レッツ発掘!~題名に意味はありません~

9.死がなければ生もない





 人通りのない道で泥酔した女を引きずって男は宿に向かっていた。酔ってもここまでは飲まないハズの相棒に、酔いが醒めはじめた男は苦労していた。

「パステル自分で歩いて下さい」

「うりゅぁ~ぃ」

 煩いと言っているのだとは分かるが、真っ赤になったその顔に涙が浮かぶ理由が分からなかった。泣き上戸だっただろうかと、まだ酔いの醒めきらぬ頭を巡らせるがそんな覚えはなかった。自分はさっさと酔ってしまうがその後醒めてしまう、その時パステルはまだ飲んでいるか潰れているかのどちらかだが、最近は後者の方が多い。ヴァス達と組んでいたから無理に飲んでいたのだろうか、でもそれだけで無いと失恋経験者の男は感じていた。

「ゼリャニュームのぶぅぁかぁ~」

「そう呼ばれるのは久しぶりですね」

「そうかニャ? 泥棒をしてた時もそう呼んでたニャ」



**



 月に照らされていた路に突然現れた者に、ゼラニウムは警戒した。夜は町中でも危険が渦を巻く時間、知っている声ですら警戒する時間に聞き覚えのない声に、警戒心は一気に最高潮へ駆け上がった。見えていた前方から突然現れた者は、自分達を知っているようだ。しかし全く覚えがないゼラニウムはパステルを無理に引き剥がして起こし、相手の反応を待った。

 不機嫌に目を開けるパステルも妙な相手に自分の頬を張り、身体を無理矢理叩き起こす。

「新月で盗み出したものを返してほしいニャ」

 唐突な質問にゼラニウムは返答に窮した、新月王国の遺跡探索は行ったが盗みを働いた覚えはない。棄てられた遺跡の物を持ち出したからといって、それが盗みだとは思えない。探索や採掘はしても盗みを働いた覚えが全くない。パステルはゼラニウムを見ているが、見返されて首を横に振るゼラニウムに頷いた。

「遺跡探索をした覚えはあるけど、盗みはしてないわ」

「遺跡? 物置なんだがニャ。返さないつもりなら、もぎ取る」

 わけのわからない事を言って、そいつは消えた。と、ゼラニウムの目の前に現れ、ゼラニウムが持っている本を掴んだ。奪われまいとしてゼラニウムが本を引っ張るが、力を込める腕に血で汚れ、大きな傷の入った剣が当てられ削ぐようにしてゼラニウムの手は切られ、腕とオサラバした。手の損失を気にせず、心臓は手に血を送り込もうと鼓動で血を流し続ける。鼓動と共に切断口から赤い血が流れ、服と路を汚した。

「ぁあっ」

 腕を押さえてゼラニウムはしゃがみ込み、低い呻き声を上げる。赤かった顔が蒼くなり、酔いが醒めきっていなかった頭は完全に醒めた。手を切り落とした本人はその様子を見ようともせず、本を掴んでいた手を剥がし持ち主に放りその場を立ち去ろうと振り向いた。その先に剣を抜いたパステルが、目を見開き凝視していた。

 そのまま立ち去ろうとしたが、パステルが剣の切っ先を喉に向けていつでも首を刺せるよう踏み込む準備もして、無言で動くのを止めさせた。仕方なく立ち止ったそいつは、あろうことか素手で刀身を掴み喉に向けられていた切っ先を反らした。それでもパステルは、今度は心臓に切っ先を向けた。そいつは面倒だと深い溜め息をついた。

「それを置いていきなさい」

「この本がそんなに大事か? でも盗った物は返してもらう」

 本を適当にめくり、大量に挿まれた紙を探り一枚を引き出した。古びた紙だ、ゼラニウムが管理しているから何の紙なのかパステルには見当がつかない。しかし、折角自分達が集めた情報を強盗などに渡すつもりはサラサラない。本を足元に置き、その場を立ち去ろうとしたそいつは、まだ自分に向けられている切っ先にまた溜め息をついた。溜め息をつきたいのはパステルの方だった。

「その紙もよ。あんたみたいなのを泥棒って言うのよ」

「新月南部の海岸沿いにある建築物から持ちだしたんだろ、コレ。東側の階段から地下の四階層まで下がって、斧やら鎌が置かれた部屋の机の引き出しにしまわれていた一枚。違わない」

 間違っていなかった。階段が壊れていて、どこの階層まで降りたか自分たちでさえ大体しか分からなかったのに、こいつは言い当てて、何処の部屋でどの場所にあったのかさえ言い当てた。もしかして同時に潜入していたロリホモの仲間かもしれない。見た事はないが、奴らの数は正確に把握していないから、その可能性は十分ある。ならば、尚のこと渡すわけにはいかなかった。

