Clown of Crown
03





――――翌日。
 早朝の川がまだ登りきらない日を受けて、きらめいている。
 今日は運良く川から霧のようなものがたつのが見られた、朝もやといかないまでも、なかなか情緒があると俺は思う。よく夏に人が流されても。

 自転車をキコキコいわせながら、8時過ぎには通勤ラッシュの道を一人行く。時折マラソンランナーが向こう側から来て通り過ぎていく。
 
 ゆっくりとペダルをこいでも学校までそれほど時間はかからない。もうちょっと朝の通学路を楽しみたくても仕方がない。それに、少し足りないぐらいが丁度良い。

 門をくぐり、自転車置き場のいつもの位置に自転車を置き、鍵をかけ、下駄箱に靴を置き上履きに履き替える。下には、外も内も関係なく泥まみれにする奴らのせいで今日も土山がある。上には、荷物置き場と勘違いしてる奴らが鞄やらゴミやらを置き散らかしている。紛失したと言う奴に限って、ここに置いていて撤収されている。自業自得だ。
 
 クラブ勧誘のポスターを横目に階段を四階まで上がる。これが朝で一番疲れる。
 いつも通り教室に一番乗りで入った。


 と、思ったのに。

「やあ竜司おはよう。早いね」

 天が俺の席に座っていた。

 見なかったことにしてドアを閉めた。

「嘘だろ」
 呻くしかなかった。何であいつが俺の席に座ってるんだこんなに朝早く!
 立ち去るべきか、留まるべきか考えている間にドアが開いた。

「なんで閉めるんだい?」
 チョッと不機嫌そうに、しかししっかりと俺の鞄を掴んだ。

「悟れ! ってか何で俺の席に座ってる?! そしてなんでこんなに早い?」
 一気に問いかけたので詰まるかと思いきや、返事の代わりに教室から出て、右手を小さく引いて、鋭く顔にめがけて振った。
 首を横にひねると親指が頬をかすった。

「竜司こそ悟りなさい。昨日のメカメがどうなったか聞きたくて早起きしたんじゃないか。それよりその傷どうしたんだい? 僕以外に殴ったヤツがいるなんて!」

「キレるとこそこか!」
 昨日の帰り際に天が不意をついて殴った。そことは違うところに殴られたような腫れが顔にあるのは知っている。
「・・・メカメだよ」
今思い出すだけでも恐ろしい。
昨日、天を経由して俺に渡されたメカメは単三電池を入れた途端に目が赤く光り、勝手に動き出した。
 元々メカメは自分で判断して動く、自立したおもちゃだ(それが原因で討議されている点もあるが)。
 だが、メカメは亀をモチーフにしているせいか動きはそれほど速くない。しかし、俺のところに来たメカメは速い! しかも、

「つかあのメカメ宙に浮いたぞ! なんだありゃ?!」

「…・・・すごいね。で?」

 天が妙な顔をする。そりゃあ驚くだろう、そこらへんのおもちゃが勝手に宙に浮いたら。
 ひょいと俺の後ろを指差した。

 振り向けばそこに・・・・・・



「げっ! ついてくんなって言っただろ!」

 例のメカメが、丁度目線の位置に浮いていた。ビニール袋を引っさげて。

「確かに……浮いてるね?」

「だろ! 羽もないのに浮いてるんだぜ。種も仕掛けもわかんねーんだよ」

 紐で吊っているわけではない。プロペラのようなものがついているわけでもない。ただ、ぽつんと浮いている。
 なんだ?! 反重力装置でも搭載してんのかこの小さな体に。どこの不思議物質だ!

「というよりさ。これの殴られたのかい君は?」
 不服そうに天はメカメを指差す。
 どうやら、こんな小さなメカメに俺が負傷したのが気に食わないらしい。だが、それと天が殴ってくるのには何の関係も無いように思うが。

「殴られたというより頭突きをかまされた。手は短すぎて届かねぇだろ。それに空気砲みたいなのを撃ってくるぞ」
 短い手を甲羅の中にしまったかと思うと、これまた短い円柱状の物を手にそこから空気を圧縮したようなものを撃ち出してきた。一体どうなってるんだか。

「へ~やっぱり違うね非売品は」

「そうだな・・・今日あたり柴にきいとかなきゃな」
 人を廃品処分場扱いした理由をしっかり聞かなければな。柴のやろう…。
「それよりお前は帰れ! ダンボールの中に入ってろ」

