レッツ採掘!~題名に意味はありません~

9.第二の夜明け





 いつの間にか眠っていた。それ程疲れていたのだろうか、身体が鉛のように重たくて最初身動きができなかった。ホロのすき間から焚火からの光でない光が漏れている。光の魔法かそれに類するもの、そうでなければ太陽の光。まさか、何事もなく夜が過ぎ去ったのだろうか。まさか、そんな事が。隣にいるはずのヴァスに聞こうと頭を向けるがそこに姿はない。外で血まみれで転がっているのではないだろうか、昨日の血の臭いは風が押し流してくれているだろうから今血の臭いがすれば分かる。小さな鼻をひくつかせるが血の臭いは全くしない。  のろのろと身体を起こしてヴァスの姿を探す。相変わらず隅で埋まっている眼鏡が浅い寝息を立てている。膝を揺すると直ぐに薄眼を開けて起きた。眠たそうだが意識ははっきりしているようだ。

 突然ホロが上げられて眩しい光が荷台に差し込む。

「お、起きたかパステル、ゼラニウム」

 昨日と同じくどこかで軽く運動してきたのか、川から這い上がってきたようなずぶ濡れのヴァスがホロを押し上げていた。背後には後光がある。本当に朝が来たのだ。その光が眩しくて涙が頬を伝った。



**



「どうしたんだヴァス。走ってきただけにしては異様な汗だな」

 一晩中見張っていてくれていたセシルが、朝っぱらから元気に動きまわっている。荷台で休んでいた私がこれ程身体に力が入らないのに一睡もしていないハズのセシルがどうしてこれほど元気なのだろう。逆に一睡もしていないから身体が疲れを感じていないだけなのだろうか? それとも夕べ言っていた通りに身体の造りが違うのだろうか。どっちでもいいからその元気を分けてちょうだい、夜襲が失敗した奴等の次の行動は毒を盛るか堂々と襲ってくるかのどちらかだ、逃げる力が身体に戻ったように感じられない。

「いやぁ、走ったまではいいんだよ。ついでに顔を洗って行こうとしたら、こんなに早くから水浴びしてる奴がいてな~。しかも女だったんだよ」

 荷台に上がって来て布を掴んで外に出た。外で顔を振って髪に付いた滴を飛ばしてガシガシと布で拭いている。

「その後も言った方がいいか?」

「ミナマデ言わなくていいわよ」

 重たい身体を引きずって荷台の端に腰かけながら外に出た。昨夜と変わった様子がない、それがおかしい。夜襲をかけてくるはずだったのに、どうして何事もなかったのか、それが隠されているのか。

 皆夕べより元気なのは休んだからだろう。ヴァスを見つけて、睨みつけているのは被害者か加害者かだろう。一人でないことからヴァスの被害理由がよく分かる。一体何人に川に突き落とされたのか、もしくは水関係の魔法の一斉射撃を受けたのだろう。避けきれない程に。同情していいのものかどうか、周囲の男共から肩を叩かれるヴァスを見ていると考えものだ。

「目の保養によかったんじゃないか?」

 既に起きていたロリホモがずぶ濡れのヴァスの肩に手を掛けて笑う。こいつはロリコンでホモだけでは足りないようだ。自分の仲間を敵に回すと怖いぞ、特に女は。

「いや、そんな余裕無いって…アレは」

 ヴァス程の僧兵の動体視力を持ってさえもか。どんな事をされたのか気になる所だが、それを口にすると自分を裏切る気がするので、口にしない。それに、今はそんなくだらない事に裂くほどの力が残っていない。直ぐにでもロリホモ達と離れたいのだ。

「昨日の残りだが朝食にしよう」

 …スープを飲んでからでも遅くはないはずだ。



 喉を通るスープが昨日より濃い気がする。パンに付けて食べたい。肉よりこのスープを片手鍋に注いでもらって、それを抱えて食べたい程だ。美味しいよ、このスープ。というかこれしかないの朝食? 昨日の残りって本当にこれだけ? 今朝はヴァスが新鮮な生肉を獲って来ていないからだろう。せめて固いパンがないかしら、スープに浸けて食べたい。