 新月の遺跡で見つけたその紙には世界地図が正確に細かく描かれていた、それに今の国境と違う部分に線が引かれ、読めない文字で分類されていた。何の意味があるのか未だ分かっていないが、面白い情報には違いない。

「返してもらう。いい加減、剣をどけてほしいニャ」

「ダメよ。場所を知っていたからって持ち主とは限らないもの」

「…持ち主が取りにくる暇がないから見つけたついでに代わりに取りに来ている。それとも、相方が死んでから相談するか?」

 ゼラニウムを振り返った瞬間を狙って、パステルは剣を振り上げて紙を持つ手を切ろうとした。しかし不意に上げられた手に斜めに入り骨で止まってしまい切れなかった。それでも横に振り、切ろうとしたが固い骨は簡単に切れはしなかった。

「あんたが死んでから相談するわ」

 半分切れてしまった腕を押さえて、離すと傷跡が消えていた。それに驚愕し一瞬息をのんだパステルの鳩尾に、紙を持つ手と反対の手が持つ剣が刺さっていた。鎧に守られているそこが、鎧ごと貫かれている。自分の腹から生えた銀色を抜こうと腕を動かした時、剣が横に振られて胴の半分と一緒に腕を切断した。

 血の油に汚れ、今にも折れそうな程の傷が入った剣で切ったとは思えないほどの鋭さと速さだった。動く固い物を切ることよりも、動く柔らかい物を切る方が難しい。人間の体は決して固くない、筋肉も内臓も弾力がある。表面を傷付ける事ができても弾力のあるそれを切断するには、速さとタイミング、鋭利さが必要だった。そのいずれも持ち合わせているはずがなかった。

「パステル!」

 腕が先に着き、血を蒔きながら頭から道に崩れた。



「お前は何なんだ! 何故パステルを切った!」

 腕の出血を必死に押さえながら、ゼラニウムは力の入らない身体で必死にパステルにしがみついた。自分より道に赤い絨毯を広げる身体の温度はどんどん下がっていく、呼吸すらしていない。誰の目から見ても傷を今すぐに塞がなければ助からない。ゼラニウムは自分が回復手段を持たないことを今までないほど呪った。

 それを見降ろし、肩をそびやかすそいつが憎くてたまらなかった。

「それがお前の望みか? 望まば与えん、それが約束」



**



 ネコと周囲はそう呼ぶ。呼ばれるからといって本名とは限らない、だが区別には十分だ。

 何者かと問われると答え辛い、お前は自分が何者かと聞かれて本性を教えられるか? 魔法使い、人間? 違うだろう、お前しかいないからお前なのだろ。お前はなんだ。ネコと呼ばれるモノは曖昧だ。姿形すら意味を持たない、何をしているでもない、ただ約束として望みを気が向けば叶えてやる約束がある。そして欲望を叶える仕事をしている。ただそれだけ。

 それを切った理由は簡単だ。盗ったものを返そうとしないから。死は巡る魂が必ず通る路、生も死も循環の一つの過程。まだ収穫時期でないが十分なマナが得られるなら構わない。

 もしも、盗ったものが大したものでなければ放置しておいてやっても良かったが、死者の国の物を取って来てはいけない。斧も、地図も。困るんだよ伐採用の斧が足りないと、作物区分の地図がなくなると。

「知への欲望は満たされたか?」

「誰が、誰がそんなものを満たすものか! パステルの死の理由にならない」

「ん~、向こうでセシルが一杯飲んだニャ? だからライオン少なかったニャ。んージャアしょうがないかニャ」

 ネコはもう一度パステルに剣を振った。

「誰かが欲した、生を」

 パステルに今一度剣を振るネコに、身を呈してゼラニウムはパステルを庇った。しかし剣はすり抜け、何もなかったかのように地で跳ねかえった。痛みもなく、パステルを見ると傷口は塞がり切られた腕も元の通りにくっついてる。まるで今までの出来事がなかったかの様な寝顔で眠っている、呼気に含まれる酒の匂いまでそのままにパステルはゼラニウムの腕で眠っていた。気付くと自分の切断された腕までが付いており、道の血までなくなっており全身を覆っていた寒気は無く逆に酒の余韻で温かかった。

 回復をされたにしても異常だった。肉体の欠損は欠損部分をくっつければいいが、身体が失った血液や酒まで戻すのは回復魔法では出来ない。時間が巻き戻された気がしたが、くっついた腕に力を入れると少しだけ痛んだ。それだけが以前と違う、そしてそれだけが証拠の様に思えた。

