レッツ発掘!~題名に意味はありません~

10.第二の生





 眠らなくても朝はやってくる。

 夕べの出来事にゼラニウムは眠れなかった、深く息をして眠っているパステルをベットに寝かせ、失礼ながら鎧を剥がして服の上から傷を確かめたが残っている様子はなかった。それでも安心できなかった。隣のベットで横になっても心配で何度も様子を伺った。

 熟睡していたパステルは寝返りも打たず眠って、寝息だけがゼラニウムを安心させた。それでも、日が昇ろうと空が白くなってくる頃には否応となく目が冴え、不安にさせた。起きないのではなかろうかと。ウロウロと部屋を歩き回ったが、それはそれで心配になり、早朝だが問屋に代金を受け取りに行った。店の主人は起きており思っていたよりも多くの代金を渡された、鉱物の単価と持ち込んだ量から考えると不釣り合いだった。

「こいつでしばらくは客が呼べるから」

 そういって主人は金貨を詰め込んだ袋を押しつけてきた。

 朝焼けの中、重たい金貨を運んで帰ってもパステルは眠っていた。備え付けの粗末な台は軋みながらも金貨を受け止めた、壊れないようにそっと手を離した。その時、パステルが身じろぎした。

 何度も瞬きをして震える手で触れると、温かい手がそれを払った。無意識の手は布団の上に落ちて、寝がえりを打った。

「パステル、良かった」

 心に何かが満ちた。満ちたそれは目から涙として零れ頬を伝った。眼鏡を外し、涙を拭うが心から溢れるそれはとめどなく流れ出て視界を濡らし続けた。



 涙で腫れた顔を冷たい水で十分時間をかけて洗い、部屋に戻った。丁度パステルが布団をかぶり直していた。もう少し寝かせてやりたかったが、相手を待たせているのと起きた顔を見たかったのとで、声をかけた。

「パステルもう起きましょう。ヴァスさん達が待ってくれてますよ」

「う~分かったわよ~起きればいいんでしょ」

 最悪の寝起き顔はゼラニウムには十分な安心を与えた。布団を払いのけてベットから降りる。しかし、酔いが完全に抜けていないらしく足元がおぼつかない。危なげなパステルに肩を貸してそのまま靴を履くのを待つ。

 下を向いて隠しているゼラニウムは安堵に笑っていた。パステルはそれに気付かない、それがゼラニウムは嬉しかった。見られては恥ずかしい、失恋の涙は見せても安堵の笑いは見せられなかった。



***



 アップルパイにアイスを乗せて食べるにはうってつけの日だった。サンサンと照る太陽の下、麦わら帽子を被って片手にフォーク片手に釣竿で、隣りに愛おしい顔が同じようにして口をもごもごさせている。大きく焼かれたアップルパイはフォークで抉られてぼこぼこになってもう半分無くなっている。冷たいアイスも影に置いているのに溶けてドロドロになっている。早く食べてしまおう、二人して食べれば溶ける前に全部お腹に収まってしまう。

「釣れてますか?」

 川の向こう側で同じように麦わら帽子を被った女が手を振った。手にバケツを持って指さす、そのバケツの中で魚が跳ねた。女は驚いて危なく川に魚を逃がす所だった。それを笑って自分のバケツを指して振って見せ、中が空なことを教えた。まだ水すら入れていなかった。

 女は橋を見つけこちら側に渡って来て、隣りに座り込んだ。

「釣れたね。君が全部釣っちゃったから私達が釣れないんじゃないか」

「酷いな~。折角分けてあげようと思ったのに、やーめた」

 すねたその小麦色の顔は幼さを残している。悪戯っぽく頬を膨らせて、空のバケツに水を汲み自分のバケツから二匹流し込んだ。

「重たいから置いていきますね」

 勝手に魚をおすそ分けしていった女は、元来た橋を渡り何処かへ駆けて行った。残された魚は元気に跳ね、まるで置いて行った女のようだった。女の背に手を振ると、竿に引きが来た。慌てて引いてみると小さな魚が掛かっていた、食べるには小さ過ぎたので離してやった。

「俺も掛かって……あっ。針が無い」

 竿の糸がひらひらと川の上で煌めいて、風に吹かれて流されている。針も掛けずに釣ろうとしていた事に大笑いした。

「それで掛かるのは私くらいだよ」

「そうだな」

 お互いに笑い合い、今度こそ糸に針をつけて川に投げ入れる。川の向こうにまた誰か来た、さっきの女だろうかと見ていると部下の一人がこれまた麦わら帽子を被って、鍬を担いでやってきた。川の向こうから大声で報告した。

「盗まれた斧と地図が戻ったそうです」

 それに手振ってやると、鍬を担いだまま深く礼をした。身体を起こし麦わら帽子を直すと、もう一度大声でこう言った。

「魚を釣った女性がこちらに来ませんでしたか?」

「向こうに駆けて行ったよ」

 女が駆けて行った方を教えてやると、もう一度礼をして教えてやった方に走って行った。揺れる鍬がなんとなく朗らかな気分にさせた。顔を見合せて笑い合った。

「友達かな?」

「もうちょっと進展してるんじゃない?」

 勝手な想像を膨らませて、今度本人に聞いて確かめてみる事にし、友達に私は林檎を一つ賭けて、愛おしい者は恋人に葡萄を一房賭けた。お互い相手が好きな物を賭けて、負けても勝っても一緒に食べる気だ。

 盗まれた斧も、地図も忙しい時期には必要な物だった。その前に戻り、困った事にならなくて済んだ。木の伐採には大人数が駆り出されるから道具も足りなくなるし、区分が分からなくなると帰る時に困る。今年も沢山収穫される予定だから。

 今日も死国は農業に明け暮れ、これ以上ないほど平和だ。