Clown of Crown
02
柴 茉利亜曰く、体力のある、正義感のある、モラルもある、頭の良い、チョッと間が抜けたスゴイ子は、
「竜司《りゅうじ》!! 補習ぐらい受けて帰れ!!」
「嫌だね!」
数学教師 兼補習組捕獲団の高橋豊《たかはし ゆたか》に追われていた。
東高校(あずま)一年生。田所竜司《たどころ りゅじ》男子生徒は、廊下を全力で追ってくる教師から必死に逃げていた。
一階の下駄箱に直行したのでは、捕まってしまう。捕まってしまえば、そこは体格差がものをいう。二十五歳の体育科顔負けの運動神経の教師(何故数学を教えているかは不明)と、十五歳の現役高校生の身長ちょい低めの生徒では、生徒が不利なのだ。
「廊下を走るな!」
「『教師が』を付けて返す!」
皆さん廊下は静かに歩きましょう。
いつの間にか、三周も同じところを回っているのにも気がつかず、竜司は急に窓へと飛びついた。
驚いた教師・高橋は慌てて同じ窓に飛びついたが、竜司の姿は、既になかった。
「こら! 卑怯だぞ! そんなところを使うな! 緊急時のみだ!」
避難通路を利用されたのだ。日常生活で利用される通路のほかに火災などの緊急事態時に使われる通路だ。教室の窓から行き来が可能で、コンクリートなどでできている。一部は階段になっているものがあり、今回はそこから逃げられた。
猫などの小動物が日頃は利用するスペースで、通常は危険なので誰も使わない(使えない)狭い足場を利用して逃走を図る。死亡保険には入っているのか?
「今が緊急時だ!」
と、言い放ち一階の渡り廊下を走った。下駄箱のある方向だ。
高橋も走った。距離としてはさほど変わりはしない、脚力に自信がある数学教師は下駄箱へ向かった。
下校ラッシュも終わり、数人の生徒を見かけるのみとなった廊下を駆け抜ける。
自分でもなかなか速いと思えるようなタイムで下駄箱に到着した。油断をしているだろう竜司がもうそろそろやって来るはずだ。
内心ほくそ笑みながら待っていた。
しかし、なかなか来ない。不安になり辺りを見回す。同じところにとどまっておくのが苦手なのだ。その性分から待ち伏せるよりも追いかけるほうが多い、だから今日も逃げられるのである。
教師・高橋を振り切った竜司はのんびりと帰路についていた。
学校からの下校に何故これほど体力を要するのか、どうにか走らずに簡単に帰宅できないものか…少々考えていた。
それが悪かったのかもしれない。
気がつくと、いつもの道ではない。
慌てて周囲を見渡すと、団地がある。おかしい、通学途中にこんな団地は通らない。そうだ、この団地の手前の道を帰るんだ。曲がる道を一本間違えただけだ。そうだ! そうに違いない! そうじゃなければ道が分からない!
記憶の糸を必死で手繰り、この道についてどうやって脱出したかを思い出そうとした。
しかし、よみがえってくるのは同じような場所で、同じように迷い、同じように悩んでいたことだけである。
思い出せそうにもないので、とりあえず歩く。歩けばキットどこか知っている場所に辿り着く。
小さな希望を胸に少年は一歩を踏み出した。
そして
再び迷っていることに気がついた。
ついでに、同じように迷っていたのに気付いたのも思い出した。
思い出さなければ良かったと落ち込むのである。
どうしてこう道に迷うんだ、俺は。生まれてこの方この町に住んでて、何故? どうして? どうやって? 高校生にもなって迷子になるんだ?!
それはきっと方向音痴だからだろう。
だんだんと、辺りが薄暗くなってきた。月が姿を現し、街路灯にやわらかい灯りがともる。
諦めたように、一歩一歩、歩き始めた。
そして、いつの間にか見覚えのある道を歩いていた。そうと知った途端に心が軽くなった。よかった! 帰れるじゃん!