 メカメに向かって命令するが表情は変わらないし、他のメカメみたいに喋らないし、反応もよくわからん。俺の言葉をどう受け取っているのかすら分からない。
 俺の言葉をどう受け取ったのかはしらないが、ふよふよと宙を漂いながら飛んでいく。廊下の角の所で曲がると、その小さな体は見えなくなった。

 だが、俺の1.9の視力は誤魔化せない。頭の半分が見えている。目が赤いものだからすぐにわかる。
 それは眼鏡の天にも分ったようで、

「見てるよ」

「見てるな」

「どうするのさ? このまま帰しちゃったら大騒ぎになるかもよ?」

「わかってるけどさ。鞄の中で大人しくしてると思うか? メカメ」

 やってることが、かまってほしいだけの行動というのはようく分かる。しかし、甘やかすと何をしでかすのかわからないから対処の方法も判らないし、だからと言ってそのまま帰すのは天に言われなくともわかっているが…。

「餌でもあげたら大人しくなるよ。ほらメカメ飼育用のが売られてるじゃないか、それをあげたら?」

「高いし。しかも餌は持参らしい」

 聞こえているのかいないのか、いや聞こえている。ぶら下げていたビニール袋から丸い物体を取り出し見せるのだから。

「…なんでレモン?」

 メカメが廊下の角で見せる丸くて黄色いレモンを見て、天はかなりの疑問が浮かんだんだろう。奇妙な顔・其の二をしている。

「昨日ダンボールに入ってた。そのせいで入ったのかもな。それからお気に入りの様子」

 あの小さい口から食べたのだろうか? 歯形ついてないだろうなレモン。

「しょうがない。おい。鞄の中で大人しくしてるならいていいから」

 右手を軽く振ると、レモンをビニール袋にしまい、ふよふよと戻ってきた。

「暴れるな。レモン汁で鞄の中汚すな。わかったか?」

ない首を縦に振る。

「早くも扱いなれてるね」

 天の一言が以外と胸に刺さる。俺は本当にメカメを返品する気があるのだろうか?
 案外、俺はこのメカメを気に入っているんじゃないだろうか。まだ会ってから24時間も経っていないのに。いや、12時間も経っていない。

「そんなことないって」

 天に応えたつもりだが、自分への応えにもなっている。
 そんなことないって……ひと暴れして、喧嘩して仲良くなるなんてのは作り話の中だけだ。その話に雨降って地固まるのたとえがよく使われるが、そもそも地がないから固まりようがない。

 例えあったとしても、このメカメなら浮いているから無視するだろう。

「そう? 慣れてると思うけどね」
 まるで自分は何でもお見通し。そんな笑い方をする。
 お前は口だけ残す不思議の国のアリスのチャシャネコかっての。

「慣れてないって」
 否定をすればするほど怪しまれるパターンか。そして堂々巡りをするのか…めんどくせ。なんとかならないかな。

「ところで竜司いい加減その怪我何とかならないのかい」  

「そんな短時間で治るか」

「治しなよ」

 頭がいいはずなのに時々妙な事を言い出し強制する。今のように。
 できないと分かっていて、できないのを困る顔が面白いのだと本人が以前言っていた。はた迷惑な。それを理由にチョップをくらった覚えがある、確か近所のスーパーで定期的にやってくる自動車の移動パン屋から”伝説のカメロンパン”を二つ買ってこいとか言って、俺も欲しかったから昼休みに抜け出して買ってきたら何故かやられて驚いた。
 あのチョップは失敗しなかったからそれに対してのものだな。失敗すると思ってたんだな天め。
 まぁそれ以上に驚いたことがあったからそんなに気にもしなかったが。まさか、高橋や校長までもが買いに来てたとは…。
 東高校ってこんなところなんだと、ある意味感心したが。

