レッツ発掘!~題名に意味はありません~
5.主役(救世主)は来ない
セシルとファーンが立ち去った後、ネコも直ぐに席を立ち町の西側へと足を向けた。そこに自分達が泊まっている宿屋がある。だが今は宿には向かっていない、同じ方向にある建物へと向かっている。元々は鉱山から得られる鉱物で潤っていた町、その取引で利益を得ていた商人の別宅だったが、今では廃れて荒れている。そういった建物にはたいがい表だって集まれない連中が住み着いている。ご多分に漏れずそこも“山嵐”一団の拠点になっている、廃れているが最低限利用が出来る程度に絶妙に整備されており、最近人の動きが激しい。どうやら本体の一団が拠点を利用しているらしいが、その本体の“南風の砂”一団も数日前に山の方に出かけて行った。運んでいた食料の量を見るにしばらくは戻ってきそうにない。
この地域では見かけない木々が植えられており、建物を囲む壁はボロボロで穴も空いている。池だった場所も殆どが干からびて、昔元気に泳いでいただろう魚の姿は見られない。建物の外観もそれと同じく蔦が這い、壁に自然がのたくっている。
「よぉ。どうした?」
“山嵐”の拠点を遠くから見ていたネコに、声がかけられた。振り向かなくても声の主は分かる、サイカだ。視線だけを投げてよこし、ネコは片手を左頬にあててわざとらしく擦った。
「…悪かったって~。いい加減に機嫌直せよ」
「今は上機嫌ニャ。あそこが今日、空になるらしいニャ」
目と口を三日月のように形作り笑う、ネコのそれは不気味だった。逆さの三日月が半月になり、口が真一文字になり笑うのを止めたかと思うと、妙に真剣な顔で何も言わない。何も言わないので、サイカはネコの頭を軽く叩いて、生きているかどうかを確かめた。
「いっだぁ! 急に何するのニャ」
「いや、黙ってるから寝てるかと思って起こしてやったんだ感謝しろ」
滅茶苦茶な言い分に、ネコは頭を押さえて反論しようとした時、サイカの後ろからサラが走り寄ってくるのが見えた。出かかった言葉を飲み込んでサラが合流するのを待った。サラが合流する前にサイカも気付き、手を振った。サラはそれに杖を振って走る速度を上げた。
「ここに、いたんだぁ」
「もしかして捜したか?」
サイカの問いにサラは首を横に振って否定した。
「通りかかったらネコとサイカがいたんだよ」
わざわざ走って来なくてもいいのに、と口には出さない。見つけて走って来てくれたのだから、そんな事を言っては可哀想だ。それに、今から捜しに行こうとも思っていたから、探す手間が省けて好都合だった。
町中で立ち話をしても良かったが、話が漏れてしまってはこれから立てる計画が台無しになるので、町を出て夕べキャンプを張った場所で座り込むことにした。宿は借りているが、建物を見張る為に借りているもので寝泊まりはしていない。主に寝泊まりをしているのは町の外の小高い丘で、聞かれてはマズイ話はそこでしていた。街道からも外れたそこは風と雨以外の邪魔が入らず、気兼ねなく話が出来た。
適当平地を見つけて布を広げた。小さな布袋をその上に放り投げてから、布が飛んでしまわないように押さえながら座り込んだ。
一番最初に座り込んだサイカが、速攻で布袋の口を緩めて中に手を突っ込んだ。直ぐに手を出して、中身を宙に投げて口で捕まえた。
「それで最後にゃー」
「あれ? もうないのネコ」
サラとカメが首を傾げて不安げに訊ねた。ネコがムッと顔をしかめて口を一文字に結んで答えなかった。代わりにサイカが布袋を振ってその軽さを教えた。跳ねる布袋は中身がほとんどない事を示していた。サラの眉間に皺が寄った、怒っているというより困っている様子で。カメは袋に取りついて本当に中身がないのか確かめるが、抱きつくと簡単に絞れてしまう布袋に驚きを隠せなかった。
