Clown of Crown
01
今現在、宇宙の銀河、太陽系の第三惑星、地球の北半球、ユーラシア大陸付近の島国、日本の極々一部で活躍中。
超人気者、良い子と正義の味方で、格好良い太陽の使者・フレアマン!
ではない。
真っ赤な全身タイツの戦隊服を、無恥にも着こなし、今日も無暗やたらと怪人たちを、爆発させている!
のではなく。
只今行方不明中。
街には「犬を探しています」よろしく手書き簡易ポスターが点々と貼られている現状が物悲しく続いている。しかも、水性ペンで書いたらしく、雨風にさらされて何が書かれてあったのか分からない有り様。
数日前の夕刊では遂に、
『フレアマンに変わるヒーロー募集中』 時給800円から交渉。
との広告が一般向けC.M.コーナーに、最小サイズで掲載された。
自称・正義の味方のヒーロー・フレアマンの所属機関も見放したのだった。
だが、諦めの悪いフレアマン唯一の相棒、アイスマンは学業返上で、まだまだ捜索中なのである。
ヒーロー不在の間に怪人は暴れまくり!
できずにいた。
なぜなら、怪人を送り出す自称・悪の組織は資金稼ぎにしていた会社が怪人技術の応用で大成功。一躍、大人気の有名会社へと変貌したのだった。
それが問題となった。
このまま悪の組織としての資金源とするか完全に企業げと本腰を入れるかで内部分裂。
怪人が暴れだす暇さえない。
自称・正義の機関と自称・悪の組織は身内問題で凍結中にあった。
電子レンジでも直射日光でもしばらく解凍出来そうにないこの問題はしばらく続く。
自称・正義の味方所属機関で、ある日電話が鳴った。
電話がなること自体は珍しくないが、最新ファクシミリ付きの隣に黒電話が置かれていることが珍しかった。
今回はファクシミリ付きが鳴っていた。
しかし、受話器を取る気にはなれずにしばらく放置していたが、それでもやかましく鳴るので渋々受話器を取った。
「アイスマンか。何の用だ?」
『納涼《すずみ》さん! フレアマンはまだ見つからないんですか?!』
予想していた通りの相手だったので、出るんじゃなかったと後悔した。
「二週間ほど行方不明になるそうだ(おかげで助かってる)」
『そんな! きっと悪の組織、デス・ウォッチに捕まったんだ! 早く助け出さなきゃカッコイイ怪人にされちゃう!! 早く助けなきゃ!』
「そうしてくれ(ると助かる。さっさと改造してくれ)」
アイスマンは何事かを叫び続けているが、面倒なので受話器を置いた。
アイスマンは心配している、フレアマンは元気、自分が知って入ればなんら不安は無い。ならば今日も平和だ。
そんなことより明日の天気の方が重大だ。雨になればいいのに。
明日こそは移動パン屋でメロンパンを買うのだ。雨になればいかに人が集まろうとたかが知れている。先々週は晴れたために学生でごった返し、売り切れてしまったが明日こそは希少なメロンパンを買うのだ。
雨になれ雨に!
切に願う自称・正義の味方所属機関・所長であった。
___同じ日
フレアマン捕獲の濡れ衣を着せられているとも知らない、自称・悪の組織《デス・ウォッチ》では、組織の運命を左右するような重要な会議が開かれていた。
「未だ打倒フレアマンをしていないのだ! このまま悪の組織に主軸を置くのが当然!」
閉店後のスーパーの店内、従業員用休憩室でパイプ椅子が四つだけの場所で老人が興奮した面持ちで立ち上がった。
「落ち着いてよおじいちゃん。そんなこと言わないで会社の経営にも軸を置いてよ。貧乏だと構成員の皆を養えなくなるかもしれないんだよ? 皆頑張ってくれてるのに可哀想だよ! それに怪人だけの構成員無しの登場なんて…迫力に欠けるわよ!」
煎餅を両手で持って迫力を語るのはいかがなものかと思われるが、怪人だけの登場では寂しいのは確かだ。それに正義の味方が集団で一体の怪人を叩きのめしているのがバレテしまいイメージが悪くなる。
それに黙認している警察の立場が危うくなり国家権力が動き出すので始末に終えない。
「しかし、経営に軸を置くと倒す機会が…」
これには日焼けした男が返した。
「そりゃあそうですが、これ以上あいつらを働かせると大変なんですよ。そこんとこは頼みますよ。それに労働基準法なんてのもありますし」
「ぐぅっ」
老人はつまった。
「…そうだな…法は守らなくてはならんな」
悪の組織は「悪」と名乗る以上多くを守らなくてはならないのだ! というのが老人の美学であった。
その老人の美学に男は「ホッ」と一息ついた。
日焼けした体格のいい男は、その風貌から最初に倒される幹部だと思われる。
「じゃあ! 経営にも軸を置いてくれるのね?」
制服姿の孫娘がここぞとばかりに確認してくる。今の内なら乗せられるかもしれないとの考えからだった。
「しっしかしなぁ…茉利亜《まりあ》…」
大人気なく渋る老人仕草だけを見れば若々しくも…無いこともない。
そんなおじいちゃんに孫娘はいきりたった。
「えーーーーい!! 往生際の悪い!!! それでもラスボスなの?!」
その言葉が老人(悪の組織首領)の胸に深く響いた。
ラスボス(最終ボス→トリを飾る→強そう→カッコイイ)なんていい響きなんだ!
