完璧彼女を造りましょう

1.私は愛と呼びましょう





 それは確かに、愛と呼ぶべきものなのでしょう。

 例え、他の誰が歪んでいると言っても、私は愛と呼びましょう、呼ばせてみせましょう。私自身が歪んでいるのですから、他の私の部分が歪んでいても仕方がないのです。そう、それは当然なのです。

 他の誰にも理解してもらう必要は全くない、ただ一人にだけ心から理解してもらえれば私は一向に構いません。

 私が生まれた理由、存在理由。それを、私はまだ完璧に理解してはいません。

私には経験が不足しているのです。だから私は私以外に訊ねました。私との出来事や想いを。それは私が生まれる前の出来事を知る事でもあります。生まれる以前の経験していない記録を重ねる事は難しく、私はこの日記を書いて私の中で整理する事に決めました。

 まず、ラムダが私の頭蓋骨に頬擦りする以前から始める事にしましょう。  初めて私がラムダと出会ったのはラムダが小学校という施設に通っている時だったそうです。小学校とは幼い児童が、勉学の為に金銭を払い、知識を蓄え多数の経験を積む施設だと聞いています。今のラムダからは想像もつかない、小さく幼いラムダが初めて私に出会った時、ラムダは心臓が止まりそうになる程、私に目を奪われたのだと言います。

 私はその時の事を全く記憶していません。

 私が覚えていない事に、ラムダは心底残念そうに眼を伏せます。そんなラムダに妹のイオタお嬢様が仕方の無い事、とその度に言い聞かせています。ラムダよりも頭一つ以上小さなイオタお嬢様が、です。

「本当に、君は綺麗だった。今の姿も嫌いじゃない、でもあの時の衝撃は二度と感じられないだろう。きっと、あれは初恋と言う」

 何度も溜息を吐いた後にラムダは言うのです。それは、今の私がまるで綺麗ではないとでも言いたげに。

そんな事は絶対に言わせたりしません。例え、誰が言おうと気にも留めません、でもラムダがそれを口にする事は私が許しません。そして、ラムダも決してそんな事を口から出したりしません。

 ラムダが人生最大の衝撃を受けた時、確かに私は目の前に居ました。そう聞いています。

その場にいた誰もが証人で、今でもハッキリと記憶している者が何人もいるのです。それ程ラムダが最初に私へ掛けた言葉が衝撃的だったのです。

 それは丁度、教師が資料室の説明をしている時だったそうです。教師とは小学校で幼い児童に知識や一般常識という社会に必要だとされるものを擦り込む役目の者です。小学校だけではなく、それ以上の学業施設でもそういった役目にある者です。

 私は、ラムダに私を紹介した教師に今でも感謝しています。

 資料室に数人の児童を連れ、その部屋の役割を説明していた教師は棚の一つに手を乗せて、小さな児童に面白い物だと言って資料を手渡しました。それは透明な石に閉じ込められた花の種でした。

「もしかすると、この種を土に埋めてやると花が咲くかもしれないよ。千年花の種だからね」

 石の中にあっても分かるのだと、背の高い教師は語ったそうです。教師は他にも数々の資料を並べて、壊さないようにと一言注意して、児童達に部屋を自由に見て回るようにと手を叩きました。

 ラムダもゆっくりと部屋の中を見て回ったそうです。ラムダの目には変り映えのしない物、面白い物などなかったそうです。なぜならご両親の書庫や倉庫で見た事のあるものばかりだったそうですから。

 一通り児童が遊び終えた時、教師がまた手を叩いて、子供のような表情をして児童を集めたそうです。

「さぁ、皆さん集まって。この資料室で一番面白い物を見せてあげましょうね」

 児童の視線が教師の持ち上げた箱に集まりました。ラムダも仕方がなく、興味の無い視線を送ったそうです。

 教師が箱から中身を取り出した時、児童からは悲鳴と歓声が上がったそうです。当然ですが、ラムダは歓声を上げたそうです。

「年の頃から言って、皆さんよりも少し年下でしょうね。ベータ二六.九八さんです。ほら、ここの繋ぎ目で成長の度合いが分かるんですよ。ね、良く出来ているでしょう」

 子供のような悪戯な笑みを浮かべて教師は児童を安心させようとしたそうです。教師は冗談を言ったつもりでした。それを心底嬉しそうに否定したのがラムダだったそうです。ラムダは本当に嬉しかったのだと、今でも目を輝かせて語ってくれます。