「オヤツがなくなったカメー」
「どうするカメ?」
布袋から離れてクルリクルリと宙を廻りながら、カメは警告と質問をする。小さな布袋がどれ程のものかカメも分かっていた。しかも、この周辺ではなかなか手に入らない代物だとも知ってる。ネコ達には重要でなくてもセシルには重要な物で、今セシルはそれを欲しているのも知っている。
「カメを食べるニャ。さぁ! 甲羅の束縛から抜け出して胃袋の中の自由に飛び込むニャ」
ダブル・アッパーカットがネコの顎にクリティカルヒットしたのは言うまでもない。
**
布袋の最後の中身を取り出して、サイカは口に放り込んだ。それをガリガリと噛み砕き飲み下した。満足そうに笑うサイカの隣でカメに倒されたネコがひっくり返ったまま唸り声を上げていた。
「冗談もわからんのかニャー」
「お前のは冗談じゃねぇだろ。起きろ、作戦立てるぞ」
ネコの耳を引っ張り無理矢理起こすと、空になった布袋を顔に投げつけた。顔に当たったそれを掴んで荷物の中に突っ込むと、足と手を組んで真剣に悩むフリをした。作戦を立てるも何も、手段はそれほど無い。
「いない間に掘っちゃえば?」
サラが当り前の案を出した。それが最良の選択で、今夜は誰もいないと聞かされれば他に答えはない。作戦を立てた方が、らしくて面白そうというだけで作戦会議を始めたが、始めた途端に核心を突いて終わってしまった。
「…だな」
「…もしかしたら少しは残ってるかもしれないニャ」
「んなの殴って黙らせりゃ一発だろ」
少しでも長引かせようとしたネコの言葉は斬って落とされ、続けようがなかった。
サイカの言葉はそれ以上に作戦を立てる意味を消していた。例え、一団が残っていても「殴って済ませればいいじゃないか」と言ったのだ。サイカに殴られれば大概の者は黙る。素手で瓶を切断でき、常人に姿を確認させることなく目の前を通るなど朝飯前の忍者には、殴って一生黙らせることなど簡単すぎる。
「そうだね~」
サラがニッコリと笑って、会議は完全に終了した。開始から終了までの会話は通常の会議時間よりかなり少なく済んだ。そもそもサラも一団が残っていても関係なく、被害を少なく済ませるられる時期を見計らっていただけだ。サラは手に持つ杖が示すとおり、魔法を使う。しかし魔法使い(マジックユーザー)の術だけでなく僧侶(プリースト)の術も、召喚士(サマナー)の術も、精霊使い(シャーマン)の使う術も、世間一般に不思議な術を使うとされる職業の術を、全て使う事が出来る。被害を少なくすることを考えなければ中の者達共々別宅を焼き払い、その後でゆっくりと掘ればいいだけだ。
無駄な血を流したくないという善意がなければ、“山嵐”は役人達が予定を立てていた時点で灰になっていた。そうしなくて良い時期が今きた。この機会を逃すテはない。
**
布を広げた意味すらないほど短い会議を終え、宿で夕方まで待機した。マーケットで買いこんだ甘い菓子で小腹を満足させてから別宅へと出かけた、肩にスコップを担いで。
宿から別宅が近いとはいえ肩にスコップを担いで怪しまれなかったのは、まだ掘り残された鉱物があると掘りに行く連中が残っている事と、“南風の砂”が別宅で採掘の準備をしていたからだ。そうでなければ時刻と持ち物から墓荒しとして白い目で見られていただろう。運が悪ければ衛兵に捕まり、一昼夜は鉄格子の部屋で過ごすことになっている。この時だけ素行が怪しいネコは盗賊団に感謝した。
