Clown of Crown
05





 どこをどう見ても、仲良しにしか見えないんだけど。
 仲良しのレベルが高校生にしては低いようにも見えるが、あまり気にしないでおこう。

 田所君も編元君も案外周りと溶け込んでるように見えて、全然溶け込んでないからなぁ。私だってちょっと浮いてるけど、その私からってことはよっぽどってことかな?

 田所君記憶力異常なほどあるし、体力も元陸上の高橋先生から逃げ切れるくらいあるし、頭だっていいのにテストの答案を問題用紙に書いてよく先生悲しませるし。
 編元君も田所君と張り合えるぐらい体力も頭もあるし、天然がないからさらにいいんだけどちょっと腹黒かったり、猫的な所があるから。
 なんか普通の高校生っぽくないのよねぇ。


 …うちの構成員になってくれたら面白いのに。
 でも、部下が同学年の知り合いってのもなぁ。向こうにしたら上司が同学年だし、それって難しいよね。

 
 やっぱりメカメはこのくらい忍耐力があって、不思議系の田所君じゃなきゃ無理よね。編元君じゃ断られるの分かってたし。田所君って押しに弱いし。

 ちらりと竜司の鞄から顔だけを出しているメカメを見た。何の表情もうかがえない。

 大切にしてもらいなさいよ。元・対フレアマン用兵器。
 心の中でそう語りかけると、メカメがこちらを向いて不思議そうだった…そんな気がした。

 明らかに私を見つめているメカメ。一体何なんだろう。製作したのは鳥羽さんだし、起動したのは田所君、私はメカメに今の今まで知られるようなことはしてない。なのに何故私を見るのよメカメ。それとも、カメロンパンの影響かしら…。

「どうした? 柴」

「えっとそのメカメが見てるんですけど」
 不審そうに鞄から顔を出すメカメの視線方向を田所君も編元君も確かめる。確かに私の方向を見ている。

「柴さんリップクリーム付けてる?」

「え? まぁ」
 
 リップなら持ち歩いている。唇が切れると何かと支障があるので常に鞄とポケットにある。
 ポケットの分を取り出す。
「…これ?」
 リップの外装にはかわいいデザインがあり、味と匂いのあるものだ。
 黄色いレモンが味と匂いを表していた。

「「それだ」」
 二人して同じことを息もぴったりに言う。やっぱり仲が良いんじゃない。

「ところで柴さん。すごく今更だけど夜昼くん見たよ」
 今更だった。竜司から茉理亜を隠さなくてはいけなかったし、竜司との話に気を取られていた天は今になって伝えておこうと思っていたのを口にしたのだ。

「本当?!」
 柴は飛び上りそうだった。こんなに朝早くしかも、天から火輪のことが話題に出たことに驚いたからだ。

「俺も見たぞ。そこの廊下で天がコンタクトレンズ渡したらあいつ小躍りしながらどっか行ったぞ」
 なぜ小躍りしながら?! と茉理亜は一瞬考えたが、そんなことは今大事ではない。今火輪がどこにいるのかが重要なのだ。




「どこどこどこっ」
 竜司がちょっと驚いた顔で窓の外を指し示した。

「グラウンドっ?」

 首を横に振る。ではどこに? 今の茉理亜は走り出してしまいそうな勢いがあった。

「いや。さっき叫び声がしたろう。それ」

「そうそう。よくあのカラコン入れて元気に走り去っていったよね」

 楽しそうに笑う天の「あのカラコン」という言葉に茉理亜は引っかかりを覚えた。
 確か昨日、天は生徒会室の前で夜昼のコンタクトを拾った。それを本人に届けるとも言っていた。それから夕方頃にうちのスーパーに来てタバスコを買って帰る本人と話をした。そのポケットにまだコンタクトは入っているとも言っていた。
 明日、渡そうと…。

