完璧彼女を造りましょう

2.今日のラムダへの献上品





 ラムダはその日、ある計画を実行しようと考えていました。

「ラムダ。食べないなら、それをくれ」

 大量の本に埋もれるようにして読書をしていたラムダに、タウが声を掛けるのはいつもの事でした。

ラムダは毎日のように学府にある書館に入り浸り、許可を得て禁帯出の本を読んでいました。禁帯出の本は学生が触れても良い物ではありませんが、優秀な頭脳で修めた学業に対する学府側の評価と、その無表情な顔で司書を説得したそうです。

 その説得に役立ったのが、ラムダにいつもまとわりついている森貴族のイェプシロンでした。ラムダと一緒にいれば金銭になるのだ、と言う割に偶には役に立つようです。

 本を読み耽るラムダの近く、本に隠れるようにして置かれている食べ物もいつもの事でした。誰かしらが勝手に置いて行き、いつか見つけて食べてくれる事を望んでいるのです。しかし、見つけるのは大抵タウです。食べるのもタウです。

 誰が作ったのか、置いて行ったのか分からない物、そんなお菓子をラムダは食べる気になれないのだそうです。

「ついでに、これも食べるかい?」

 本を寄せて、甘い匂いのする包みに手を伸ばしたタウ。そこへ更に大きな包みを置いたのがイェプシロンでした。

「今日のラムダへの献上品。これがリスト」

 大きな荷物を抱えたイェプシロンは、重たそうな荷物を本の上に置きました。イェプシロンへ司書が批判的な視線を送りましたが、一向に気にしていないようでした。

 タウが荷物の中から多彩な包みを取り出して、本で既に狭くなった机を更に狭くしました。甘い匂いのする包みの中身は、どれも軽食には丁度よさそうです。舌を少しだけ出して、タウは甘い菓子を想像していました。

 イェプシロンがラムダに小さな紙切れを渡し、ラムダは丁寧に折りたたまれた紙切れを開きました。それには小さな文字で、等間隔に名前が羅列してありました。

 名前を一通り確認し終えたラムダは、溜息一つ、手にしていた本を直ぐ後ろの本棚に片付けました。更に、うず高く積まれた本から荷物や包みをどかして、丁寧に本を片付けていきます。

 タウとイェプシロンは手伝いません。禁帯出の本を勝手に触れてはいけないのと、触れるにはラムダがしているような特殊な編み方をされた手袋が必要で、手袋無しで触れると時として本に食べられてしまうからです。指先が齧られたり、本に住む二次元平面の生物に二次元に引きずり込まれたりするからです。禁帯出の本は多種多様な理由で禁帯出にされています。

「丁度、小腹が減った時間だろう? ラムダ、カフェテラスへ行こうじゃないか」

 舌なめずりと同時にタウが言いました。タウは並べたばかりの包みを仕舞い、イェプシロンの大きな荷物にも視線を送りつつ、ラムダを軽食へ誘いました。

 小さくラムダが頷くと、イェプシロンはタウにも荷物を渡して一足先にカフェへと向かいました。それはいつものことで、イェプシロンがカフェでの指定席を先に占領しておき、ラムダがそこに座るという情報を売るのです。そんな下らない情報でも、ラムダの物であれば売買の対象になるそうです。

 その日もラムダが指定席に座ると周囲からの視線が集まったそうです。大きな荷物を抱えたタウが一緒なら仕方のないことなのかもしれません。

 三人が座るには丁度いい机に様々な包みを広げ、開封する前にタウが鼻を寄せて中身を確認していきます。慣れた様子で一つ一つの匂いを確かめてゆき、中身を口にしながら選別します。

「これはチョコレートケーキ、木苺のタルト。塩の利いたビスケット、砂糖の塊。おっとこいつは、毒キノコ入りだ」

 タウが開封前に危険な品物を匂いで識別していきます。人間族のラムダや、森貴族のイェプシロンには嗅ぎ分けられない微量な匂いも、獣人族のタウなら嗅ぎ分けられました。

日々、多くの贈り物が届くラムダにとってタウの嗅覚はとても有難く、危険を回避するのに必要不可欠だ、と今も語っています。

 一通り識別を終えた包みをタウは開いていきます。そして、机一杯に広げられた贈り物を眺めてどれから食べようかと舌なめずりをしました。先に手を出したのはイェプシロンでした。イェプシロンも甘い物は大好物でした。

 自分への贈り物を食べるタウとイェプシロンを余所に、ラムダは持参している小さな箱を取り出し、中身を一つ取り出して口に運びました。

それは甘い焼き菓子で、その日は少し焦げた味がしました。

イオタお嬢様が毎日ラムダに焼いている物で、ファイが動き始めてからはファイの動作練習も兼ねてイオタお嬢様とファイが焼いていました。今では、ファイが料理を焦がす事はありませんが、その頃はまだ時々焦がしていたそうです。

 ラムダは贈り物でも、誰が作ったのか分からない物を食べる気はありません。贈り物は時にタウが除外したような毒物が混ぜ込まれている事があるからですが、正直に言えば気味が悪いという事でした。古代兵器が作った物は食べても、他人が作った物は食べられないそうです。

「おや? これはタウ宛てだ」

 イェプシロンが開けた包みには、小さくタウへの手紙が入っていました。

「珍しい、俺へか。それは食べなきゃならん!」

 ラムダへ渡るようにしておけば間接的にタウへ届く事を知っている者は、ラムダへ送りタウへ届ける事があります。それは直接タウへ手渡す勇気もなく、ラムダへは誰もが送っている為に怪しまれない事からです。

 タウへ届いた手紙には幼い文字で、『ありがとうごいざました』と書かれていた。

 手紙の署名に苦笑したタウは大事そうに手紙をポケットに仕舞い込み、包みの中のクッキーを一つ頬張りました。

「誰から? 人気者」

 イェプシロンが眼鏡越しの好機の目でタウを見つめました。訊ねたもののイェプシロンには大体の想像がついていました。

「一昨日、川で溺れていた子供からだ。字が間違ってる」

 それはイェプシロンが想像していた通りの答えでした。

 タウが水泳の苦手な子供に泳ぎを教えたのは、その日の一昨日でした。別段、タウは泳ぎが得意な方ではありませんでしたが、どうしても泳げるようになりたい、と同じ獣人族の子供にせがまれたそうです。

 獣人族と一括りに言っても多様です。泳ぎが得意な者がいる反面、全く泳げない者もいます。タウに頼んできたのは全く泳げない者でした。それでも友達に負けないようにと特訓を一人でしていた時、溺れかけた所をタウが助け、水泳を教えることになったのです。