衛兵に呼び止められることなく別宅近くまで来ると、先に中の様子を確認しに単独で行動していたサイカが合流した。担いでいたスコップを地面に突き立てて、中の様子を聞いていたネコは厚手の紙に書かれた建物内部の構図を確認しながら頷いた。既に何度も忍び込んでいるサイカからの情報で内部構造はほとんど分かっていたが、中の者が何処にいるのかまではその時にならなければ分からない。昼間の捕り物のお陰で誰もいないらしかった。
「つーわけで玄関から堂々と入るか」
玄関の扉には鍵が掛けられており、ノブを回しても扉が揺れるだけで開きそうになかった。
ノブを回すネコはサイカをじっと睨み、お前の侵入経路から入って中から開けろ、と目で語りかけるが黙殺される。ネコは深く溜め息をつくとスコップを扉に立てかけて、剣に手をかけるがそれはサラに止められた。扉の前をサラに譲ると、サラは短く呟くと鍵穴に杖の先を当てた。扉などの鍵を開けてしまう術だった。
ノブを回して手前に引くと、大きな音も立てず簡単に扉は開いた。内側に入ると扉を閉めて再びサラが鍵穴に杖の先を当てた。先程とは逆の術で鍵を掛けた。術で鍵を掛けた上に、針金でノブをグルグルと巻いて直ぐに入って来れないようにした。
入って直ぐ無駄に広い玄関ホールと左右から登れる階段が目につく。別宅は二階建ての建物で、一階は食堂と迎賓用の部屋が幾つもある。流石は商人の別宅であっただけある、客人は十人や二十人ではなかっただろうと容易に想像できる。何人もの客人がこれらの部屋で待っていた事だろう。二階は一階より一回り小さく主人たちの寝室があり、一部の部屋は手元に置いていた調度品置場となっていた。現在では盗賊団の戦利品置場になっていた。
階段下に多少の地下スペースがあるようだが、出入り口が一つで、中に入ると見つからず出ることができそうになかった為にここだけは探りを入れていない。ワイン倉庫か何かだろう。それに今回用があるのはそこではない。
階段下の出入り口にサラが鍵を掛けて作業を開始した。
一階の中央、階段前のホールに敷かれた薄っぺらい絨毯に剣で切り込みを入れ、そこから裂いて木が貼られた床が見えた。絨毯を大きく裂いて人一人が寝られそうな範囲の床が出てきた所で裂くのは止めて、絨毯を外側に折り返して木の床を確保した。
ネコが真剣に床を探り、一点に剣を突き刺した。何度か揺すり、引き抜くと、木の継ぎ目に剣先を何度も突き刺し捻って床板を剥がしにかかった。サイカも剥がされた床板の隣りの板を素手で引き剥がしていき、大きな穴を作った。そのすぐ下には土台の岩に薄っすらと土が掛けられていた。ネコは岩の上の土を払うと穴から出て様子を見守っていたサラに合図をした。
穴の手前まで来て杖に神経を集中し、岩を杖先で突きながら呟く。杖の先端に付いた宝石が光ると、突かれた岩がドロドロと溶けだした。それをネコがスコップでかき出し、スコップでかき出せなくなった所で土の部分が出てきた。溶けた岩を端に寄せて土で固め掘るのに十分な場所を確保してから穴から出て、サラが再び呟き溶けた岩を固めた。岩が固くなったことをスコップの先で確かめてから再び穴の中に身を投じたネコは、土にスコップを突き刺し掘り始めた。
この時、既に日は落ち室内は暗くなっていた。
ネコが掘っている間にサイカは一階のカーテンを全て閉め、廊下に点在していた背の高い燭台を四本担いで玄関ホールに戻った。暗くなったホールで土を掘る音だけが響いている。穴の周りに燭台を置き、蝋燭に火を点けていった。カーテンから明かりが漏れる事を警戒し、天井で埃を被っているシャンデリアまで登って火を点けるのは止めて、階段近くの燭台に火を点けて回った。長時間になるとふんで、予備の蝋燭を探しに食堂へ行った。
