レッツ発掘!~題名に意味はありません~

4.さぁ望め、ならば与えよう



 理不尽な突っ込みに、ネコの怒りが冷めたのは昼頃になってからだった。昨日と同じように、カフェに座って熱い飲み物を冷ましながら人ゴミを眺めていた。昨日と違うのは顔の左側に大きな痣がある事、不機嫌の原因は朝の一撃だった。素手で相手の首を飛ばせ、瓶を手刀で斬って落とす奴に、理不尽に殴られて許せるほど広い心を持っていなかったのも原因の一つだった。

 ネコに飲み物と一緒に頼んだ軽食が運ばれた時、人ゴミから出てきたのはファーンだった。日光を避けるように影を伝いながらカフェの席に着いてネコに運ばれたばかりの軽食を摘み食いした。顔の左側を手で押さえながら、少ない皿の中身を取られまいと自分の方に引いた。そこに後ろから手が伸びて、また一つ摘み食いされた。

 驚いて後ろを振り返るとヴァスが口をもごもごさせていた。

「なんて奴らだニャ。自分で頼んで食べるニャ」

 悪態をついて皿を自分の腕で隠したが、前後からの容赦ない強奪には何の効果も無かった。腕を上げた時元々少なかった皿の中身は既になくなっていた。短い絶望の表情の後に、幸せを手離す溜め息をつき皿をよせた。ニヤニヤと笑うファーンとヴァスを恨みがましく見るが、何かを諦めたように再び溜め息をついて飲み物を一口。

「これから仕事を始めるから、教えとこうと思ってな。丁度、小腹も減ってたんだ有難なーはは」

 口元に付いた食べ屑を指でとって、その指を舐めた。悪戯が成功した子供の顔をしたからといって許されるものではないが、ヴァスの顔は何となく許してしまう。それを分かっていて利用している節がある、長く付き合っている相手には無意味だが。

 笑っているヴァスを下から見上げるネコは、付き合いも長く尚且つ未だ不機嫌だった。

 机の脚に立てかけてあった自分の剣を持ち、刀身をチラつかせて、短い脅し文句を吐いた。

「望メ、ならば与える。欲せヨ、腹がいっぱいになればイイと」

 ギラギラして正気の沙汰ではない目で、訳のわからない言葉を連ねる。目を覗きこまれる形になっているヴァスは慌てて目を反らした。 こんな目をまともに見てしまったら、正気でいられるとは思えない。

 狂人と天才は紙一重というが、それは判断する者がどちらと見るか、その一点にかかっている。理解できる範疇にあるのが天才なのか狂人なのかは分からない。自分に分かる範囲が世界だ、それ以外は認められない全く次元の違う話だ。受け入れる余裕がなければ、存在を否定する。そうしなければ何故か自分を否定している気になってしまう。

 今この常軌を逸した目を見れば、そんな事を考える暇もなく自分と周囲が築き上げてきた自分が、全て崩壊して違う次元に迷い込んでしまう。そしてそこから戻ってこれはしないだろう。

 解るのではなく、感じる。本能が叫んでいる。

「そんな危ない願いの叶え方は、他の奴でやってくれよな」

 頭でもヴァスは分かっている、だから咄嗟に目を反らした。ヤバいと知っている、だから反らせる時に反らせた。一度視線が合ってしまえば反らせない事も知っているから。

「町中で何をやってるんだ」

 人ゴミを掻きわけてカフェまで辿り着いたセシルは、そういって剣をネコから取り上げた。ムッスリと頬を膨らせてネコは今迄の経緯を簡単に説明したが、それでもセシルは剣を返さなかった。町中で剣をネコが抜こうとした事が簡単に許せるものではなかったのだ。

「二人して取っていくからニャ。そんなに腹が減っているなら満たしてやろうという親切心ニャ」

「いやいや、親切じゃないってそれ。な、セシル?」

 手を振って否定するファーンに、セシルも頷く。顔の半分が隠れているが怒気が溢れ出て、周囲を包んでいる。自分の剣が握り潰されるのではないだろうかとネコは心配でオロオロしている。両手剣を扱うセシルの握力は片手剣を扱うそれとは一線をかく。重たい両手剣は主に、叩き斬るとか突き刺すとかではなく、叩き潰すとか振り回す事。刃で切断をする武器ではなく、重さを利用して振り回す武器で、それを使うには、遠心力で武器を離さないだけの握力が必要だ。セシルはその両手剣を片手で扱う。ネコの剣を鞘ごと握りつぶすのは、それ程難しくはない。

 何かの拍子に力が入って、剣が鞘から抜けなくなるのではないかと心配で、泡を食ってネコは倒れてしまいそうだった。

「うぅ~町中で剣を抜いて悪かったニャ。もう簡単に町中で抜かないから返して欲しいニャー」

 両手を出してせがむが、それでも信用されていないのか直ぐにネコへ剣を返しはしなかった。

「刃物を扱う身なら、簡単に手をかけるな」

 セシルにそう釘を刺して、やっとネコに手渡した。自分が悪いけど原因を作った奴らも悪いと言いたかったが、今言ったら確実に怒られると思って言えず、複雑な顔をして受け取った。

