レッツ発掘!~題名に意味はありません~

8.望むだけで済むことではない





 サイカの願いが叶ったのか、その翌日昼頃になって市場がざわめいた。ヴァス達が鉱物を持ち帰ったのだという連絡が、町の鍛冶屋から来て瞬く間に広がった。しかもその鉱物はライオンの形をしている、と連絡にきたドワーフが興奮気味に語っていた。残念なことに二頭分しか無く、思っていたよりも量が少ないとも。それでも何人かのドワーフが帰る者に金槌を担いでついて行った。

「んじゃ俺らも行くか」

 連日の病気が治まらないサラを無理矢理に市場から連れ出し、頭を冷めさせるには又とない機会だった。いや、本来の目的である待機が終わり、町に戻らなければならなかった。頬を膨らせて、文句を言いながら歩みの遅いサラの手を持ってサイカとネコが引っ張る。サラを引きづりながら町まで戻ると、市場と同じくざわめいていた。久々の鉱物に町は沸騰しそうな程に興奮していた。鍋を作ってもらえるかが心配になってきたサイカであった。

 問屋に運び込まれ、ヴァス達が見守る中で交渉が始まろうとしていた。しかし、人だかりが酷く翌日にしようと調べ物をしていた男が提案して店の前を離れた。人だかりは店の前で固まり、店の主人が戸を閉めてものぞき込もうと必死だった。人間ばかりでなくドワーフさえ店の前で動こうとしなかった、正確には動きたくても動けなかった。サラ達もそうなる前にその場を離れた。

「やぁ。先日はどうも」

 人ゴミで身動きがとり辛い中、サイカの腕が掴まれた。最初ネコだと思ったサイカは引かれるままにしていたが、腕を掴んでいる相手の顔を見た時違ったことに驚いた。

「御同行願おうか」

 ネコと思っていた手はニッコリと笑う忍者に繋がっていた。人ゴミで分からなかったが、いつの間にかネコとサラも同じ様に腕を掴まれ捕まっていた。身動きがとれる内に移動したはずが、周りを囲まれて身動きが取れなくなっていた、気付けば武器は離れ荷物も違う手に渡っていた。周りを囲まれたまま集団が移動し、例の床に穴が開いた建物に連れられて行った。



 玄関を入ると波打つ絨毯がつま先に引っ掛かった。絨毯を直す余裕もなかったし、誰も触りたがらなかったのが理由だった。それで仕方なく絨毯の波の向こうで盗賊団の統率者は待っていた、階段に戦斧を担いで座っている男がそれだった。誰が言わなくても醸し出す雰囲気がそれを現している、ただ装備している装備が傷だらけで肩の部分が無かった。こいつもヴァスが封印していた兵器と一戦してきたのだ、と容易に想像できた。そして、今ここにいるという事は実力者であることの証。そして、手にしている戦斧がネコの目を見開かせた。

「ここに開いた穴の意味を教えて貰おうか」

 怒りを含んだその声は威圧には十分だった、言葉よりも無言で噴き出す迫力が空気を張りつめさせた。そんなものを軽く受け流し、口笛で応えたサイカに視線が刺さる。それにも目を細めて見回し返す度胸を見せつけ、余裕を表した。

 戦斧を降ろし、男は立ちあがった。それにサイカ達を囲んでいた者達が壁際に退き道を開け、様子を伺った。いつでも一斉射撃が出来るよう常に飛び道具を手にした者達が、険しい目でサイカ達を睨みつけていた。下手に動けば全身に風穴があき、その後魔法で跡かたもなく消し飛ばされる。

「もう一度聞く、何故穴を開けた」

「聞くニャ、何故盗んだ?」

 黙っていたネコが一歩前に進み出て、逆に男に問うた。眉をひそめ不機嫌そうに口を曲げ、男はネコの目の前まできた。ネコより身長のある男はわざとらしく身体を少し曲げ、丁寧な言葉を並べる。