サイカが長い蝋燭を持って戻ろうとした時、土を掘る音とは別の音を耳にした。魔法使いの使う術だ。サラの声でないことから、咄嗟に物陰に身を隠し、様子を窺った。
サイカが音もなく建物を駆けていた時、暇だったサラは階段に座りカメを膝の上に乗せて欠伸を噛み殺していた。もうネコは頭の部分しか見えていない、闇と同化してしまいそうなそれを蝋燭の小さな灯りが捕まえていた。予備の蝋燭を探しに行ったサイカが早く戻らないだろうかと大きく背伸びした時、後ろの方から魔法の詠唱が聞こえた。自分が扉を開けるときに使ったのと同じ術、魔法使いの開錠の詠唱だった。誰かが地下から出ようとしているのだ。カメを膝の上から寄せて杖を持ち、地下への扉に走った。
相手が開けるまでに辿りつけたなら再び術を掛ける自信はあったが、先に扉が開いた音がした。
急停止し、その場で杖を構える。同じ魔法使いだけなら、自分だけでも相手が出来る。それに音を聞きつけてサイカも直ぐにやって来てくれるはずだし、今ここを行かせて、穴を掘っているネコの邪魔をさせるわけにはいかない。
階段の陰になっていて見えない扉の様子を窺いながら、見える位置を探して少しずつ移動する。扉の端が見えた所で、扉が半開きで完全に開いていない事に気付いた。細い者が無理をすれば出られる程度で出ていないようだ。まだ外を覗いているだけだろうか。
出てこないかもしれない、と考えたサラの甘さを突くようにナイフが幾筋かの軌道を描いて投げられた。反射的に杖を強く握りしめ身体を小さくして避けた。ナイフの投げた方が下手だったらしく、かなり手前で床に突き刺さった。床で蝋燭の灯りを反射するナイフを見て、穴の方に後ずさる。まだ扉は開ききる様子がない、扉の陰に隠れつつナイフを投げ、魔法のタイミングを窺っているのだろう。相手の姿が見えないサラはそのタイミングが読めない。
背後から空気を切り裂く音がやってくる。さっきのように投げ方は下手ではない、真っ直ぐ飛んでくる。扉に気が向けられていたサラは振り返る暇さえなかった。
杖を両手で前に突き出し、無言で魔法の透明な防御壁を一瞬にして作り出した。自分を囲む小さな範囲しか作り出せないが短時間で前後ともに守れる壁は他になかった。前の扉から飛んできたナイフは見事に床に落ち、後ろからくるハズのものは防御壁の手前で弾かれた。防御壁で弾かれたものでなく、空中で叩き落とされた。
防御壁を発動させたまま、振り返り足元に落ちたそれを見つけた。真っ直ぐで両方に刃のついた短く薄いナイフ、それと共に落ちているのは蝋燭。ナイフが刺さったまま落ちている蝋燭もあり、これが空中でナイフを叩き落としたものの正体だった。それと同時に投げた者の正体が分かった。
「ナイスだよサイカ」
階段の手すりの上で悪戯っ子そうな顔でサイカは笑った。
サラの背後に降り立ったサイカは、落ちたナイフを拾い上げてよく観察した。手入れがされてあり、質の良い金属を使っていた。しかしどれ程拭っても執念として残る血糊が落ちていない、使い捨てされる武器でないからどうしても傷つけられた者の思いが絡みつく。武器は持ち主を語っていた。
「同じ職業の奴に会うのは久しぶりだ」
ナイフが移動しながら放たれる。穴の四方に置かれた灯りだけではホールの全体を見渡せない、階段近くの灯りも次々にナイフで落とされていく。しっかりと狙いの定められたナイフを避けながらサラから離れ、動きを止めるべく追った。サイカを狙いながらもサラに投げる。防御壁を発動させながら他の術を使うことは至難だ、それを知っていてサラの防御壁を消せないように投げてきている。しかも小さな防御壁なら、時間の必要な術で打ち破ることが出来る。扉に隠れた魔法使いらしき者は既にナイフを投げるのを止めて、魔法の詠唱に入っている。