 流石にスープだけで逃げる力を取り戻すのは無理。鍋ごとください。昨夜の残りを分けたからってだけではなく、気分的に少ないスープはあっという間に皿から消えてしまった。絶対に足りない。超、超、超不足している。

「じゃあ朝食もとったし、そろそろ私達は失礼させてもらうわよ」

 皆がまだ食べている時がチャンスだ。追おうとしてもスープが直ぐに片付くと思って、多少の時間が稼げるはずだ。ヴァスもファーンも既に食べて終わっている、残る眼鏡はもう直ぐ終わるしセシルも急げば直ぐのはずだ。

「まぁ待てよパステル」

「何よスケベロリホモ。昨夜分け前は決めたじゃない、話なんてない」

 ロリホモの上にスケベを付けてやった。こいつには、これくらいがお似合いだ。それに引き止められて、網にかかってやるほどお人好しではない。どうせ、こいつらに関わって良い事は何もないし。

「名前長くなってるし」

 馬車に馬を繋いでいるファーンが噴き出した。またもやロリホモの名前で笑わせてしまった。狙ってもいない相手に笑われると不意打ちを食らった気になる。しかも必死にこらえようとして噛み殺した笑いが続いている。意図せぬ笑いにロリホモが青筋を立てている、これはやばい。

「ま、まぁいい」

 怒りをこらえようと拳に力が込められるロリホモ。その背後から、無音の銃弾が私の頬をかすめた。髪を揺らす程度だったが、この弾丸はガスだ。あんまりにも活躍しないし人数多いから存在を忘れていたが、二丁拳銃の爆薬がいたんだった。本当に今の今まで忘れていた。だから対処法を考えてない。

 ガスの銃弾から逃れる事は可能だが、周りから銃と弓で狙われ続けて馬車を守りつつ逃げられる自信はない。この身一つなら逃げようと思えば逃げられる、それだけの自信があるが、馬車付きだと、そうもいかない。このまま馬車を置いて逃げるという手もあるが、ヴァスが折角もぎ取ってくれた報酬をおめおめと置いて逃げるなんて出来ない。勿体な過ぎて出来る訳がない。

「御馳走様」

 やっとスープを飲み干したセシルが能天気に片づけを始めた。うそでしょう? 片づけなんてこいつらにさせておけばいいのに、なんて律儀なんだ。身の危険を感じていないのか、二日酔いで本能が薄れているのか。ロリホモに有利な状況に変わりがないどころか、どんどんロリホモに有利になっていく。何事もなく朝を迎えられたのに、どうするつもりなのだろうか。



 ロリホモの一団も次々と朝食を終えて、さり気なく武器を手に取りだす。それでも自分の片づけをやり通すセシルの動きに焦りはない。焦っているのは自分と眼鏡だけだ、準備をしているヴァスもファーンも全く焦りが見えない。自分だけが空回りしている感がある。

 既に数人は木々の陰に潜み、囲いの網を作っている。その網の目は段々と狭められて、私達を決して逃がさない程小さな物になっていくのだ、完全に囲われてしまえばこんな山の中逃げる術はない。奴らは捕える術も、追い詰め燻りだす術も知っているのだ。一人なら、まだ逃げだすことが出来るが、仲間を見捨ててまで逃げる事など出来ない。何の抵抗もなく捕まればまだ生き延びる方法はある。ロリホモもまだ私達を消してしまう時期ではないと分かっているはずだ。

「さて、出発するとしようか」

 やっとセシルが片づけを終えて、馬車に向かってきた。それを許すロリホモではなかった。戦斧をセシルの前に突き出して、通さない。

「まぁ待てよ聖戦士様。こっちはまだ用事があるんだ」

 人質状態のセシルだが、全く動じることなく柄を掴んで引っ張った。引かれた分だけロリホモは多少動いたが、慣れ親しんだ武器だけあり振り上げて手を解いた。直後、振り下ろされた斧はセシルの足元で土を跳ねた。戦斧一本だけでセシルを捕まえておくつもりだ、遊んでいるように見えても、降ろされる速さと先端の斧の重さその威力は昨日実証済みだ。頭などヘルメットごと打ち砕くし、首も簡単に刎ねてしまう。ただし、上手く切れなければ苦しむ、戦斧は切るというよりは叩き潰すといった方が正しいからだ。