「違う、年上。先生の指している所、そこの凹みが人間族の証拠。顔だってもう出来上がってる、小さいけど年上の人間女性の頭蓋骨。正真正銘の人間族の頭蓋骨」

 教師の手から床に滑り落ちそうになった私を抱きとめたのがラムダでした。

幼いラムダの腕の中に、私はスッポリと収まってしまう程に小さい、子供と間違われる程でした。もっとも、子供の物だと言った教師の頭は大きく、人間族の頭蓋骨など子供の物と間違えても仕方がない小型の巨人族です。

 その後、ラムダがあまりにも真剣に鑑定を頼むので、仕方なく小学校では大学に私を送って調べたのだそうです。

 ラムダの推測は当たっていました。

 私はその時に一部を削られ、調べられたそうですが、それを覚えていないので痛かったのかどうか分かりません。もし、痛かったのなら、覚えていなくて良かったです。

 ともあれ小学校で私はラムダに出会い、現在はラムダと同じ屋根の下に住んでいます。

小学校では、全く心当たりの無い私に困ったそうです。資料室の備品として扱われていた私ですが、どうにも戦争の混乱期で損失したデータの一部に記載があるらしく、一体何時、誰が持ち込んだ物か分かりませんでした。そもそも持ち込まれたのか、忍びこまされたのかも分かりませんでした。

唯一、私につけられていた番号、ベータ二六.九八でさえ意味が分からず放置されていた状態だったのです。ベータという目録があったという事が推測されましたが、消失しているために推測の域は出ていません。

 何度も語りますが、私自身覚えていません。ラムダと出会った瞬間すら覚えていないのです、それ以前の記憶など有りません。

 ラムダが発見者という事もあり、小学校に帰ってきた私の所有権をラムダは主張しました。小学校も本物の人間の骨を置いておくのが嫌だったのでしょう、私をラムダに譲渡してくれました。

幼いラムダは大事に、大事に私を抱えて帰宅したそうです。

 家に帰り、わざわざ私の為にと柔らかい布と、透明なガラスのケースを用意して私を机の上に飾り、毎日のように月光浴をさせてくれたそうです。その証拠に、今でもそのガラスケースと、柔らかくなくなってしまった擦り切れた布を大事に残してくれています。

 幼い、それを除けば狂気の沙汰です。

 人間族の、ラムダにしてみれば同種族の、骨を愛おしく抱きしめる。私が劣化しないように月光浴程度に留める。それが生きている者ならともかく、一体どこの誰の骨とも分からぬ死体の一部と、です。どこの誰の物と分かっていても私は嫌です。

 その後、成長したラムダはもう幼くはなくなり、立派な青年になりました。

 鼻筋は通り、左右の均等のとれた顔、それだけではなく切れ長の目と薄い唇、確かに美しいと形容される青年になりました。作る表情もどこか物憂げで、それが花のように人を魅了するのだと、ラムダを好んでやって来る女性達が言っていました。ラムダの顔が基準である私には理解しえない戯言でした。

 年頃になったラムダに近寄る女性は多くなり、それを利用する友人も出来ました。年を経て多くの経験を重ねても、ラムダは未だ幼い頃からの狂気を抱いていました。そして、無駄に年を重ねただけではなく、その狂気を内側で収められない程に壊れていました。一般的に壊れていると形容するようです。

 ラムダの狂気を実現させる第一歩となったのは、イオタお嬢様でした。ラムダという兄想いのイオタお嬢様ですが、その時は全く関係が無かったそうです。

「兄さん、見て! 動いたの」

 その頃イオタお嬢様はご両親のお土産に大変熱を上げていたそうです。いえ、違います。今でも熱は続いています。

 ラムダとイオタお嬢様のご両親は、許可を得て古代の遺跡を探索、調査を行っています。時々、許可を得ていないのに探索を行っているのは秘密です。ある時、ご両親がイオタ様にお土産として持って帰ってきたのが、私の原型にもなるファイです。