「聞いているのはこちらだ。質問に質問で返すべきじゃない」

「先に事が起こされたのはこちらだ、ならばこちらを優先して処理すべきだと思わないのか泥棒め」

 顔を引きつらせて、男は身を引きネコから一定の距離をとった。相手が理解できない場合は離れ関わり合いにならない事が一番だ、それを男は実行しただけだった。魔法の被害が及ばぬ場所まで下がると、武器の柄を床に打ちつけ苛立ちをぶつけた、凹みを作られた床は何処にも苛立ちをぶつける事が出来なかった。細い目で男の行動を見ていたネコは面白くなさそうに腕を組み、一歩前に出た。弓の弦が引かれ、銃の照準が合わされ、あと一歩でも動くと撃つことを知らせた。

「お前の言っていることは分からないし、俺が先に質問したんだ答えろ」

「お前らが先に新月の建造物から盗み出した。その穴は埋めていた物を掘り出した結果だ、誰か喰われたのかニャ? ニャハハハハ」

「何だ、この前の盗みってこいつらか」

「ひっどーい」

 張りつめた空気を打ち砕くような呑気な台詞で、男の我慢は限界に達していた、元より思い当たる事が多過ぎて判らない。男より我慢がならない、呑みこまれそうになった者達は怒りを乗せて弓矢を、弾丸を、石を、槍を放った。それぞれがネコの身体をかすめはしたが、どれも直撃はしておらずに、次はない警告をしていた。それでもネコは無言で笑い、口の端をつり上げて目を細めて顔に三つの三日月を作る。

「返せ。今なら見逃してやる」

「この状況で、よくそんな事が言えたものだ。…お前に渡す物はない」

「もぎ取りが御希望ならその願いを叶えよう」

 ネコが更に一歩進み出たと同時に矢と弾丸が放たれ、胸に穴を開けた。ゆっくりと穴から血が出始めたの鼓動と同じリズムだった。それをチラリと眺めてから、平然と歩を進める。まだ動き続けるネコにまた放たれる、しかし全く止ろうとせずに、男にゆっくりと歩み寄る。仲間が撃たれて血を流しているのに微動だにせず、見守る二人の精神を盗賊達は疑い始めた。

 生きている者なら動きを止めてしまうほど撃ち込まれているのに、平然と血を流し続けて歩を遅くもしない。もしかしたら、この薄気味悪いのは死体なのかもしれない。動く死体など遺跡に仕掛けられた罠によくある一般的なモノだ、外法とされる死霊使い(ネクロマンサー)の術で忌み嫌われるが戦争などで実用的であることは間違いではない。それを利用して不死の身体を手に入れる死霊使いも少なくない、その類だろうか。

「死だと? 巡る魂が何度も通る路だ。巡らないモノにそんな必要はない、死は生があるから与えらる。生のないモノに死は存在し得ない」

 周りの盗賊達の考えを一笑するように声を上げると、片手を上げて振った。その手には既に三本もの矢が刺さり、折れていた。身体には胸を中心に穴が幾つも空き、血が滴っていた。顔にも幾つか当たったはずだが、何故か塞がっていた、そして上から段々と穴が塞がりつつある事にネコの前方にいる盗賊達は気付いた。

 魔法使いの一人が電撃の魔法を威力を小さくして、ネコとサイカ、サラが入る範囲に放った。螺旋を描くそれはネコ達を捕えている。

「未だ、もぎ取りが御希望か」

 サイカがサラの手を掴み、電撃軌道ギリギリで避ける。だが、ネコは避けようともせず直撃を笑顔のまま受け止めた。その笑顔は電撃が通り抜けても変わることなく、少々焦げた髪の毛を掻き上げた。血に濡れて斑になった髪の毛が動くと、固まった血がバラバラと落ちた。電撃が直撃したはずの場所は焦げ跡すらなく、放った魔法使いは直撃はせずに避けられたのだと無理に自分に言い聞かせた。放った者だけでなく、その場にいた盗賊達は皆そう思いたかった。

 魔法が避けられたが、まだ矢や弾丸は避けられていない。ネコの剣を持っていた者は、ネコの剣を引き抜きそれを投げつけた。自分の剣で得体の知れない相手に触れるのが生理的に嫌だった。