魔法使いを先に仕留めに行くか、そんな考えがサイカの頭をよぎるが直ぐに打ち払った。魔法使いを相手にしている内にこいつがサラの防御壁を打ち破りにかかるだろう、ナイフを同じ個所に連続して投げ防御壁が薄くなった瞬間に魔法の武器で打ち砕くつもりだ、ナイフに魔法の力が宿った武器独特の匂いが移っていた、一緒に持っている証だ。サラの防御壁を打ち砕かせるわけにはいかない。それにサラなら魔法使い相手なら何とかなる。
扉の陰から光が走り、サラに向かう。螺旋を描きながら宙を掛ける電撃魔法。威力もさることながら、暗闇に慣れた目にはその光が眩しすぎ一瞬目の前が白く染まる。
小さな防御壁なら、打ち消しながら中の者へも到達する電撃魔法はサラの作った防御壁を貫いた。眩しい光で放った当の本人さえも目の前が真っ白になって、防御壁で軽減されたのか、中の者を電撃で焼ききることが出来たのか見えなかった。それでも防御壁を貫いた確実だ。
電撃は確かに防御壁を貫いていた、しかしサラは無傷で立っていた。防御壁で可能な限り電撃を打ち消しつつ、もう一つ術を発動させていた。ただ魔法を打たれるのを待っていたわけではない。
サラが使ったもう一つの術は、魔法に対して大きな効果を発揮する魔法(マジック)防御(プロテクション)。魔法使いなどが高位になってくると自然と魔法(マジック)抵抗(レジスト)が身につく、その違いは魔法防御は魔法そのものを打ち消す事も出来る事だ。防御壁で電撃を軽減させつつ魔法防御の駄目押しで完全に消したのだ。サラの足元では絨毯の毛先が少しだけ焦げている程度だ。
この時をサイカも相手の忍者も見逃さなかった。どちらの魔法使いも今身動きがとれない。どちらが早く動けるかが魔法使いの生死を分けた。そこに他の誰もいなければそうなるはずだった。
ほとんど同時に床の穴に差し掛かり、穴を飛び越えた。不意に目の前に投げ上げられた物に、別々の反応をした。相手の忍者は穴の中の者を失念していた為に投げられたそれが何かを判断する前に身を反らしてかわした。サイカは投げられたそれを掴み、サラの後ろに滑り込んだ。忍者同士の一瞬の行動差が理解できる者は少ない。既に視力や動体視力に頼れるようなものではなく、動物的勘や全身の感覚に頼るしかなくなる。単純なものほど恐ろしい。
相手の忍者は身を反らせたために仲間のいる扉から距離がある。逆にサイカとサラは背中合わせに立ち、挟まれる形になっているが有利だった。先程まで相手の忍者はネコの存在を忘れていたが今は気付き、そちらも警戒しながらの行動になる。動きにくくなるのは必至。
サイカとサラを離れさせるために仕掛けてくるか、無駄とは知りつつもナイフを投げ続けてくるか。扉の向こうの魔法使いが人質状態の今、選択肢は少ない。身捨てるのなら話は別だが。
相手の忍者は穴を避けて玄関の扉まで下がった、仲間を捨てて一旦引くのだろうとふんだサイカは追う態勢へと身体を低くした。しかしサラがそれを止め、消しかけていた魔法防御を復元させて、更に強化した。魔法防御の強化を知りサイカは耳を澄ませる。魔法の呟きが聞こえるが先程とは声が違う。扉の向こうにいたのは一人だけではなかった。忍者が扉まで下がったことを考えると魔法の効果範囲は大きい。この魔法防御だけでは守れて自分とサラだけだ。今から扉を破壊して中の魔法使いを攻撃出来るか?扉に背を向けていたサイカでは、背中にいるサラが邪魔で間に合わない。何かを投げるにしても、手にしている物を投げるわけにいかず躊躇した。一瞬の身体の硬直の間に、突風よりも速く宙を駆け抜ける小さな影が横を通り抜けた。
