Clown of Crown
04
親切な編元 天からコンタクトレンズを受け取り、早速入れてみた夜昼 火輪は悲鳴を上げた。
嬉々としてコンタクトを入れた途端に灼熱の痛みが眼球を襲った。
性別の判断すらつかぬほどの悲鳴を上げているのに全く気付かぬほどに。それほど痛い。
必死にコンタクトを外そうとするがそこはコンタクトレンズ。平常時にもとるのに少し時間がかかるのに、瞬きをするほどに痛みが走り、涙を流すほどにむせ返り、鼻に抜け苦しい中で簡単にコンタクトは取れてくれない。
取れてほしくない時は簡単に取れてしまうのに、外したい時に限って取れてはくれない。
いくらのたうちまわろうとも、コンタクトは取れない。
しかも、取ろうとすると余計に痛みが増す、目だけが焼かれるような熱さがある。
PPPPi・・・・・・
ポケットから電子音が流れ、振動がつたわる。
その時だった、彼にとっての奇跡が起きたのは。
たった一本の電話、その着信音に彼は救われた。
設定してあるこの音楽を聴くと心蔵が高鳴る。その人だけの着信音だから。
今までのた打ち回っていたのもなんのその、夜昼は痛みに耐え、コンタクトを外し、呼吸を整えて、携帯電話を取り出し通話ボタンを押した。
「もしもし」
『急いで本部の方に向かえ』
麗しい声だった。聞くだけで全ての苦痛から開放され、天にも昇るようだ。
それが例え相手がどれほど嫌がり、命令しているとしても。夜昼にとっては恥かしいだけなのだと脳内変換する。
だから彼は元気良く姿勢をただし返事をする。
「はい! 太陽の使者・フレアマン只今参りますっ!」
『――っ』
既に切られているとも知らず。
保健室で湿布を貼っていた天と、貼られていた竜司は早めに登校してきた生徒の中を逆走して校門へと走る夜昼の嬉々とした姿を見つけて呆れた。
「登校早々下校か。来た意味無いな」
「そうだね。それよりよく走れるね夜昼君」
最後の一枚を乱暴に貼り付けると、ゴミを片付けて窓に近寄る。
もう夜昼の姿は見えない。
くるりくるりと自分の周りを衛星の如く回るメカメを、鞄の中に押し込もうと苦戦している竜司は目が回りそうだった。
昨日からだ、昨日から妙なことが起きている(気がする)。
あまり話したことがない芝 茉利亜にメカメらしくないメカメを託されるし、メカメは動き出した途端に暴れるし、送られてきたレモンを離さないし、夜昼に朝早く会うし、絹を裂くような悲鳴が聞こえたし・・・・・・。
一体何なんだ。
きっと厄年か厄月か厄日なんだ。誕生日はまだきてないから15だぞ俺は。男の厄年って何時だっけ。
「竜司? 考え事」
天の声で我に返った、急に上げた顔にメカメが丁度後頭部にぶつかった。
俺が一方的に吹き飛ばされた。
「っぁあ」
よろめいたがふんばってなんとかこけずに済んだ。
・・・・・・が、かなり痛い。
「大丈夫かい? 僕の仕事これ以上増やさないでよ。片付けたんだから」
「おい。お前一回コイツの頭突きをうけろ」
素材が明らかに金属なので痛い。しかもそれだけではなさそうだ、何で宙に浮いている相手に地に足を付けている俺が負けるんだ。
「いやだね。痛いじゃないか」
こいつはっ。
「それより。メカメどうするんだい」
「レモンと一緒に鞄の中にいれておく」
なぜかレモンを手放さないメカメ。よほど気に入っているのだろう、今もビニール袋の中はレモンが2つ3つ入っているようだ。
無理に引き離せば、多分昨夜のように暴れる。それは周囲にも自分にも迷惑、できれば避けたい。
「そうじゃなくて、これから」
そんなことも分からないのかい? さっきの頭突きで馬鹿になったんじゃないのかい。
目は口ほどに物を云う。
眼鏡越しにでも悪口が伝わってきた。
「うっあっあぁ……それは」
全く何も考えていなかった。
そういう言い訳を天は許してくれるとは思えない。…とうか、天に許してもらう必要もない気がするんだが、眼鏡の奥から-193℃程度の視線で蛇に睨まれた蛙状態の俺にはあまり関係はなかった。
一体どこからこの威圧感は出ているんだ。
「柴さんには戻せないし、僕の家には伏丸(ふせまる)がいるから嫌だよ」
「誰もお前に頼まねぇよ」
しかし、困った。無理にでも柴に頼み込んで返品するつもりだったのに、天に釘を刺されてしまった。どうしたものか……。この先生に怒られてます小学生状態の俺。
「一体どうするのさ?」
これまでにない威圧。どうするといったって、選択肢のない俺にはどうすることもできないのだろう。同じ年の奴に威圧されて、これからの学校生活や社会生活どうなる。
頭を思いっきりかきむしった。
「くっそー。わかったよ俺ン家で飼うよ! このメカメ」