 剣は真っ直ぐネコに向かって飛び、太ももに刺さった。その時初めて歩を止めて、刺さった剣を見た。赤い口を見せつけて笑い、剣を引き抜くと投げた者に礼を述べた。

「有難う。手間が省けた」

 自分の血に濡れた剣を首にあてがい、横に引いた。



 ネコが自分の剣を自分の首にあてたとき、それが合図とサラとカメを守る様に立っていたサイカは周りにいた一人を掴み上げ、他の盗賊達に投げつけた。ネコに注目していた盗賊達は虚を突かれて飛んでくる仲間を受け止めきれず仲良く床に転がった。突然の事に一瞬、硬直する盗賊の一人を掴み、また投げる。今度は上手く受け止められた。その間にサラは短い呟きと手で妙な形を幾つか作り、杖も無しで魔法を放って見せた。

 先日の一戦でサラが高位の魔法使いだとは認識していたが魔法媒体の杖も無く魔法を放てる程、高位の魔法使いだとは知らなかった盗賊はうろたえた。だが、いくら高位でも媒体がなければ強い術は使えない。

「必殺・カメフラァッシュかめ」

 サラが放った魔法の一つがカメに当たり、カメが光輝き始めた。光は視界を一瞬にして白く染め上げてしまうほど強力で、咄嗟に腕で目を庇った。それは戦斧を持った男も同様であった。

「返してもらおう、お前達が持ち合わせるには危険すぎる物だ」

 首を自分で切ったネコが跳躍し、男に剣を振り下ろした。

 振り下ろした剣は斧で弾き返され、刀身に深い傷が入り今にも折れてしまいそうな程だった。剣への威力は持っていたネコ自身に伝わり、身体が反転してしまうほど弾き飛ばされてしまった。それでもムックリと起き上がり剣への傷を確かめなぞると、立ち上がり折れそうな剣でもう一度自分を刺した。

 ネコの異常な行動に理解はできないが、危険な存在で力で負ける事はないと知った。傷も全て塞がったわけではなく、足の傷はまだ塞がっておらず、足を引きずらせている。先程弾き返した時の感触で剣の腕は無いと判断した男は、素早く指示を飛ばす。正体は掴めないが、後ろの二人以上に厄介な相手ではない。統率者の声は一団の士気力を高め、不安を拭い去るのに十分だった。

 自分から剣を引き抜き、再びネコは剣を構えて男へ真っ直ぐ跳躍した。その先には戦斧が待ち受け、態勢を整える前に首が切断されるか、頭が割られるだろうと分かっていても、戸惑無く踏みこんだ。

 着地したネコを待ち受けているのは、やはり戦斧で頭の真上に刃が振り下ろされた。

「誰かが欲した、元の形に戻れと」

 予想していたことに対して動くことは簡単だ、特に振り下ろす武器は軌道が読みやすい。それを避けられるかどうかは別として、対策を講じるのは当然だった。折れそうな剣で重たく振り下ろされる戦斧を受け止めようとは、誰も講じる対策ではなかったが。

 折ってくれと言わんばかりに振られた剣に、叩き壊してくれると言わんばかりに振り下ろされた戦斧が通り抜けた。まるで宙を叩いたような感触に男は驚き、戦斧は床に深々と傷をつけ木片をまき散らすことなく床板を切断した。そこにネコの頭も剣もない。まだ態勢が整わない着地した直後を狙い、頭を上げそうな時に狙ったのにネコの姿は床に打ち下ろされた戦斧の刃の上に片足を乗せている。しかも、足に力をかけて刃に足の甲まで断ち切らせて血を斧に滴らせている。

「返してもらうニャ」

 ネコが足を思い切り振り上げて、足を引き抜くと重たいはずの戦斧が一緒に持ちあがり急に軽くなった。持っている本人すら気付かない間に柄の先についているはずの斧の部分が、留め具を抜かれて外された様に消え失せていた。代わりにネコの手に宙から光が一筋落ちた。

 光を握りしめると、ネコは後ろを向いて一目散に走りだした。サラとサイカの間を通り抜けると、そのまま外に出て建物を飛び出した。それには驚きギョッとしたサラとサイカは顔を見合わせるが、周りを囲む盗賊にその余裕も直ぐに消え失せる。

「後は頼んだニャー」

 遠ざかるネコの声に、サイカとサラとカメは拳を振り上げた。

「逃げるなぁああ!」