「ダブル・カメパーンチ!」
少しだけ開いた扉の隙間からカメが二匹突撃した。扉の陰から階段にいた小さなカメは見えず、完全に予想外だった。しかもカメが飛びこんでくるとは、建物の天井がむしり取られるより考えられる事ではなかった。その予想外の出来事に魔法の詠唱は途絶えた。代わりに、盛大な叫び声が響いた。
扉の陰から飛び出してきたのは二人の魔法使いらしき男女だった。その上を小さい手を振り回しながら飛びまわるカメ。もしも平常時に出会っていたなら、立場は逆でカメが魔法使いに追い回されている所だ。だが暗闇で突然現れた小さな生物に二人の魔法使いは詠唱を止められ追われ怯える。サラもサイカもポカンと口を開けて驚いている。カメが戦闘に加わってくるなどサラ達も思いもよらなかったのだ。
扉まで下がっていた為に小さなカメが見えない忍者は状況が把握できない。しかし、扉まで下がっていた為に外の様子は分かった。投げていた薄いナイフとは違い、厚みのある短刀を腰元から引き抜き、扉の針金を切って横に跳んだ。
短い詠唱で扉の鍵穴が光り、弾けた。と同時に、扉の左右が外から乱暴に開け放たれた。
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カーテンで外界から遮断していた為に外の様子がほとんど分からなかったが、今までこの人数に気付かなかったサイカは自分が嫌になった。武器を手にした男達が解放された扉からつっかえもせずに入って来た、統率が取れている。ただの盗賊団にしては動きが良すぎるのだ。そもそも忍者や魔法使いがいる、ここら辺の町なら一つ二つ軽く制圧できるほどの戦力を持っているはずだ。
本体がここに寄ってから出かけたから主戦力はほとんど本体が持って行ったと想像していただけに今からの戦力増強は辛かった。盗賊団だと甘く見ていたのだと自覚した時には後の祭りだった。それ程時間をかけたつもりはなかったが、外で準備をしていたのだろう全員武器を構えている。カーテンで見えないが、外の木に射撃手などもいるのだろう。
ホールが半分埋まってしまう程の人数を相手にするには、こちらにもう少し戦力が必要だ。だが、相手と違って助けは来ない。
「わぁ…いっぱいいる」
「面倒くさー。帰っか」
魔法使いを追い回すカメに手を振り、帰るよう促すとカメは階段を上昇し始めた。サイカもサラも緊張を解いて階段の手すりを乗り越えて歩いて階段を上り始めた。だが、それを許してくれるほど心の広い許容範囲の異常な者はいなかった。
松明を手にした者が壁の左右を走り灯りを点けながら階段を上がるサイカとサラを追った。扉付近から何人かが弓で射かけてくる。階段を上がる足を一度止め、後ろを振り返りやっぱりと互いの顔を見合わせて今度こそ走り始めた。
灯りを点ける者の他はサイカとサラを追いかけて階段を上がるろうと走る。中央に開いた穴を避けながら最短距離を走る盗賊団員の眼前にスコップが投げられた。突然の事に先頭の三人がスコップに当たりよろめいた、前が急によろめいた所為で後ろは慌てた。互いに押し合い倒れこんだ。穴に誰か潜んでいると知った射撃手が落ちるように矢を射る、近くにいた一人が剣を突きこむ。
剣を突きこんだ者の顔に鞘に入ったままの剣がぶち当たり、後ろに倒れ仲間の何人かがそれを抱えた。顔に当たった剣は落下し穴に落ちそうになった所で穴からの手がそれを掴んだ。片方の手が穴の淵にかかり、剣を掴んだ手と一緒に身体を引き上げた。土と血にまみれ怒気を放つネコが盗賊団の前に姿を現した。