「私達の用事はすでに済んでいる」

 もう一度、戦斧の柄を掴み強引に引っ張りロリホモを引き寄せた。引き寄せたロリホモの顔面を空いている方の手で掴んだ、しかも籠手を着けたままの手でだ。そのままギリギリと力を加えていく。人間の頭を握り潰すなんて簡単なことではない、しかし籠手を着けたままで締められると顔の皮や眼を持っていかれかねない、抵抗すると尚更だ。そこまでの危険を冒してまで逃れるか、それでも逃げられるとは限らない。



**



聖戦士のセシルは癒しの方法を知っている、それは同時に破壊の方法を知っている事に他ならない。死の淵に立った者さえも蘇らせる程の癒しの力を逆に破壊に使えば相手を即死させる事も出来るだろう。至近距離でなければならない技も、あの距離なら大丈夫だ。

 この状況に理解した者は身震いした。自分達の大将を失うか、たかだか二匹分の銀ぴかを得るか。

 ロリホモが振り解く前に、誰かが武器を捨てる前に、セシルが手を離した。乱暴に離された所為でロリホモは前につんのめり、転がった。その横を堂々と歩いてこちらにやって来る。数人が駆け寄り、倒れたロリホモを助けようとするが、それを拒絶し自力で立ち上がり戦斧を構えた。その脇を気の短い奴らが走り抜けようとするが、それを片手で制した。それでも矢と弾丸は飛ぶ。

 思わず足が下がる。セシルは気付いていないのか、避ける素振りも見せずにそのまま歩いてくる。鎧を着ているから飛び道具など気にもしていないのか、矢だって当たり所が悪ければ即座に死に繋がるのだ、それを狙って出来るからこそ放っている。セシルを倒したければ即死させる他に思いつかなかったのだろう。

「セシル!」

 今にも当たってしまう、といった瞬間に振り向きざまに、留め具の宝石から両手剣を引き抜きその風圧で全て叩き落とした。

「なんだ?」

「……何でもない」

 心配をして損をした。そんな大きな剣じゃ出してる間に当たっちゃうかもしれないって思っただけですぅ。何よ、そんなにすました顔でこっち見ないでよ。心配してあげたのに自分が馬鹿みたいで恥ずかしいじゃない、何よ、さも当然て顔して。

「…今回は手を引くが覚えていろよ」

 戦斧を下げてロリホモが負け惜しみの言葉を吐く。ロリホモもよく分かっている。命を助けられたということが、だからこそ部下の無謀な突撃を止めたし、部下の為に制止した。力の差がはっきりし過ぎているからだ。顔に薄っすらと赤く筋が残っているが、血が出ているのではない、手加減されていた証拠だ。それを指で拭い、片手を振った。それを見て渋々と武器を降ろしていく。

「感謝する」

 剣をしまい、それだけを言い残すとセシルは馬車の前に飛び乗り、手綱をとった。ファーンも早々に荷台に乗り込む、何か言って奴らに言ってやりたかったが言葉も浮かばず考えるのも面倒でファーンの後に続いた。直ぐに眼鏡も私の後ろをついて来て荷台に飛び乗った。

 最後にヴァスが馬車の後ろについて歩いた。

 荷台から後ろの様子を見ていると、ロリホモが背中を見せて仲間達に囲まれていた。襲ってくる様子もない、あれだけの数を束ねているだけあって確かな統率力と志気力を持っているのだ。



***



 ロリホモの言葉は本当で町に着くまで一切襲撃を受けなかった。町に入れば話は別だと町中で妨害されることもなかった。自分の言葉に責任を持った男だと今更ながら感心した。だが、町がどことなく以前と違ってそわそわしているのは山での事が町にいるロリホモの部下に伝わったからだろう。仲間の復讐をしてやりたいが、手出しをするなと命令されているのだろう板挟み状態の心が町中に転がっている。

 こんな所でこの銀ぴかを売るのは自滅行為だろうか? いや焦らせ困らせるのが楽しいのだ、こんな面白い時を逃してなるものか。



**



「あの二匹はパステルとゼラニウムで分けろよ」

 夕方、銀ぴかを問屋に持ち込んで鑑定してもらっている間に早めの夕食をとっているとヴァスがそんな事を言った。勿論、机には酒瓶が乱立している。二日ぶりの柔らかなパンにバターを塗っていた私の手はピタリと止まり、危なくバターを落してしまう所だった。

