レッツ発掘!~題名に意味はありません~

7.死して屍拾う者あり



 サイカ達はヴァス達と雑談をしながら運ばれてきた料理をかきこむ。口はせわしなく動き、食事が終った頃には疲れていた。食後の一杯を飲んでから、口を開くことは少なくなった。それはヴァス達と別れてからも同じで、荷物を担いで町を離れる時も誰も口を利かなかった。どこに行くのか、いつまで行くのか事前に決めていなかったし、誰も何も言わなかったから、月に照らされて道ならぬ道を歩いた。

 風が流す雲は形を変えながら、月に触れようと広がる。触れる事ができない雲は、月光を独占せんと月を隠す。雲に月が包まれて、夜を照らしていた光が隠れ、柔らかな星の光が雲の切れ間に現れては消えた。今宵は強すぎる月の光より、囁きさえ聞こえてきそうな星の光が足を止めさせた。最初に足を止めたのはネコだった。担いでいた荷物を近くにあった草むらに投げ、身体を投げ出して転がった。

 腕を組んで頭を支え、雲の切れ間に見える星の煌めきに目を細めた。ネコが寝転がってしまい夜空を見上げるので、サイカも真似して転がってみた。背中が少し痛いものの、空いっぱいの移ろい続ける自然の美しさに目が離せなかった。サラも荷物を置いて、それを枕に夜空を見上げる。赤に、青に、黄色に、白に、輝く星は手を伸ばすと届きそうで決して届かない。届かないからこそ美しい、一瞬一瞬が違うから見続けたい。

 星までもが雲に隠され、夜空が静かになってしまった時に、地上で小さな寝息が何にも邪魔されず辺りに広がっていた。

* *

 寝息が邪魔されたのは翌早朝だった。誰かが周りを走り回っている、足音が一つではない、二つでもない、もっとだ。一度気になった音が遠ざかると更に気になり、重い瞼を持ち上げ足音を探した。足音の主は分からなかった、足音の主らしき者があまりにも多かったからだ。小太りだがそのほとんどが筋肉で、立派な髭を蓄え、もじゃもじゃの髪とで顔は目の回りしか見えない。

 冷え切った体を震わせて、上体を起こしてサイカは辺りを見回した。左右に布と棒で作った簡易テントが並び、テントの中に金属、鉱物が並ぶ。掘り出されたばかりの岩に生えたカビのような金属や、結晶の形そのままの鉱物ばかりが並ぶテント。その隣には装飾品に加工された宝石類が布の上に置かれたテント。どのテントにも土から掘り出された物が並んでいる。

「ドワーフ市場か」

「おうよ。邪魔だからさっさとどいてくれよ」

 声を上げたサイカの後ろで声がした、筋肉の塊のようなドワーフの中でも一際大きい者達が布と棒で簡単に作った担架を持って立っていた。市場の真ん中で眠っていたサイカ達が邪魔で担架に乗せて運ぼうとしていた所でサイカは起きたのだった。

 事情が分かったサイカはサラとネコを揺り起し、占拠していた市場の道を譲り渡した。目覚めたばかりだったが、驚きのあまりに眠気は吹き飛び寝起きは悪くなかった。

「今日ここでドワーフ市場が開かれるとは知らなかったニャ」

「まさか、市場のド真ん中で目覚めるとはな~」

「初めてだよ」

 興奮気味で口々に思ったことを喋っていく。既に準備が整いつつある市場で腹が満たせそうな場所を探す。寝起きとはいえ、夕べは夜空を天井にして眠ったのだ、身体は冷えきっていて直ぐに温かい物を体に取り込む事を要求している。自分達で食事の用意をしても良いが、せっかく起きたときから市場にいるのだ、市場で朝食を手に入れたい。ドワーフ市場の全てが金属や鉱物を商っているわけではない、仲間内を相手に食事を出している店や、甘味処もある。それは鼻を頼りにすると簡単に見つかった。

「あっちだぁあぁ!」

 肉の焼ける匂いを頼りに一目散に走り出した。



 焼いていたのは大きな肉の塊だった、焚火の上でクルクルと回されて、良い焼き具合になった所からそぎ落とされて出されていた。肉汁が火の上に落ちる度に火が上がり、焼ける匂いが食欲を大きく刺激した。迷わずそのテントの前で止まり、テーブルを一つ陣取った。

 驚きもせずに、肉を焼くドワーフは優しい目でニッコリと笑い皿に焼けている分の肉を全部乗せてくれた。それにニッコリと笑って返し、あっという間に平らげた。

「じゃあ飲み物ついでに買い物行ってくるニャ。少しは残しとくニャ」

 肉ばかり食べて喉が乾いたネコが席を立ち、そう言い残すとテントを出た。サイカは適当に手を振って、次に肉が焼けてくるのを今か今かと目を光らせている。サラも肉を噛み切ろうと必死で返事も出来ない。弾力がある肉は嘲笑うかのように伸び、サラに噛み切らせてはくれないようだ。