迷った遅れを取り戻すかのように家へと続く道を走った。
そこからは道に迷うことなく自宅へ辿り着いた。
しかし、おかしなことが起こっていた。
明かりが点いているのである。
おかしい。一体誰がいるんだ? 母さん? 父さん? いやいや、しばらく帰ってくるはずがない。泥棒か空き巣か…それにしては今頃に明かりをつけているなんて変だ。
不審に思いどうしたものかと動けずにいると、中から足音がする。
ドアが開かれた。
「お帰り竜司。遅かったじゃないか」
室内の明かりを逆光に、眼鏡がキラリと光る。
「なにが『遅かった』だ! なんで俺の家にお前がいる? どうやって入りやがった!」
俺はおこってもいいはずだ。鍵をかけたはずの家に堂々と入り込み、俺を待っていた奴がいるからだ。しかもこれが一度目ではないのだから尚更だ。
眉間に皺をよせて、何か言ってみろといわんばかりに睨む俺に、満面の笑みで返すだけのこの男、編元 天〈あみもと たかし〉俺は天(そら)と呼ぶ。手芸部、料理部を掛け持つ見た目も女にも見える優男風。しかし、その笑顔の下には地獄で手招きしてそうな悪魔がひそんでいる。
いつもにこにこのくせに突如殴ってきたり、毒づいてきたりするだけならまだしも・・・。
「それに何の匂いだ?」
食欲をそそるような旨そうな匂い。走り回った身体が極力求めている夕飯の匂い。近所の家からではない、天の背後からだ。
「夕ご飯だよ。今夜はトマトと海鮮サラダとコロッケ、鶏がらスープに五目御飯。デザートは苺プリンとなっております」
自慢げに夕食のメニューを指折り数えながら教えてくれるが、俺の家の材料じゃなかろうな。
「おい。住居不法侵入の常習犯」
玄関に上がり、この前にも同じことをやらかした犯人に、多分この前と同じことを言う。
相手もわかっている。多分同じことを言うだろうと。だからといってにこやかに受け流されるのも腹が立つが・・・・・・。
「どっから鍵見つけた?」
前回は郵便受けの裏側に貼り付けておいたのをはがされた。前々回は玄関にある花壇に埋めてあったのを掘り起こされた。前々前回は裏返した素焼きの鉢の下に隠していたのを見つけられた。
だから今回は外に置かずに、自分の鞄に入れている分だけにして予備を家に残した。
なのにどうして? 今日もコイツが家に上がりこんでる?
いつもと全く変わらぬ笑顔で、当然のように天は言ってのけた。
「まさか。竜司が忘れたんだよ」
ズボンのポケットから鍵を取り出して、俺が差し出した手に乗せた。
なんだ、俺が忘れたのか・・・。
「そんなわけがあるか」
一瞬納得しかけたが、俺が忘れるはずがない。
よく物を忘れたり失くしたりする性分の俺は、今日こそは鍵を失くしたら大変と、わざわざ鍵を鞄の内ポケットに付いているフックに掛けてまで予防したのだ。忘れようにも、何処にも置いていかないように。
じろりと睨みつけると、残念そうにただ笑う。
ただ笑われるのが恐ろしい。今回にしても、悔しがるにしても笑うし、怒っていても笑う。表情からは、そういった意味でうかがえない奴だ。
「ばれちゃったか~。いけると思ったのにな~」
一人で呟きながら、背を向けて奥へと下がる。艶の良い髪の毛を触りながら。
靴を脱いで住居不法侵入者の後を追う。
侵入者があまりにも堂々と行くので、俺のほうが傍から見ると侵入者だ。しかし、ここは俺の家だ。侵入者は天の方だ、と心にする。
「それで?」
先ほどの答えを再び問うと、世間話のように返された。まるで、「今日の昼は購買のパンにするか、食堂の日替わり定食にするか」に「メロンパンにする」とでも答えるように。
「うん。体育の時間にちょっと借りただけだよ」
「当然のように人の鞄を漁るな!」
住居不法侵入の常習犯は、窃盗にまで手を染めていた。やりかねんとは思っていたが実際にやられると腹が立ってしかたがない。
しかも、犯人は悪いと思っている節が見受けられない。
「ちょっとだけだよ。それに家を開けるのに使ってないし」
こうだ。
うん? ちょっと待て、
「じゃあどうやってここを開けた?」
冷汗が首筋を伝った気がした。嫌な予感がする、とてつもなく嫌な予感が。
「これ」
取り出したそれがきらりと光った。
プルタブ? 栓抜き? アルミ箔? ヘアピン?
いや、
「合鍵作りやがったな!!」
なんて奴だ! ついに合鍵まで作りやがった。これで俺の考えた、これからの隠し場所案は無駄になった。くそう。時間を返せ! 青春の貴重な時間を返せ!