「え? な、何でぇ?」

 銀ぴかを換金したら五人で等分に分けるだろうと踏んでいたのに、どうして正当な分け前を受け取ろうとしないのだろうか。特にヴァスはそういった金銭的な面はきっちりとしているだろうにどうして? セシルに何か言われたのだろうか、そうでなければ取り分を拒否する意味が分からない。命を賭けて得た報酬なのに。

「今回使った費用だけちょっと出してもらえばそれで俺達は構わない。俺は節を乗り越える手助けをしてもらったし、セシルに至っては分け前のほとんどを飲んでるからな~」

 わざとセシルのカップをつつきながらヴァスは理由を説明してくれた。カップをつつかれたセシルは口元を歪めて水を飲んだ。今では、本当に水だろうかと怪しんでしまう、給仕が持ってきたものだとしても疑ってしまう。昨夜の衝撃が未だに抜けきらない。

 それにしてもだ、セシルの理由は分かるとして、ヴァスの手助けといってもあの門の封印はヴァスがいなければ解けなかったし、大半を倒したのはセシルとファーンだ。さほど役に立ったとは言えないし、役に立ったといえば眼鏡のあやふやな記憶だけだ。どちらかと言うとロリホモ達につけられて無駄に被害を増やして邪魔をした上に分け前を減らしただけだ。

「ファーンはいいの? ってあっれ」

 話にも混ざらないし、話に出てこないからつい忘れそうになっていたけれど、ファーンはどうしたのだろうか。いつの間にか席を離れて姿が見えない、どこにいったのだろう。ファーンは報酬を請求してもいいはずだ、セシルに銀ぴかを切り分けていたとはいえ銀ぴかの対処法を最初にやってのけたのはファーンだ。直接解呪を相手に打ち込むなんて魔法使いじゃ考えついてもやらない、しかし効果を実証する事で役立たずを有効手段に変えたのだ。

 この眼鏡は思いつきもしなかった。チラリと横目で顔の赤くなった眼鏡面を見てみると、視線に気づいて眼鏡を押し上げて首を傾げた。

「なんれすか? ぱすてりゅ」

 たかだが二、三杯で酔っ払いやがって、呂律も回ってないじゃない。頭がちょっとばかし良くっても駄目ね、やっぱり体力も必要なんだわ。それに顔も良ければ尚良い。

 その顔も頭も良くって体力もある魔法戦士が浮足立って帰ってきた。酔っているのか、満面の笑みで席に着いた。

「直ったみたいだな」

 ヴァスがカップに酒瓶を傾けながら戻ったファーンに喋りかける。やけに嬉しそうに酒が注がれたカップを引き寄せて頷いた。カップの酒を一気に飲み干すと机に優しく置いた。またそれにヴァスが酒瓶を傾ける。今度は少しだけ飲んで、まだ中身が残っているそれを両手で持って勝手に喋り出した。

「直ったんだよ、本当に良かった。元の通りだ、重さも石の位置も何もかも。わざわざここに来て良かった、ここまで完璧に戻せるのはココぐらいだ。見る? 見る?」

 何も言わないのにファーンは自分の髪をかき上げて右の耳をヴァスに見せる。カップの底を見ながら、ヴァスが適当にあしらうが、気にした様子もなく嬉しそうに笑っている。今までになく幼い子供の様に笑う顔の向こうで小さな宝石が光っていた。



 片方だけのピアス。

 酒の回りきらない目でもう片方を必死に探す、いくらファーンが顔を振っても、髪をかき上げてももう片方が見当たらない。右側だけのピアス。男なら右側、女なら左側。ピアスの石が星のように煌めいて瞳に光を弾いた。眩しくて涙が零れそうになり酒と一緒に飲み干した。

「こいつはピアス壊しちまってここで修理してたんだよ。かなり落ち込んでいたから直すまで他の事をして考えないようにしてたんだ」

 大切なピアスが壊れたから落ち込まないように、それだけだった。直るまでの時間、他の事を考えないようにするために付き合っただけ。考え事が出来ないような時間が欲しかっただけ。

