完璧彼女を造りましょう
5.「今夜、暇?」
ラムダは表情を動かさずに背中を向け、備え付けの本棚から更に三冊の本を取り出しました。
一つは学府の詳細な地図帳、入学者全員に配布されるそれは広い学府内で迷子にならないようにとの親切心から生まれた本ですが、その厚さから入学時の無駄に長い学府長挨拶で枕代わりに使われるだけです。
学府には幾つも施設が存在し、全ての学部が同じ地域には収まらず、ラムダが通う施設以外にも多数の施設があります。
地図帳は各施設の周辺地図も合わせて、地域名を探すだけでも苦労するような厚さになり、活用する者は多くありません。各施設には親切で分かりやすい地図が設置されているからです。その地図があっても迷子者は多発しているのが現状です。
他の一冊も地図が掲載されていましたが、こちらは現在利用されているものではなく古地図と呼ばれる古い地域名を記したものでした。
最後の一冊は現在の名称と古い名称を記したものでした。これにより現在と古い地図を繋ぐことが出来ました。
古地図に興味を引かれたのはタウでした。ラムダに了承を取って、恐る恐る最後のページをめくり、本の年齢を確認しました。本はラムダより、タウよりも、イェプシロンよりも年上でした。
「これは、博物館級の代物だぞ。書館から借りたのか、それとも黙って持ち出したのか?」
タウは傷をつけないよう本を金属のベッドに置き、上目遣いに立ったままのラムダを見つめました。
「父から借りた。書館にある本は修繕が終わってなかったから」
ラムダのお父様は本の収集が趣味で、書斎の半分以上が本棚で残りの殆どが通路です。机は本を積み上げる場所として機能しています。本と本棚を取り除けば、残るのは埃と椅子だけだと帰る度に言っておられます。そして、帰宅する度に新しい本が増えています。
古代遺跡を探索、研究されているご両親はその知識を可能な限り集め、集積した知識を本として残す作業を続けています。
ラムダの言葉に安堵なのか、ただの溜息なのか、タウは短く息を吐き出しました。
「ラムダ、考古学部でもないのに、こんなことを調べていたのか。しかも、考古学部の連中が見たら心臓と交換してくれとでも言いだしそうな物まで持ち出して。この二冊だけでも、存在を知られれば盗みに入られるぞ」
イェプシロンの言葉に、ラムダの気持ちは多少揺れました。「心臓と交換」、新鮮で若々しい臓器が合法的に手に入る。でも、それは一瞬でした。お父様の本は、新鮮で若々しい臓器一つでは安過ぎると知っていたからです。
ラムダは心臓一つよりも高い本を開き、現在の学府の場所を示しました。
「文字の欠損した数と残された部分から埋葬された場所を推測した」
学府が建設されている場所は古戦場近くで、その為の慰霊碑と墓地があります。元々は最前線基地の一つだったそうです。ご両親の調べでは現在古代兵器と呼ばれる者と他の全ての種族との戦いにおける最前線基地、最後の要塞と呼ばれた建築物が学府なのです。
「俺はパズルや文字の並び替えが得意じゃないが、俺から見て、似たような単語が並んでいるんだが気のせいか?」
タウがラムダの開いた本を横目に誰ともなく問いかけました。
「いや、タウの気のせいじゃない。こんなもの、分かる訳ないだろ」
ラムダも小さく頷きました。
「骨はそれぞれ特徴があるから並べるのは難しいことじゃない、肉や皮も役割から判別できないこともない。それが、文字となると突然難しくなる」
本とは対照的に新しい、現在の物である紙に同じ文字数、部分的に同じ文字が幾つも並んでいました。その紙も一枚ではありませんでした。
タウは軽く眩暈を覚え、イェプシロンは両手を上げました。ラムダも真似て手を挙げるフリをしました。それは手を挙げているようには見えません、紙を両手に持っていたからです。紙を上げただけに見えました。
「ラムダ、それはお手上げなのか?」
苦笑しながらタウは確認しました。不思議そうな瞳で、小さく頷き、ラムダは紙を金属の机に置きました。
「プシー嬢が埋葬されている墓地はここ」
学府配布の地図帳を広げ、ラムダは明確に宣言しました。
頬杖をついて、眉間に皺を寄せたイェプシロンが何故かと問いました。ラムダはお手上げをしたばかりでした。
「イオタに頼んだ。パズルは得意だから」
イオタお嬢様はパズルが得意です。ラムダも得意です、人間の体を整形するよりも簡単だと豪語していますが、人間の顔を整形する方が立体パズルを組み立てるよりも早いです。パズルというのは木や金属製で様々な形を組み立てさせる物で、平面の物と立体の物があります。
図面も無く、完全な見本も無く、発掘された部品や破損した部品と壁画から古代兵器を組み立てたイオタお嬢様の前では、欠損した単語も敵ではなかったようです。それ以前にラムダが絞り込みをしていましたので、時間は掛からなかったと言っておられました。
さり気なくラムダより頭が冴えると言っているようなものです。その通りです。
「考古学部の連中に絞殺されそうな話だが、その場所が分かったからって何だよ」
実際、この話を考古学部にした所、学部の転向を勧められたそうです。当然ながらラムダは転向をしていません。
転向をする意味を見いだせないからだそうです。
タウの言葉は会話を脱線させる原因でしたが、今回だけは核心を突いていました。言葉数の少ないラムダは、遠まわしに他人の口から答えさせる方法を取ることがあります。回りくどく、面倒な方法です。しかし、ラムダはそういったやり方が嫌いではありませんでした。
そして、明確な答えを渡さずに意味深な言葉だけを残すことも多々ありました。
この時もそうだったと、イェプシロンは溜息混じりに言います。最後に懐かしむ笑いを口元に浮かべて。
「今夜、暇?」
ラムダは拒否できないような笑みを浮かべながら、二人に問いかけました。