呆れたような、怒りに燃えたような、至極中途半端な気持ちで立ちすくむ俺を気にも留めずに、ひょうひょうと天は行く。
「最近の鍵屋さんは仕事が早いね。それに鍵にも柄が入ってオシャレだね」
といった調子で、全く気にしてない。
こいつ警察に突き出してやろうか。とも考えたが、証拠もないし天なら上手い言い訳を考えているに決まっている。
ストーカー法とか適用できないのか?! 無理だ……、逃げ切られるにきまってる。
いや、早まるな俺。鍵くらい変えれば何とかなるさ!
……流石に窓を割ってまで入らないだろう。
そうさ! なんとかなる!
「なに落ち込んだり笑ったりしてるのさ? なんかあったの」
今現在、唯一にして最大の原因がなにかほざいている。
お前のせいだろうが。
「…もういい。諦めた」
ふぅんと気にしているようだが、それ以上の何も言わずに台所に向かった。
玄関から十歩もかからない廊下での出来事であった。
「ところでさ、こないだメカメが欲しいって言ってただろ?」
夕食を何故か二人でとり、何故か二人で片づけをし、何故か帰らない不法侵入者の友人は人の家で勝手にくつろぎながら喋りかけてきた。
そういえば、言ったかもしれない。
メカメ、最近のおもちゃはすごい。特にこのカメ型ロボットの商品は。
自立歩行、会話はお手のもの、だがここまでは他のおもちゃにもある。しかし、メカメには一体一体に思考がある。ほとんどペットのようなおもちゃである。
だがペットロボットではない、ペットロボットは電池を換えればある意味生き続けるが、メカメはいくら充電してもある一定の寿命を過ぎると全く動かなくなる。
それがペットロボットの革命だの、動物愛護に入れるべきだの、命の大切さを学ぶものだのと、大人たちは論争しているらしい。
確かに、機械でできた生き物といった感は消えない。
近頃は人気で品薄状態が続いているそうだが、メカメの寿命もそう短くはないので一度買えばしばらくは満足されるので、値段の急騰はしていない。
アルバイトもしていない俺には手が届きそうにないが。
「それがどうかしたのか?」
特別欲しいといったものではない、ただ単にあったらいいな。その程度のものだ。
「はい」
部屋の隅に当然のように居座っていた天の大きな鞄から、これまた大きな箱が出てきた。
教科書類でも入っているのかと思えば、綺麗にラッピングされてシールまで貼られたプレゼント箱だった。
「俺、誕生日じゃないんだけど」
重たそうに机に置かれた箱をしげしげと見ていると、更に小冊子のようなものを上に置いた。手書きで、[取扱説明書]とだけ書かれただけの表紙が今しがた作られたのを物語るようだ。実際インクが乾いたばかりだと主張して、薄っすら指についた。
「僕からじゃないよ。預かりもの」
中身が空っぽになった鞄を下げながら、天は面白そうに、箱を俺の方に突く。
「中身なに? 誰から?」
天からのものではない、じゃあ誰から? 誰が天を経由して俺に、何のためにコレをよこす? なぞ解きは得意じゃないぞ。
訊いても反応は無い。急かすように箱を押すだけだ。
とても困った状況だ。天からじゃないとすれば、一体誰だ? 心当たりが全くない。
俺の誕生日でもないし、バレンタインでも、クリスマスでもない。
まさか、補習を逃げてきたんでその配布物だとか、テキストなんかじゃあるまいな。
学校が生徒一人相手にそこまでやるはずがない。いや、待てよ。
「まさか高橋からのじゃ」
笑った顔が歪んだ。まさか、やるかもしれない。毎回俺に逃げ切られているからプライドを捨ててまで送りつけたのか。
それには首を横に振ることで、天は答えた。
「高橋先生からの方がよかったかい?」
意地悪そうに聞き返すところが、憎ったらしい。嫌に決まってるだろう。
高橋からでないとすれば、他に誰がいる? いや、誰にしても恨みを買うことはしていないだろう、多分。
覚悟をきめてプレゼントの包みを開ける。できるだけ包み紙を破らないようにそっと丁寧に。
何で俺はプレゼント一つにこれほど用心せにゃならんのだ。
「おぉ! これは」
メカメだった。しかも、今までに見たことのないような。