「とりあえず俺は“山嵐”をからかってくるから。んじゃなー」

 小腹も張って問題も収拾した所で、ヴァスは人ゴミの中へ消えた。昨夜の席で“山嵐”なる詐欺団を一網打尽にする為に町の役人と協力して、盗賊団がやってる賭博で捕まえると言っていた。一体、賭博でどうやって捕まえるのかまでは聞かなかったが、急に気になってきた。町のマーケットの端で、大きな男がサイコロを振って賭博をしているのは知っていた。他の場所で賭博をしていないから、直ぐにそこだとは見当がついたがどうやって一網打尽にするのだろうか。しかも賭博で資金を集めているが、本体は遺跡探索や傭兵もする大きな一団だ。この町にもその拠点の一つがあり、そこの管理が“山嵐”に任されているだけだ。

 役人の一部にも一団の者が入り込んでおり、今回の捕縛も表面的に行われて捕まったフリをするだけだから実質的に意味はほとんどない。ヴァスもそれを知っているから気が乗らなかったのだが、友人の為に仕方なく受けたのだ。場所を限定しているとはいえ賭博を許しているような町ではそんなものだ。だから町中で昼間から堂々と小さな机の上でサイコロが転がされている。

「…サイコロ。あぁ分かったニャ!」

 ヴァスの言葉の意味が分かった。確かに、ヴァスは“山嵐”のサイコロ賭博をからかいに行った。サイコロ賭博を。

 合点のいったネコにファーンがニヤリと笑った。通りに人が増えた気がする、本当は人がひっきりなしに動いていたのが所々で止まりだしたからそう見えるだけだが、それが何よりの証拠だった。この通りの先には、人ゴミで見えないが小さな賭博が行われている。ヴァスが賭博に参加したのだろう、きっと今までにない驚きに“山嵐”は困惑している。

 人ゴミは段々と通りの先で滞り始めたのが、この離れたカフェからも分かるようになった。頼んだ飲み物を運んできた給仕も、何だろうと人ゴミの向こうを覗き込んでいた。

「始まったか」

 運ばれてきた飲み物に早速口を付けて、セシルが呟いた。心成しか笑っているように見える。

 完全に傍観を決め込んだこの三名は原因を知り、行方を想像できた。原因はたった一つ、ヴァスだ。



 一から六まであるサイコロで同じ数字を振り続ける事ができるか。理論上は可能だが、現実にそんな事はほとんどできない。サイコロを振り続けて四度も同じ数字が出れば驚くし、それが十も二十も続けば驚異だ。そうでなければ、そのサイコロには仕掛けがあるか変形している。だが、仕掛けもなければ変形もしていないサイコロを振って、何度も何度も同じ数字が出続ける場合がある。説明はできないが一つ言えるのは「振ってるのがソイツだからだ」というだけ。他の何でもない、ただそれだけだ。

 ヴァスの場合はちょっと違う。

 ヴァスの場合は、自分に都合の良い目が出る。必ずと言えるほどに。例えそれが百の内の一つしか無いとしても、必ずその目が出る。外す事はほとんどない、と自他共に認めている。

 それはサイコロだけに留まらず他の場面でもその奇妙な能力は発揮される。出口までの最短ルートを当て、数々の罠を不発に終わらせる。何となく飲まなかった水に毒が入っていた、入ってみた店の飯が特に美味しかった等、本能で避けているとも考えられるが、本能だけではどうしようもないサイコロで能力は発揮される。そのおかげでヴァスはサイコロで負けた記憶はない。

 幸運の女神を味方にしているとしか思えない。しかも、細工をしたサイコロを、一瞬のうちに机の上のサイコロと取り換える事を簡単にやってのける。動体視力が野生動物並みでも見破れるか怪しいものだ。女神の加護とイカサマの技術を持ち合わせるヴァスに、サイコロの敵はいない。もしも問題が起きようとも、一対一で敵う者は数少ない。相手の数が多くても質が悪くては負傷者が無駄に増えるだけだ。

 それを思うとネコは笑いが止まらなかった。可笑しくてたまらない。からかわれた詐欺団が可哀想でならなかった、運でも実力でも負けてその後に一網打尽にされる未来が容易に想像できて、可笑しい。

 そして、それは都合が良い。

「奴ら全部捕まるのニャ?」

 笑いを無理に噛み殺し、同じように可笑しくて笑っているファーンに確認をとった。ニヤニヤしながらファーンは首を縦に振った。

「ここに集まった奴らは全部。自分達の資金が気にかかるなら、必ず見に来るだろうから、それって全員だろ」

 たった一人に負け続け、スッカラカンになった詐欺団を想像して、また笑いがこみ上げてきた。ネコはもう堪えきれず、声を上げ、手を叩き笑い転げた。



 人ゴミが大きくざわめいたのは飲み物が無くなった頃だった。予想していた通りの展開だったが、思ったよりも早かった。ヴァスの相手は忍耐が無かったらしい。丁度良いタイミングだったが、おかしな事にヴァスがこちらへやって来ない。これにファーンが気付いた。

「尾行されてるぞ、あいつ」

 多分、顔をしかめただろうセシルは立ち上がり、自分の勘定を置いて人ゴミに消えた。ヴァスを迎えに行ったのだろう。ファーンも場所を確認した上で自分も人ゴミに消えた。残されたネコは、ファーンが自分の勘定をしていかなかったと分かっていても上機嫌だった。それ以上に楽しい情報が手に入り、それが正しいと分かったからだった。

「今夜あたりは空だニャー…クヒヒ」