来て霧からその姿を現した。やはり声の主はヴァスだった。霧の所為だか、走ってるせいだか全身が薄っすらと濡れて、服が鍛え上げられた身体を露わにしていた。そうでなくても普段から薄着なので対して変わりはない。
「おっセシルも一緒か。探す手間が省けた」
「済まない」
未だ瞼が重そうなセシルは一言発して欠伸を一つした。今にも眠りこけてしまいそうな身体を必死に支えているが、いつ倒れてしまってもおかしくない。そんなセシルの様子にヴァスは眉をしかめた。
「やっぱり…喰わなきゃ駄目か?」
「俺とかは平気だけど、セシルとかは食べなきゃ駄目なんじゃね?」
両手を頭の後ろで組んで苦々しい顔をしてサイカがセシルの代わりに答える。頭を振ってヴァスはセシルに背を向けてしゃがんだ、背中に乗れというのだ。何も言わず背中に被さり、その身を預けて眠気に意識の侵略を許し目を閉じたセシルからは、程なくして深い息づかいが聞こえた。左右の足を持って自分の首に回された両手をしっかりと前に降ろして、慎重にヴァスは立ち上がる。
不安げな表情で見ていたサイカは思いついたように腰に手を回し、いつも持ち歩いているそれを探した。腰紐の下に巻いてあるベルトに薄くて小さい箱型の入れ物を付けてある。箱型の入れ物は上下を反転させて付けてあり下の蓋を開けると中身が手に落ちるようにしている。それを指でベルトを伝いながら探した。
箱の蓋に付いた金具を外すと小さな欠片が幾つか出てきた。
「ほらよ。俺はネコから奪うからやる」
両手が塞がっているヴァスに手渡せない。しかも、ヴァスの服にはポケットもない。しょうがなくセシルの服のポケットに入れた。
「サイカ…悪いな。今度美味い飯出す所教える」
「やりぃ!」
セシルを背負い、霧の中を走り去るヴァスの影に手を振ってサイカは来た路を帰ろうとして内心ギョッとした。
「…奪うって部分に突っ込みは無しかニャ」
振り返った直ぐそこに、苦々しい顔をしたネコが腕を組んで立っていた。いつの間に後ろに立たれたのか、分からなかった。霧の所為で気配が読み難かっただけではない、基本的に血生臭い以外にコイツは判別しにくい。
とりあえず、気付かなかった事には目を瞑りヴァスが突っ込まなかった代わりに自分が物理的にネコに突っ込みを入れておいた。
サイカの裏拳がネコの横っ面に当たると、奇妙な感覚が伝わり奇妙な悲鳴が霧を打った。