今まで店頭などで見たことがあるメカメと同じように箱詰めされているのは同じだが、持ち歩かれていたり、どこかに乗せられているメカメとは違う。
「顔が怖い」
そう、通常のプラスチックの身体をもつメカメは、爬虫類愛好家がため息を漏らすほど一般向けに愛らしいスタイルに愛らしい顔を持つ。
しかしこのメカメ、見た目が金属の身体でしかも溶接の継ぎ目らしき所が見える。顔も饅頭を下の部分へこませたみたいな所に、ちょっとだけ口らしきものが見える。
無骨さがありありと見える。
「あー本当だね」
覗き込む天もほとんど同意見のようだ。どうやら、初めてみるらしい。
「誰からかいい加減教えろよ」
箱に貼られたセロファンのせいかも知れないと、とりあえず開けてみる。案外マジックセロファンみたいなのがあって、見た目と中身が違うのかもしれないと淡すぎる気持で。多分、大手企業なんかが開発してて売上を伸ばしてるんだと勝手に想像しながら。
しかし、開けてみても中身に変わりはないし、逆に無骨さがはっきりとした。しかもだ、背中の部分も模様のような溶接の痕が指先に伝わる。手も足も三角で本当にメカメだろうかと疑ってしまう。
こんなのじゃなかったよな。
「柴さんからだよ。ほら生徒会書記の」
やっと白状したかと思ったが、柴からは貰う理由もない。第一同じクラスでもない。何度か顔を合わせたりしたことがあるだけで親しい仲では、全くもって無い。
それこそ貰う理由が全くない。
最も、こうしたプレゼントを貰うほど仲の良い奴なんてはじめから俺にはいないのだが。
「ちょっと処理に困ってね。手元に置いておくのも困った状態だから僕に相談してきたんだよ。丁度君が欲しがってたのを教えたら『田所君なら大丈夫』ってくれたんだよ」
「俺は廃棄処分場か」
そういうことか、いらなくなってくれたわけだ。けっこうな金額のメカメを? しかも単なる同級生の俺に? 何の行事もない今頃? 『田所君なら大丈夫』? なら、ってどういう意味だ。
どうも不信でならない。
柴 茉利亜を疑うわけではないが、話がおかしすぎる。
おいしいのではない。
おかしいのだ。
「それ非売品であげたものだからクーリングオフなんてきかないからね」
天に先手を打たれた。俺がメカメを箱に戻そうとしていたのを一言で止めたのだ。
ばれてしまった。
「それに女の子から貰った物なんだからさ。後々うるさいかもよ」
男子からのなら良いように言うがどっちも怪しいものは断らせてもらいたい。だが、柴はそういった面ではしっかりして、はっきりとものを言うタイプだ。そういったタイプは後まで引きずらないと思うが、意図が見えない。
堂々と渡しに来ると想像するが……。
「どうもそういった奴には見えないが」
「褒めるねぇ」
褒めたわけではないが、褒めたことになるのだろうか? 事実を確認したいだけだが。
「ま、しばらく忙しいし僕の方が信用されてるだろうからって頼まれたんだけどね」
そういったことは早く言ってほしい。
悪徳、腹黒にかけては天以上に(色んな意味で)信用している奴はいないが、人間の信用度では柴も信用しているぞ。
なによりはっきりとものを言う奴を俺は信じるぞ。その言葉の裏がない限り。
「そういうことか」
完全に不信感がぬぐえたわけではないが、ひとまずは安心した。明日にでも真偽を確かめて礼を言っておこう。廃棄処分場扱いされたことがあるからそれだけで良いだろう。
箱に入れなおそうとしていたメカメを机の上に置き、再び眺める。眺めても怖いが。
急に天が立ち上がった。何か取りに行くのだろうと、それほど関心を示さなかった。だが、次の言葉には反応した。
「それじゃあもうそろそろ帰るね」
……。
一瞬耳を疑った。
いつも勝手にやって来て、勝手に帰るがこんなに早く帰ることはない。早く帰れと何度言っても帰らないときは微動だにしないのに。今日は珍しく自分から早い時間に帰ると言い出したのだ。
「あ……そ。珍しいな、じゃあ気ぃつけて帰れよ」
「うん。ついでに玄関まで送って」
たった数メートルの距離をか? まぁ早く帰るんだから良いか。
歩いて、玄関に出て、帰るだろうと安心した時だった。
……ドス。