「分かった! そこまで言われてはしかたがない!! 首領たるもの懐も深くなくてはいかんからな!! はっはっはっ!」
内心自画自賛しながら満面の笑みを浮かべる。
彼が乗せられたと知るのはもう少し後のことだ。
ラスボスを首領とも思わない幹部の三人を残し、嬉々として老人は部屋を出た。
「さて」
首領の孫娘こと柴茉利亜《しば まりあ》は真剣な面持ちで口を開いた。先ほどとは大違いだ。
「これからが本題ですね」
眼鏡を掛けた男こと鳥羽菜月《とば なつき》が切り出した。老人の承諾を得ずとも、押し黙らせることも、無理強いさせることも出来たのだ。あえてそれをしなかったのはダダをこねられるのが面倒だったからに過ぎない。
「やっぱりアレか…新商品の」
日に焼けた男こと立川豊《たちかわ ゆたか》は長身を折り曲げて、上目づかいに言った。
「そうなのよねー。桃型をセット化して売り出すべきか、ブルーベリー型を売り出すべきか悩むところよねー」
腕組みをして、私は悩んでいますといった風に考え込む。上体を反らしたり、首を曲げたりしながら唸っている。
その姿はまるで、昼食を購買で買うものを悩んでいる三時間目、数学授業中の高校生の姿である。周りから見ると公式で悩んでいるように見えるが、その実、バターロールにしようかクロワッサンにしようかとなやんでいる。
つまるところ、頭の中など覗けないのだ。
「セット化にも限度がありますから。両方というわけにもいきませんしねぇ」
こちらも考え込んでいるが、眼鏡越しなのでその目が何を見ているのかはうかがい知れない。目を閉じて眠っていても分からない。
「じゃあ。ほうれん草型なんてどうですか? 在庫もまだありますし、性格も比較的大人しいし、順応能力も高い。寿命はみじかいですが」
立川の提案に二人は、ハタと気がついた。
「ナイス! 立川さん! さっすがー立川さん!」
「ほうれん草か…果物にばかり気が向いていたよ」
手を打って喜んだのも束の間。茉利亜が再び考えこんだ。
「どうしよう! 桃型かブルーベリー型だと思ってたから、ラベルのデザイン! ほうれん草型の分考えてなかったわ! 明日あたりに発注しようと思ってたのに!」
大きな独り言が、男二人の耳にも届いた。
「心配召されるな! 姫! と、立川君なら言ってくれるよ。ねぇ?立川君」
鳥羽は期待をさせておいて、落とした。更に、同僚に押し付けた。
その同僚は不適に笑った。
「もちろんですとも。言いだしっぺは俺ですからね。鳥羽に言われてしまったのはしゃくですが」
ポケットから四つ折にした紙を数枚取り出して、茉利亜に渡した。
外見とは裏腹に、可愛らしいキャラクターの絵が描けるらしい。
人は見た目によらないのだ。
「これで一安心ですか?」
「勿論よ! 本当に立川さんも鳥羽さんも有難う! メカメ・シリーズは本当にあなた達がいないとやって来れなかった!」
「そんな、そんな。僕だって黒魔術が堂々と職業にできない今の時代に、ホソボソとでも収入があって副業として続けられるんです。嬉しい限りです」
「俺だってここ以上に面白い職場なんてどこ探してもありませんしね」
確かに悪の組織をしている清潔な職場はそうそう無いだろう。
三人の心温まるホームドラマは終わった。
そう、ここから本格的に悪の組織の幹部の会話なのだ。
「…ところで、ほうれん草は良いとして、本当にどうするんです? 僕の最高傑作は? 使いようによっては単なる兵器ですよ? 核爆弾を積んでないだけの」
非核三原則を意識した何気ない一言だ。自衛隊基地内でも、米軍基地でもない一般のスーパーの店内で言うにはあまりにも重大すぎる台詞だ。
「分解して他のメカメの材料に回せば? 在庫そんなにないんだろ?」
立川の安全そうな提案に鳥羽は怒った。
「もったいないじゃないか!」
鳥羽は、モッタイナイ精神を発揮した。
「その点は私に任せて。同級生にスゴイ子がいるから、何とかしてくれると思うわ。使い方を知らなければ大丈夫なんでしょう? 体力あるし、正義感もあるし、モラルもある。頭も良いけどチョッと間が抜けてるから大丈夫よ」
何処が大丈夫なのだろうか。しかし、茉利亜の説明は二人に伝わったらしく頷いた。
「なら任せましょ。いつまでも放置しておくわけにはいきませんしね」
「間が抜けてるってとこが気に入りました。任せますよ」
「成立ね」
ちょっと待て、そんなに簡単に決めて良いのか?