「無理なら保健室でばんそうこう貰おう。まるで僕がやったみたいじゃないか」

「見えないところはお前だろうが」

「見えないならいいじゃないか」

 お前は不正に暴力を働く警察官か、裏金を受け取る政治家かっ。といっても堪えないだろうから止めた。それにいう気力がもったいない。

「それより保健室開いてんのか? こんなに朝早く」

「二日酔いで保健室に泊まったらしいよ」
 どんな学校だここは。 言っても仕方がない、ここら辺はチョッと変わった地域らしいし。
近所の早川(はやかわ)では毎年死人が出るし。河童を見たって言う奴もいるし。あるはずのない渡し舟を見たっていう話もある。
死んだはずの人間がふらふら出歩くなんてのも聞いたことあるし。
どれもこれも俺は体験したことはないが、よく聞く話だ。

レア物の”伝説のカメロンパン”を買いに行ったときに、高橋と校長を見たんだ。それだけでさっきのことよりスゴイ体験をしたと思ってる。

そんなとこにある学校で、メロンパンに猛ダッシュする教師がいる学校だ。保健で夜を明かした保健医がいてもおかしくない。

  (おかしいので、気付いて欲しい)



朝早くに校舎で音がすると意外と響く。
夜とは別の意味で誰もいない。

静かで良い。
と、おもっていたが。

「げ」

見知った人影を見つけてしまった。しかも、あまり会いたくない。
向こうも気付いた。

「いやぁおはよう。田所竜司」

嫌味ったらしい台詞をよくも朝から吐けるものだ。
肩まで伸びたロン毛を手の甲で流し、俺様カッコイイを自画自賛しているようだ。
今は自己陶酔してナルシス状態。この手の奴は嫌いなんだ。

「おはよう。珍しいな遅刻魔・夜昼火輪」
遅刻魔が朝も早くからいるのも珍しいが、苗字と名前の方が珍しい。
夜昼(よるひる)火輪(かりん)と女の名前に聞こえる偏見かもしれないが。
現在の妙な名前付けブームの先駆けかもの知れない。
その点に関して両親に感謝する、名前負けしてそうだが。

「おはよう。夜昼君」

「天もおはよう」

本人にしたら自己陶酔できるくらいに自分がカッコイイと思い込んでるんだろうが、俺にはどうも嫌味ったらしく聞こえる。
時々つけるポーズがそれに拍車をかける。

「どうしたんだい? こんなに朝早く」

天の質問に、大げさに手の平を額に打ちつけ、困った顔を作る。それが芝居がかっている。そこが余計だっての。

「それがね。どうもコンタクトを落としてしまったんだ! この完璧な僕としたことが!!」
 同じ台詞を天が言ったとしても、これ程殴りたいとは思わないだろう。

「はい」
 何気なく天がポケットからコンタクトケースを取り出した。

「そっそれは」
 そのわざとらしい動きがどうしても気に食わない。自分に酔いしれているそれが。  

 しかし、コンタクトケースを受け取る動きはとても自然。余分な動作は無くわざとらしくも無い。演技がかった動作ではない初めての動きだ。

「廊下に落ちてたのを拾っておいたよ。夜昼君の名前が書いてあったから会ったら渡そうと思って」
 にっこりと天使のような笑みを浮かべる悪魔。
 俺にはそう見える。
尻尾と角が生えてそうだ。
 いや、見えない、触れないだけで実際にはあるだろう。

「天君、君って奴はなんていい奴なんだ! アリガトウ!! このお礼はいつか必ず」

 そう言って天からコンタクトケースを受け取ると、礼をしてスキップでその場を去った。

「渡さなきゃいいのにあんな奴に」

 原型もとどめないくらいに粉砕されていれば良かったのに、内心思っていた俺はあまり面白くなかった。

「なんてこと言うのさ竜司」

 天が俺の両肩をおさえて正面から力強く訴える。
 同じような考えだろうと想像していたのでかなり面食らった。

「つけてもらわなきゃ面白くないじゃないかっ」

「…お前そんなに赤のカラコンが好きか」

 夜昼のコンタクトは無意味に赤い。
 本人が赤色が好きらしく、無駄なコンタクトは赤のカラコンを入れるためだけのものだ。目なんて誰も見ないだろうに、今の時代。

「ううん。嫌い」

首を横に振る。

「じゃあなんで…」

 その時、校舎中に響くような悲鳴が聞こえた。
 声の判断が付きにくいほどの叫び声。しかし、こんなに朝早くいる生徒なんて限られる。それに体育館の方向でもない、夜昼が去った方向だ。
 多分、夜昼の悲鳴だ。

にっと天が笑う。

「ほらね」