「直って良かったですね」

 …眼鏡と二人だけで分けてやる。



***



 足元がグラグラに歪む位に酒を浴びて、意識は酒場の天井が最後だ。飲み終わる頃には問屋で換金が済んでいるはずだったのに、目が覚めると日は高く昇り窓から光がさしていた。頭の中で鐘が鳴っていた、完全なる二日酔いだった。身体が重くて頭が痛くて布団をかぶり直してもう一度寝ようとしたが、最悪の声で起きざるを得なかった。

「パステルもう起きましょう。ヴァスさん達が待ってくれてますよ」

「う~分かったわよ~起きればいいんでしょ」

 夕べ、費用だけでも払うと私が宣言したのだ行かないわけにはいくまい。これから問屋に取りに行くのか、眼鏡が取ってきてくれているだろう、出来れば後者が望ましいのだがそこまで有能だっただろうか。

靴を履こうとベットから降りるが、上手く立ち上がれずに眼鏡の肩を借りて立つ。ついでにそのまま靴を履く。

 迷惑そうな顔をしているだろう眼鏡は、まともに歩けない私に肩を貸したまま部屋を出て階段を降りた。目覚め最悪の顔面蒼白で人前に顔を晒す勇気もなく、遠回りをして顔を先に洗った。少しはまともな顔になり両手で頬を張った。水面に映った顔には、気だるさと辛さが浮かんでいた。

 ヴァス達が待つ店にノロノロと辿り着くと、机にうつ伏せになっているヴァスを発見した。朝食を待ってくれていたのだ、大分待たせてしまったようだ。今にも机に齧りつきそうなヴァスの前にいそいそと料理が運ばれてきた、机をヴァスに齧られたくないらしい。可笑しくて笑ってしまった。肩を貸していた眼鏡が戒めなのか、いい加減にしてほしいのか私の狭い額をはたいた。眼鏡の分際で私に手をあげたな、この眼鏡。貴様の朝食はないと思え。



 眼鏡の朝食を奪うには、か弱い私の体は暴飲で疲れきっていた。

 魚のスープをすくって飲むのが精一杯だった。そのスープさえ魚の臭みが消えてなくって飲みにくかった、昨日の野菜のスープが恋しい。無い物は無いと諦めて、固いパンを浸して口に含んだ。魚の生臭さとパンの粉っぽさが相まって絶妙な味を生み出し、飲み物を誘った。

「で、諸費用分はこれ位で宜しいですか?」

 眼鏡が早くも食事を終えた三人にお金の入った袋を渡す。眼鏡偉い、ちゃんと仕事したのね。それにいつもより食べるの早いじゃないの、私が遅いだけなんて思わないけど。

「こんなにかかってないが、貰っとく」

 ヴァスが中身を見てニッコリと笑う。本当は本来の分け前くらいは欲しかったのだと目が訴えている。そうじゃなきゃ割に合わないわよこの職業じゃ特に。だから眼鏡もそれを考えて多めに入れてある。

「えぇ、本当に有難う御座いました。また機会があればお願いします」

 今回はヴァスの力が必要で一時的に組んだだけだ、お互いに目的が一致すれば手を組むが目的が済めばそこで終わる。次に会う時は何時になるか、生きているかさえも分からないし殺し合っているかもしれない。だけど、縁はそうそう消えるものではない。

「それじゃ」

 最後に眼鏡とヴァスが握手をした。眼鏡が痛そうだったが顔に出さずに、笑って返した。



***



 今は昔、女神・リーリアリの信徒は各地を旅し母なる巨木を登っていた。その行く手は阻まれ、塞がれ、信徒をふるいにかけた。最後に残った信徒は麗しき世界を眺望し、女神に出会った。

 女神は残った信徒に伝えた。

『私の幾つかが私を捨てた。私の幾つかが私を傷つける。

私は私に依り傷つき、私に依り守る。

私を封じ、解放せよ。 それを枝に変え、葉に変えよう』

 巨木は地に根を張り、別れた己を吸い上げ幹を太らせ、枝を伸ばし葉の雲を茂らせる。今でも時折、葉から雷が落ちる。