「一応ここにサインしとくニャ、なんでもいいニャ」

 剣を鞘に収め、黒い紙をゼラニウムに突き出してきたネコは、紙を押しつけると小さな筒からペンとインク壺を取り出しそれでサインを促した。

 しかし、ゼラニウムは受け取らない。

「一度殺した相手を生き返らせたから死人の管理者に怒られるニャ。まだ死国に着く前だろうから混乱はないだろうけど、後で面倒になるから証人としてサインが欲しいニャ」

 わけのわからないネコの言い分に、ゼラニウムは紙面を睨みつけた。地図にかかれていた文字と同じ部分が見られ、読めない文字だ。だが、この紙に書かれている文章は染み入るように意味が分かった。どこをどう読んだのかも分からないのに、直接頭に入ってくる言葉は意味を成していた。

『一度死亡した者を、欲望は直後蘇生させた』

 パステルの死を認めたくなかったゼラニウムは紙を突き返し、ネコを睨みつけた。今すぐ消えてしまえと。

「読んだニャ。んじゃ有難うニャ」

 望みどおり、ネコは直ぐに背中を見せて走り出し闇に溶けて消えた。

腕の痛みがなければ、今の出来事が全て酒の所為にできたのに痛みは止んでくれない。眠りこけたパステルが今夜の事を全て忘れていてくれる事を、ゼラニウムはその寝顔に願った。



***



 サイカとサラは苦戦していた。杖は未だ取り返せず、盗賊達の数が多く連携が取られ過ぎていた。流石に仲間を巻き込むような魔法を撃ってこられないが、仲間の助けとなるような魔法はバシバシ使われている。サラがカメに雷撃の魔法を蓄えさせて電撃を纏ったカメで多少は撹乱しているが、相手の魔法使い達にとってはこれ以上とない研究材料なので容赦なく捕獲しようと網を振る、あまり近付き過ぎると捕まってしまう。

 杖を持たず大人数に囲まれると何もできなくなるサラを守りつつ、速さが生かしきれないサイカは、逃げるタイミングを失っていた。数がこれほど多くなければサラを担いでさっさと逃げる、もしくは杖があれば転移の術でさっさと逃げるのだが、先日から進歩した盗賊団は的確にサイカとサラが不得手な相手を当ててきている。

「くっそ。あの馬鹿が逃げやがったから」

 リーダーの斧を取ったら敵前逃亡しやがった馬鹿ネコめっ。覚えてろよ、次に顔を見たらグーで思いっきりぶん殴ってやる。

 逃げたネコに恨みを募らせていると、前方を魔法で発生させた炎の壁で突如として遮られた。勢いが付いているので炎の壁に突っ込むか避けるしかない、勿論壁は突っ切れるが相応の傷を負う。計算ずくでサイカは追い詰められていたことが分かると、無性に腹が立った。

「邪魔じゃー!」

 加速して一気に壁を突き抜ける。炎の壁が出現する直前まで呟いていた奴の位置は大体掴んでいたサイカは腕に炎を纏わせたまま、見当をつけて拳を振った。それは魔法使いではなく隣りで出てくるのを待っていた戦士に当たり、戦士が着ていた鎧は拳の形に凹みを作り中身を守り切れなかった。

 殴った相手が違うと知ったサイカは魔法使いを見るや、そいつが壁を出現させたかどうかは別として猛然と追いかけた。取りあえず腹が立つから殴って気を済ませようと、誰でも良いから魔法使いを追った。逃げる魔法使いは必死だったが、サイカとの間に割って入れる者は出てこなかった。

 まず二人をのした。

「あぁぁっ!」

 サラが大声を上げた、組んでいた手を解き組成していた術を解除してまで上げた声にサイカは振り向いた。そして、思いっきり走った。

「ネコーっ!!」



「お前は一回死んでこいっ!」

「んニャーっ」

 騒ぎに乗じて、割れていた窓からコッソリと入ろうとしていた所を発見されたネコは仲間と盗賊から一斉に視線を浴び、仲間から飛び蹴りをくらい、次に最弱の魔法攻撃と頭突きもくらった。窓から転がりそうになった所をサイカが掴み、建物内に放り投げた。ネコの着地場に自分も飛び、更に追撃を加えた。

 悲鳴を上げるネコだが誰も同情せずに遠慮なく斧やらナイフやらを投げて寄こした。ネコを盾にしてサイカは飛び道具を防ぎ、盾にされた方はまたもや悲鳴を上げて血を流した。

「痛いニャ。何するニャ、サイカ」

「お前こそ何処行ってんだボケが! 置いて逃げてんじゃねぇ」

「…数日前のお前らに聞かせてやりたい台詞ニャ」

 思い当たる節があったが、殴って黙らせた。本来なら首を捻じ切ってやりたいほどの怒りが溜まっていたサイカだったが、それどころではないので後回しにした。

 ネコが返ってきた事で盗賊達は動きを変えた、ネコが持って行ったと思われる斧を取り返そうと、集中的にネコを狙い始めたのだ。取られた男も別の戦斧を手にネコを襲う。重たいその武器ではサイカは捕えられず、術を組成しながら実に上手くかわすサラ達に後方で指示を飛ばすばかりだったがネコの出現で前に出た。