「編元君。昨日のタバスコどうしたの?」

「うん。面白いよね、タバスコって濾すと色が少し残るけど透明なんだよ。知ってた?」

 竜司が、あぁと納得した。
「……まぁいいわ! 生徒会長走って行ったのね? きっと眼科ね」

 そう言うなり、柴も走っていってしまった。

「生徒会書記も大変だね。会長がいっつもいないから確保に余念がない」

「うちの生徒会長は柴の方が合ってるだろ」

 柴は近くの眼科まで追いかけていくつもりだろうか? まさか、そんな奴じゃないな。今日の生徒会が中止になるか、そんな連絡に走っただけだろう。

「ところで竜司。保健の先生戻すの手伝って」

 振り返ると、部屋続きの扉からいびきをかいている白衣姿を天が引きずっていた。
 柴を隠すための冗談だと思っていた保健室の住人が、本当にいた。
 いや、マジでこの人泊まったのかっ。




 死体を運ぶ手伝いをしているような気がしてならない田所竜司は思った。これ、いびきかいてるから生きてるよな…殺人ほう助じゃないよな? この状態でよく平気だよなこの人。
 黒いサンダルのような履物が落ちないように、慎重にソファーに寝かせる。それがなんとも重く面倒だった。
 天は一人でこれをやったのか? 下ろすぐらいは簡単そうだが、どうやって引っ張って行ったんだ? 案外、細面だが力持ちの天にしばし感心した。
「ふー。これで安心だね」
 額に浮いてもいない汗をぬぐうと、天は君も共犯だよといった目つきでほほ笑む。

「…俺はこんなことしたくなかったんだ」  

 自分の言葉がやけに恐ろしかった。

「なにを言っているのさ竜司。仕方のないことさ」
 もうここに用はないとばかりに天は俺の鞄を勝手に持ち去ろうとする。
「いや、待て。俺は手伝いたくてしたんじゃないからな。そこだけはしっかりと覚えておけ」

 天は少しばかり肩を上げて、溜息をついた。
「君は、手伝ったんだよ。明らかに。そこはしっかりと覚えておいてほしいな」

 ニィと口の端だけを上げて笑った。半月のような口元に反して三日月のような眼は笑っていない。顔の表面だけで奇妙に笑っているようだ。
 それが、本人独特の心からの微笑と知っていても恐ろしかった。

 その顔がドアの向こう側に消えると、息が漏れた。
 ほんの数秒の出来事だが息ができなかった。なんて奴だ。

「んで? 用事は済んだか? 竜司」

「ん? まぁね。ってか起きてたのかよっ」

 背後のソファーからさっきまでいびきをかいていた保健室の住人が起き上がった。

「まるで人を死体みたいに扱いやがって。スコップでも持ってるかと思ったぞ」
 ぼりぼりと頭を掻きながら、上体を起こした保健室の住人、いや主。は少なからず怒っているようだ。
 朝の朝っぱらからソファーから引きずり下ろされたり、戻されたりしたのだしょうがないだろう。

「まぁそれはいいとして…お前、鞄いいのか? あいつ持っていったまんまだぞ」

「あっ」
 俺は保健室から走り出た。
 天を捕獲するのにはそれほど時間はかからなかった。
 教室に入る寸前のところで、手にしていた俺の鞄を奪い去り、そのまま勢いに任せて逃げた。逃げたんだ実際。奴が追いかけてくるのはわかりきっていたからな。
 
予想外だったのはそれに朝っぱらから元気な風紀委員と陸上部、後なぜか高橋が追尾に加わったことだった。校内を走るのはいけない、それは知っている。が、捕まったら殴られる(天に)。
 
 個人鬼ごっこは1時限目が始まる直前まで続いた。

「…田所」
 担当が俺の名前を呼ぶ。しかし、俺は席にいない。
 ちらりと廊下を見ると、走り回る生徒と教師。
 いい加減諦めろ! お前ら授業どうした?!

 誰か助けてくれ! 俺は無遅刻無欠席を維持してる。邪魔をするな!

「田所欠席」
 担当の教師が主席簿にボールペンで書き込もうとする寸前だ。

 廊下の窓から走り飛びこむ俺。それはまさにトビウオの図。
「見てるんなら止めろよっ」

 これで欠席扱いされたらたまったもんじゃない。俺は確かに朝からいるぞ現在ここにいる生徒、教師が証明してくれるはずだ!

 悪態をつきながらも席につく俺に、周囲から暖かくもない拍手とある種の侮蔑の視線が投げかけられる。

「いや。あんまりにも楽しそうだったから」

 教室が揺れるような大爆笑の意味が俺には分からない。


END