選択肢が他に探せたとしてもだ、天はそれを全部叩きつぶす気だ。そんな気がする。
フッと天が笑った。後ろを振り返り、一言。
「柴さん確約取り付けたよ」
「ばっちり聞いた」
教師が寝ているとばかりに思っていた布団から、ひょっこりと顔を出したのは柴 茉理亜だった。俺にメカメを送りつけた張本人だ。
「んなぁっ! 柴なんでこんなとこ…ということは天~」
状況がわかってきた。つまり、天は柴の前で俺がメカメを預かると言わせたかったが為にこんなことをしたのだ。
「なんだい? 竜司」
天はニッコリと笑った。
柴が慌てたように布団から飛び降り、天の前に立ち謝ってきた。
「ごめんなさい。これは違うのよ! 私から編元君に頼んだの。編元君は全然悪くないの」
そう言って少し涙目になって訴えるのだ。
しかし、頑として俺は譲らない。
「じゃあ何か、柴は天に俺の腹を殴るように指示したり、家に不法侵入したりするのを指示したのか?」
柴の眼は点になった。そうして言った意味が理解できたのか、振り向き後ろの天を見る。
やっぱり柴は良い奴だ。絶対天が勝手に行動したんだな9割方。でも、自分が頼んだんだから非難もできずどうしたものか迷っているな。
「そんな事したの? 編元君」
嘘であってほしい、そう聞こえるような声だ。
内心穏やかではない柴に対して、天はまた笑う。
お前の表情の選択肢は笑うしかないのかっ。
「まさか、そんな」
「嘘よね。よかった」
柴の肩の力が幾分か抜けた時だった。
「何時ものことだよ」
含み笑いがあった。
流石の俺も、ここまで天が酷いとは思わなかった。
俺の嘘だとか妄想だとかではぐらかすかと思ったら、油断させておいて奈落に落とすかこの性悪め。
何も悪いことを企んだり、実行したわけでもないのに、柴は後ろめたそうに落ち込んだ。可哀想だ。相手が天なだけに更に可哀想だ。言い返したいのに礼儀を知るから言い返せない。
人選をミスったな、それが最大の汚点だ柴。
「まぁ気にするなよ。そいつの不法侵入も暴力もお前の所為じゃないって」
「……田所君」
大きな瞳を潤ませて、今にもぼろぼろと大粒の涙がこぼれそうだ。
なんか、被害者のはずの俺が加害者になった気がする。何故だろう。
原因は一つしかない。
「悪いの全部、天だし」
学校で渡せばいいものを、わざわざ家に不法侵入して置いて帰って、何の理由もなく殴ったのはこいつ一人の行動だしな。
「僕を悪者みたいに言うじゃないか。柴さんから渡されたのが昼休みの終わり頃で、次の時間から実験で忙しくて渡せなかったのを放課後に渡そうとしたけど、高橋先生と校内鬼ごっこして逃げ回ってたのはどこの誰だい?」
力説する天は怒ったような調子でまくしたてる。
実際には怒っていないのだろうが。
「俺だけど」
「ほら、僕が渡す時間なんてない」
腕を組んで、僕の勝ちだと言わんばかりに天はエバル。
「でも、放課後俺が逃げ回ってても足引っかけたりして無理にでも止めたことあったよな。昨日も廊下で何回かすれ違ったろ、最低4回はすれ違ったぞ」
俺の記憶力をなめてるな。
道には迷っても、相手の名前と顔は2回も見聞きすれば覚えるんだ。覚えたが勝ち、今じゃあ全校生徒の半数の所属部とクラスを覚えていると自負するぞ。
昨日話した相手だってしっかり覚えてる。…友達が少ないからなんだが。
「鞄を持ってなかったんだよ」
「そうだな足元に置いてあったな」
表情は変えずに、指を悔しそうに鳴らした。
「残念。そんなことまで覚えてなくていいんじゃないかい?」
今度は俺が腕組みをして勝ち誇った笑みを作る。
「柴、悪いのはやっぱり全部こいつだ」
「というか、田所君がすごいよ記憶力」
感心半分、呆れ半分といったところか。すごく微妙な顔をしていた。
「本当に仲良いんだね。編元君と田所君」
その言葉が耳から脳に到達し、脳内で分解して構成して再び分解し構成しなおすのに少しの時間がかかった。
「そうだね。僕が一番竜司と仲が良いから。次は高橋先生あたり」
「…は?」
聴覚が受付たくないような言葉が連なり、頭の中が次々と白くなっていく。たぶん今頭を開いてみたら白カビが生えたような状況なんじゃないだろうか。
いや、実際はそうじゃないんだろうけどさ。
「そういえばそうね」
納得したような笑みを浮かべ、柴はしきりに頷く。
柴の中で、俺が間違った人物像にされていく。それは止めなくてはいけない。
「それは絶対に違うぞ」
慌てふためきとはこのことだろう、必死に説明をしようとするがどこをどうしたらよいのやら、頭の中で組み立てても直ぐに崩れてしまい言葉にならない。ただ表情だけが難しくなっていく。