 テントを出て市場をぶらりと歩く、荒削りで良質の金属か宝石を売っている店はないだろうかと覗くが多過ぎて目移りする。小さくても良質の物を扱うのはこの市場では当たり前なのだ、質の悪い物を扱うのは自分達のプライドが許さない。

 どのテントでも自分が掘り出した物や仲間で掘りだした物を代表者が売っている、自分達が認めた物しか売らない。金属、鉱物に関して最高の目利きであるドワーフの市場では自然と最高級品が立ち並ぶ。人間の王都で最高の品揃えと自負する高級店でさえ、ドワーフの市場とでは比較対象にすらならない程だ。

「おやつになりそうなモノは何処で売ってるか知らないニャ?」

 余りにも目移りするので、荒削りの鉱物を売る店のドワーフに聞いた。嫌がりもせずにドワーフは近くのテントを教えてくれ、こんな事を聞いた。

「ついでにキャンディも売ってる所を教えようか?」

 ニンマリと笑ってネコは頷いた。



 親切なドワーフが教えてくれたテントを廻り、値段も量も手頃な所を見つけた。どれほど良質な物が揃うといってもその中で更に分類される、地域によってどうしても良し悪しが出てくるので微妙な差だが値段の設定が変わってくる。それでも人間のように無駄な手間賃やらブランドがないだけ人間の町で売られている同質の物より安い。嘘がないだけドワーフ達の市場の方が信用でき、安心して大量に購入できる。

 そのテントで売られていたのは加工済みで宝飾品にされた物と加工過程で出たクズ宝石だった。傷がついて使わなくなった石や小さ過ぎて加工出来ない石が樽の中に入れられて売られていた。多少の傷なら削って使うが、深い傷や亀裂が酷い物はこうして売られる。ドワーフはもう使わないが他の者が時々買いにくるためクズ宝石を売るテントは幾つかある、その客がネコだった。

 樽に入った宝石は様々で、色とりどりに輝いて眩しく反射する。色だけでなく形も様々で、何処に傷があるのか分からない物や今に壊れてしまいそうなほど危うい物、ほとんど加工が終わって磨かれる直前の物まである。

 テントのドワーフに持っていた小さな布袋を六つ渡し、それに宝石を入れてもらう。クズとはいえ宝石、六つの袋へはち切れんばかりに入れてもらい天秤に乗せて計量する。同価値の金銭と交換して重たい布袋を持って、次なるテントに急いだ。次はキャンディを売っているテントだ。甘いものは肉体労働と脳内労働には欠かせない。

 日頃は地下で石を叩いているドワーフ達の楽しみは酒だ、その次が金属や宝石の加工、その次が食事と甘味ときている。仕事の後の酒は格別だが、仕事の途中で酒を飲む事はなく疲れを癒すのに甘い物を口にする。

 キャンディを入れている箱でさえ王室の調度品を思わせる、中身がキャンディだと知っていなければ、宝石と間違って盗もうとする輩が出てもおかしくない程に美しい。丸、三角、四角色々な形をしたキャンディが色と形で味が分けられてそれぞれ箱に収まっていた。迷いもせず、持っていた大きな布袋をテントのドワーフに渡して全部の種類を同じだけ入れてもらった。ずっしりと重くなった布袋を受け取って腰が抜けそうになったが中身が甘いキャンディだ、手離せずに動けなくなった。見かねたドワーフは片手で袋を持ち上げて台の上に置いた。

 ネコは腰を押さえながら礼を言って代金を払う。肩をブンブンと回してネコが力を込める準備をするのを見て、ドワーフの一人が首を横に振り、袋を持って場所を聞いてきた。有り難く場所を教えて運んでもらう事にした。



「所で、こんな人里近い所で市場とは珍しいニャ。何かるのかニャ?」

 道すがら運んでもらいながら親切なドワーフに話しかける。地下で採掘ばかりしているからといって陰気なイメージが人の間では広がっているドワーフだが、一人でもドワーフを知っている者がいればそれは全く逆で、陽気で親切な大酒飲みだと教えてくれる。職人気質だが頑固で気難しいばかりではない、屈強だが強いのは腕っ節だけでない。酒に強く陽気になれるのであれば、良い友人になれる。

 その良き友人は、初めて会ったネコの質問にも気軽に答えてくれた。

「ここら辺で閉鎖されてた鉱山が開くらしくぞ。ここら辺の鉱物は質が良いから流れてくるのを待ってるんだ、しばらく出回ってなかったから皆喜んでる」

「そうニャ。でも、町の方ではそんな噂なかったのニャ」

 ネコが首を捻っていると、ドワーフが大声で笑った。急に笑われた事に驚いたが、きっと面白い事があったのだろうと勝手に予想して、立てなくても聞こえる聞き耳を立てた。

「噂なんか立たないぞ。鍛冶場で働いている仲間と酒場の仲間が聞いたんだ、ドワーフの噂が人間の町で広がるわけがないだろ」

「成程ニャ。もしかして酒場の名前は“ノッカー”じゃないかニャ?」

「大当たりだ」

 地下以外でも働くドワーフの多くは町の鍛冶場や酒場にいる。どちらもドワーフの得意分野だ、地下に張り巡らされた情報網は地上にもその一端を見せる、鍛冶場で武器の生産量や質を知り、酒場で世間の情報を得る。不確かだが、夢の詰まった情報網だ。彼らの関心事は国や政治ではない、だから不確かな情報でも全く構わない。しかし武器の量を知り、戦争の肩棒を担がされたくなければさっさと地下に潜る、それは大概当たる。