 身体に残ったナイフを抜くのを止め、自分の剣を鞘から抜こうとした時、歯切れのいい音がした。

「あっ。折れたニャ」

 奇跡的に折れずにいた剣は鞘から出した途端に傷から折れた。途中で折れた剣をしげしげと眺めている間に、影が走った。

 戦斧を振りかぶり、今に頭に振り下ろさんと鬼の形相でネコを見下ろすその影だった。目を見開き、後ろに下がろうとしても時既に遅く振り下ろされる方が早かった。咄嗟に剣の鞘で受け止めるが、勢いは衰えず鞘を破壊し、床に崩れるネコの左腕を肩口から切断した。壊れた鞘を持ったままの腕はそのまま床を転がり、サイカの足元で止まった。

 今度こそ仕留めようと第二撃を加えようと更に男は戦斧を振り上げた、その隙に身体を回して横に逃げるが読まれていたその動きに合わせて首の真横に斧は振り下ろされ、身動きがとれないようにされた。

「しまったニャ。サイカ腕くれニャ」

 後は、煮るなり焼くなり自由に料理されるハズのネコは自分の腕を求め、サイカはそれに応じてネコの腕を蹴ってよこした。

 腕は床を転がりネコの手が届く直前で弓で射かけられ、床につなぎ留められた。指が届きそうで届かないもどかしさに口をへの字に曲げて、傷口の押さえに手を戻した。振り上げられた戦斧の先端がその腕を引っ掛けて飛ばし、ネコの身体を壁に打ちつけた。

「お前にはもう必要ない」

「形すら必要ないのだがな。誰かが欲した、生きている館を」

 頭が言った言葉と同時に、離れた腕が刺さっていた矢を引き抜き、ばら撒いていた床の血痕に突き立てた。ネコの台詞が、先日ここで起きた恐怖の時の台詞と同じだった事に気付いた者は身を強張らせた。そして、それは的中した。



 急に床が揺れた。建物の鼓動だった。そして前よりも大きな揺れだと、先日経験した者は感じた。床にしがみつくことさえ困難で、階段の上にいた者達も強制的に玄関ホールへと揺り落とされた。激しく波打つ床が、壁が刺さっていた矢を外した。焦げた壁が揺れ必死に立とうとする者達を引き剥がし揺れる床から中央の穴へと誘う。

 絨毯が大きく穴に飲み込まれた、絨毯の上に乗っていた者はあまりにも早く絨毯が飲み込まれたので振り落とされ、何とか床に残ったが穴に向かって波打つ床によって徐々に引き寄せられていた。床に落ちていた武器が穴に引き寄せられて落ちた、陽炎が立ち上り肉が焼ける匂いがホールを包んだ。

 手にしている武器を床に突き刺し、身体を留めようと誰もが必死になる。ただ宙に浮いているカメだけは別で穴に引き寄せられる武器を見ながら、サラの杖を探していた。誰もが自分の身を守るのに必死で奪い取った武器など手離して、穴から離れようとしていた。荷物の鞄が奥から運び出され、目ざとく見つけたカメは穴の直前で捕えて宙に運んだ。

 穴の上で浮かんでいたカメが次に見つけたのは、床に流されるネコだった。片腕を失い、床に立てるべき武器もないネコは途中で捕まえたのだろう自分の片腕を持って周りを見ていた。何かを見つけたのか自分の腕を咥えて横に転がり、穴の直前で棒を掴んだ。サラの杖だった。それを宙で待機していたカメに放り投げると上体を起こし、咥えていた腕を手に持ち指の一本を噛みちぎって吹いた。

 床に唯一突き刺さった矢の横に落ち、矢を倒すには至らなかった。それを見たネコは穴までの距離を確認して顔が青ざめた、あと少しの距離まで来ている。指を再び飛ばしている余裕はない。最初の犠牲者は建物に行動力を与えたネコ自身になる所だ。

「下手クソ」

 ネコの足が穴に入る直前、揺れは止まり落ちずに済んだ。安堵するネコの顔に指が当たった、自分が飛ばした自分の指だった。飛ばした指の代わりにナイフが矢に刺さり、床に押し倒していた。

 ネコは苦笑いしてサラに杖を私、指を手に、腕を体にくっつけた。カメは荷物をネコの上で落下させ、ネコはそれを受け止めた。盗賊達が立ち直れていない内に間をすり抜けて、今度は全員で逃げ出した。