**
地下への扉が開くのと同時に開始された戦闘の間、ずっとネコは穴を掘っていた。忍者同士がホール中を駆け回っていた時も、穴の中でずっとスコップで掘っていた、例えナイフの雨が降ってきても。穴の中で避ける術もタイミングも無く怒りに燃えながら掘っていた。目的の物が土から顔を出した時、直ぐに登るわけにもいかず、とりあえず登るのに邪魔だから掘りだした物をカメに投げておこうと投げ上げたら二つの影が上を通り過ぎた。サイカと思しき方が取ってしまったが良いだろうと勝手に思い込み、静かになったら登ろうと決めた。
所が静かになったのは少しで、何やら大人数が上に来たような足音がした。
「半日で解放するんじゃないニャ。捕まえた意味、本当にないニャ」
役人に悪態をついていると、サラとサイカの声が聞こえた。
「わぁ…いっぱいいる」
「面倒くさー。帰っか」
奴ら、自分を穴の中に放置して帰るつもりだニャ。ムカつくニャ。
今までの怒りをスコップに乗せて放り投げた。
「放置していくんじゃないニャ!」
階段の方を向いて怒鳴り、身体を持ち上げ穴から出て走った。だが、今まで狭い穴の中で掘っていた所為で足が思うように動かず早く走れない。それを見逃さずに追う。階段に足がかかった所で背中に幾つも矢が刺さる、ネコはのけ反ったがそのまま階段を駆け上がる。階段に点々と血の跡を残しつつ動くが、直ぐ後ろに剣が迫った。
腕に刺さったナイフの一本を引き抜き、ネコは振り返る。迫っていた剣が振り下ろされ、腕に小さく傷を作る。それに怯まず、ナイフを自分が残した血に向けて投げた。後ろにいた誰もがナイフを避け丁度血の上に突き刺さった。
「誰かが欲した、生きている館を」
妙な事を云い放ち、ネコは再び階段を駆け上がり始めた。盗賊団員は追おうとしたが、足元が突然動き転倒した。
突然床が動いた、地震かそれとも魔法使いの術か、その両方を否定する動きを見せたのが床だった。血の上に刺さったナイフを中心に床は波紋を見せていた、上下に揺れる床に立っていられず手をつく。妙に温かかった。驚いて手を離すと後ろに転んだ。頬で感じた床は温かく、まるで生物のように蠕動していた。
侵入者を追うどころではなくなった。慌てふためき扉から外に出ようと這う先で、扉が勝手に閉まった。近くにいた何名かで、押しても引いても微動だにしない。外に残った者が異変に気付いて扉に駆け寄ってくるのが窓から見えたが扉は全く動かない。窓を割ろうとするが、揺れる床の上に立っていることができず壁に寄りかかってしまう。壁も揺れていた。
足がとられた。床に敷かれた絨毯が引かれたのだ。絨毯の先が床に開けられた穴に飲まれていた、しかも段々と飲みこまれ上に乗った者が引き寄せられている。
あの穴の中はどうなっているのだろうか。
落ちていたナイフが一つ穴に転がった。肉が焼けるような音がして陽炎がたった。と同時に絨毯を飲み込む勢いが早くなった。絨毯の上に乗っていた者は、床の蠕動に邪魔されながらも死に物狂いで転がり絨毯の上から退いた。誰も穴の中を覗きたくなく、入りたいとも思わなかった。
建物の揺れが治まったのは、始まったのと同じく突然だった。床が温かみを失い、動きを止めた時閉じていた扉は簡単に開かれた。穴の中を覗くと飲み込まれた絨毯の先は溶けていた。落ちたはずのナイフは跡形もなく、覗いた者に息を飲ませた。
既に侵入者の存在すら忘れ去ろうとしていた、血痕に刺さっていたナイフが外れ絨毯の上に乗っているのを見るまでは。