 当たるドワーフの情報は多分ヴァス達の連れになった二人からの話だろう、サイカの鍋修理で鍛冶場を訪れたとき窓に張り付いていた女と、文献を調べて町の本屋を巡っていた男。ネコは見た覚えがあると思っていたら、町でしばらくウロチョロしていた者達だった。彼らが鉱山を開くのだろうと判断したネコはおかしな事に気付いた。

 冒険者が閉山した鉱山を開く? 町の役人や、地主ではなく根なしの彼らが何故ここの鉱山を開けるのだろうか? ある程度を採掘して売りに出す程度だろうか、それ程単価が高く質が良い鉱物か。しかしここの鉱山が閉鎖されたのは、魔法使いが兵器を放りこんだ所為で、それをリーリアリの封印で出られないようにしたからだったはず。

「…まさかニャ~」

 リーリアリの封印は腕力さえあれば解ける。しかしここのドワーフ達が待っていたというのであれば、中の兵器が厄介だったのか封印が解けなかったかのどちらかだ。そうでなければ、こんな所で市場を開きはしない。

 腕力なら神の武器を作れる位持っているドワーフが解けないリーリアリの封印をかけられる奴を数名知っているが、中身が封印を解いた本人以外にも被害をもたらす危険性十二分に帯びている物を封印する奴は一名しか思いつかなかった。それはネコへ非常に嫌な予感を与えた。頭を振って、他に考えられる事を捻り出そうとするが、サイカとサラが待つテントに着いても出てこなかった。



「もしかしたら新しい鍋がそれで出来るかもな」

 鉱物を待ってこの市場が開かれていることを教えると、サイカは嬉しそうに目を輝かせて言った。新しく作るしかないと諦めた鍋は、急に昨夜は発掘に出かけた所為で、鍛冶場に頼む暇もなく町を出てきてしまっていた。ドワーフ達が待つ程の鉱物で鍋を作れたらどれ程良い鍋が出来るだろうと想像を膨らませた。

「でも、ちょっと分けありニャ」

 鉱物が取れる鉱山の閉鎖理由と、封印の方法を伝えるとサラが吹き出した。サイカは目を点にして、苦笑いした。

「それって。っくすくす」

「絶対封印した本人忘れてるって。だって夕べヴァス達と一緒にいた奴らが採掘にいったんだろ? おいーっヴァスー」

 サイカもサラも笑いだして止まらない。カメは甲羅を背にして机の上で踊っているように転げまわって笑っている。

「封印した本人が解放しに行ってるニャ~。本末転倒かニャ」

* *

 ヴァスが自分のした封印を解いて、鉱物を持って帰ってくるまでドワーフ市場で待つことにし、それまでゆっくりと市場を楽しむ事に決めた。ドワーフ市場が町から近いので盗賊団に見つかる恐れがあったが、町にいる人間が全員武器を持って襲って来てもこの数のドワーフが撃退出来ない訳がない。しかも、武器は売るほどあるのだ、負ける要因が見つからない。町にいるよりも確実に安全だった。

 問題がないわけではなかった、寝る場所だ。ヴァス達が帰ってくるまで市場の近くで野宿になる、野宿自体は構わなかったがドワーフ達が夜に酒盛りを始めると夜明けまで続く。近くにいると誘われるかもしれないし、五月蝿くて眠れないかもしれない。多少の睡眠不足は気にしないが、酒が入ると話は別だ。それだけが困る。



 もう一つの問題が発生したのは滞在二日目だった。

「これも良いなぁ」

 サラの“買いたい”病が発生したのだ。滞在初日に必要な物は大体揃えたのに、必要のない物までサラが買いたがったのだ。一日目からも出ていたが、必要な物だったので買っていたのが知らない内に病気を加速させていたようだ。テントを飛びまわって、花を巡る蝶のようでサイカとネコが止めても飛びまわるのを止めようとしない。カメも一緒に飛びまわって、サラはカメ達に宝飾品を見せながら笑っている。自分の腕にはめてみたり、首にかけてみたりと忙しい。

 動くのに疲れたネコは一足先に食事を取る、と適当な口実を見つけて飯屋のテントに入り込んで動こうとしない。サイカが仕方なくサラについて回るが、華奢な杖を振ってみて握り心地を確かめて吟味しているのを見ると本当に必要ない物ばかり気になっている、と再度確認した。サラが持っている杖以上の物はこの市場にはないし、サラ自身杖を変える気はないのを知っている。

 早くヴァス達が帰ってきてくれ。サイカの思いが溜め息の形で出た。