 ファイを動かす事に成功したイオタお嬢様は、いたく感動してラムダにしがみ付きました。そうしてラムダを連れて、ほんの少し首を上下に動かすファイを見せたのです。

 イオタお嬢様はファイの周りで飛び跳ねて、ファイを自慢したそうです。

イオタお嬢様が喜ぶ様子に、ラムダもファイに近付いた所、ファイから一条の光線が放たれ、ラムダの髪の一部が焼き切れました。その場でファイは強制的に一時停止され、光線を放った部品を取り外されたそうです。今もその部品は外されています。全ての部品ではありませんが、脅威は一時的に取り除かれたのです。

 ご両親のお土産であるファイは、古代遺跡から発見された対生物用兵器です。

お母様が発見された時には機能は完全に停止していたそうです。ファイの文献を調べ上げ、正体を突き止めたのはお父様だそうです。理論上、再起動は可能でしたが、現実的に再起動させることが無理だと宣言され、保管されるだけだったファイを持ち帰ったのがご両親でした。多数の圧力と権威を振り回したそうです。

 そんな経緯でイオタお嬢様の下に来たファイですが、古代兵器ということでその機能は現代の物とは全く異なるらしく、全貌は今でも不明です。

 そのファイの部品を現代の部品で代用しつつ、危険な部品を取り除き、動く機能だけを搭載したのが私です。その為、ファイのような滑らかな動きは未だできません。動きを完全にするためにイオタお嬢様は日々私の手入れをしてくれます。

 私とファイを観察しながら技術の応用を考えているそうです。私としては何らかの形でラムダとイオタお嬢様、ご両親のお役に立てるのなら幸せです。

 ファイが動いたことをきっかけに、ただ触れて見つめるだけではなく、動く私とも触れたいと決心したラムダは行動を起こしました。

ラムダなりにコッソリと、それでも確実に、完璧な私を造るために。  青年になったラムダは幾つもの学年を駆け上がり、最高学府まで進級しました。そこは通常なら五年以上後に入るはずでしたが、ラムダの頭脳はご両親に負けない程素晴らしい物だったので、通常よりも早く入る事が出来ました。

最高学府というのは、学業が行える最高の機関で、専門的な物事を学ぶことが出来、政府に関わる多くの者を排出していることで有名でした。

 最高学府には様々な者が集まります。人間族だけでなく大きな巨人族から小さな妖精族までが多数集まり、不思議な空間を作り上げています。

 世界には多数の種族が存在しているのだと実感する空間でもあります。

 多くの学生がいるなかで、物静かなラムダにも仲の良い友人ができました。タウという気の良い獣人族の男性が、最高学府でラムダが最初に作った友人です。私から見ても、タウは良い友人ですし、時折花を持って家に来てくれます。獣人族は人間と獣の間のような種族で、タウの鼻はよく利きます。

 もう一人、人間より少しだけ長寿で耳の長い森貴族が悪い友人としてラムダと一緒にいます。ラムダと一緒にいれば金銭になるのだと言って、まとわりついているようです。

でも、ラムダで得た利益はしばしばラムダに徴収されています。嬉しいことに、それは甘いお菓子や紅茶になって返ってくるので、イオタお嬢様も私もお菓子を歓迎しています。

 ラムダが言う難しい話によると、戦争以前の時代それぞれの種族は明確な個性を持っていたのですが、戦争中に数が激減した為に繁殖能力の高い人間族や、生命力の高い種族との交配を行った為に、全体として人間族に近くなってしまったそうです。人間族は繁殖能力が高い特徴があるだけで、他の種族と比べて短所もなければ長所も無い種族だそうです。

よく分かりません。

 とりあえずファイや私を除いたそれらの種族を人間、人と呼ぶのだそうです。対生物用兵器であるファイは古代兵器と呼ばれています。見た目は人間と全く変わらないのですが、中身が違うそうです。私の中身も違うそうですが、見たくはありません。実はファイの中身を見た事があるので、自分の中身も想像できますが、あまりしたくありません。

 ファイと私は特別製ではありますが、だからといって特別視して欲しくはありません。原材料は似たようなものです。

 最高学府では友人を得たラムダでしたが、本来の目的は最高学府卒業の証でも、特別な技能を身に着けるためでもありませんでした。