レッツ採掘!~題名に意味はありません~

8.美味しい





「…勝ったーーー! 九だ!」

「…」

「……はっ」

 誰もが動けなかった。思考停止していたのは確実だ、私さえもそうだったのだから。

「反則だ! なんで九なんて数字があるんだ」

「ちゃんと見ろよ、イカサマはしてない。ほら一から十まである」

 使ったサイコロを持ち上げて一面づつ数字を見せていく。本当だ、一から十まである…。なんである?

「サイコロといえば普通は六までだろう! なんで十まであるサイコロを使うんだ! 先に振っただろう」

 正当といえば、正当な言い分。これに対してヴァスは、

「先に振ってくれたから好きなダイスで振っていいもんだと思ったんだが。違うのか?」

なんとも可笑しな言い訳をした。

「違う! やり直しだ! 今度は数が小さい分だけ取り分だ! どうだ?」

 これ以上変なサイコロを使わせないようにロリホモは先手を打った。

「ん~乗った」

 ほんの少しだけ考えて、ヴァスはサイコロを握り直す。

 なんだろう、また何かありそう。すっごくすっごく、ありそう。どうしてだろう? また、ヴァスに親近感を覚えた。どうしてだろう。



 私のカンは当たった。

「三だ!」

「一だぞ」

 ロリホモから何かが噴出したように見えた。それは見えないけれど怒りだと伝わってくる。確かに怒りだ、これ以上ない怒りだ。

「サイコロ見せろ! なんで四までしか無いんだ? 言ってみろ」

「四までしかない四面体だからに決まってるだろ。そんな事も分からないのか! 修行が足りん」

「足りんのは貴様の常識だ! ヴァスティス!」

 疲労と緊張とで、ロリホモの精神が危険な状態になっている。心の広い私でさえも、連続で非常識なサイコロを出されたら堪忍袋の緒が切れる。まだ手を出さず口だけで済ませているロリホモの心の深さに感動しそうだが、それよりもこの状況でこんなフザケタことをやってのけるヴァスの根性が凄い。しかも敵に回しているのはロリホモ一人ではないのだ、自分を囲むほとんどの者が相手側なのだ。

 流石に今この人数から逃げるのは無理だろうなー、あんまり刺激しないでよねヴァスお願いだから。

「しょうがないな、次は二十まであるダイスにしてやるよ」

「ふざけるな!」

「じゃあ三十まであるダイスだ」

「…今からその頭をかち割って中身を見せろ! じっくり見てやる」

 遂にロリホモが戦斧に手を掛けた。本気だ。本気で頭をかち割るつもりだ、ヴァスが負けたら誰がこんな交渉するって言うの? 眼鏡はこんな状態を収拾できない、頼れるのはファーンかセシル。どっちでも良いから今の状態を何とかして、そうでなきゃこの疲れきった体に鞭打ってこの大人数から人生を賭けて逃げなきゃいけない!

 助けを呼ぼうとセシルが飲んでいるだろう場所を振り返る。そこにとんでもない物が転がっていた。

「ちょっ。何してんの!」

 ファーンが銀ぴかを集めて山にしている直ぐ傍で、銀ぴかの間接に片刃の短(ショート)剣(ソード)を当てて解体している。その隣に座ってセシルが白い瓶から注いで飲んでいる。

「一緒にどうだ?」

 セシルが白い瓶を傾けて上機嫌で誘う。

 この危険な状況でこの二人は一体何をしているのだろうか? 全く分かっていないのだろうか、その方が危ない。

 しかし、なんでファーンは銀ぴかを今、解体しているのか。もしかして酔ってる? その割には危なげない慣れた手つきで解体している。何この二人だけ、これほど周りに頓着がないの? 俗世の事柄なんて醜いって嘲笑ってんのかあんた等。ああ、そうかい分かったよ。聖人様方に俗世の汚さを教えて差し上げましょうかっ。

「ヴァスがちゃんとした勝負をしないから今、頭を割られそうになってるの!」

「ヴァスなら避けるだろ。とろい戦斧なら尚簡単に」

 セシルがまともに冷静に挑発してる。こいつ完全に酔ってやがる! サイコロ二回振っただけの間に酔っぱらってる。駄目だ今のセシルは使いものにならない。こうなれば最後の頼みは不可解な行動をしているファーンだけだ。

「疲れてるからって、当たったら痛いぞーヴァス」

 一匹の銀ぴかの前足を切断しながら心のコモッテいない応援をするファーン。こっちも酔ってるー?! もう駄目。しかも、なんで挑発気味なのよ二人して。ロリホモがヤル気出しちゃうじゃない。あいつあれでも強いの分かってるだろうに、セシルもファーンも、ヴァスを見捨てたんだ。乙女の涙で何とかなる相手でもないのに。

「頑張って避けるから少しは残しとけよ~」

 もう愛も勇気も友情も努力も根性も残ってないのだ。特に友情が。これで死んだら恨むわよヴァス。

「残りそうか?」

「あぁ無理だ」

 うん、人生も残り少なそう。美人薄命なんて流行らないのだ。私は美少女長命にいきたいのだから。諦めたくないのに、諦めざるを得ないなんて悲しすぎる、断固として抗議する。

「ヴァス、無理だそうだ。両方諦めて貰え」

「…両方?」

 水音がした。



 ぽちゃん。

 セシルの持つカップにファーンが銀ぴかの塊を入れていく。その音だった。やっていることがよく分からずに見ていた。ゴツゴツの解体された銀ぴかの塊が次々にセシルのカップに消えていく、もうカップがいっぱいになってもいい頃なのにまだ入る。様子を見ながらファーンは銀ぴかの塊を投入していく。

 小さな塊を入れようか迷っているファーンを手で止めて、セシルはカップを唇に当てて、ゆっくりとカップの底を見せた。

 次にカップが口から離れた時、セシルはにっこりとして空の中を見せてくれた。

「どうだ? 一緒に飲まないか」



**



 喉から出ているのではなく腹の奥底から、心の底から悲鳴が上がっていた。

「どうした!」

 異常な私の美声に驚いて殺気立っていた全員がこちらに集中する。こんな山奥だ、何が起こるか分かったものではない。どんな非常事態にでも素早く対応する素晴らしさには感心するが、もっと早く、この超異常非常事態に気付くべきだった。

「せっせし…セシル!」

 息が詰まる、冷や汗が吹き出す。顔から血の気が引くけど、鼓動は早まり指先を震わせる。飲んでいるだけの人間になぜこれほど怯えているのかと皆、不思議そうな顔をしている。

 誰でもいいから気付いて。お願いだから、よく見て!

「あっバレタか」

 一人だけ失敗したような顔をして頭を掻くヴァス。知ってたのか、知っていたのだ。ヴァスは知っていたのだ、セシルのこの飲酒方法を知っていたのだ! だからこそあれほど執拗に「飲んだ後」にしようと言っていたのだ。どうして今頃になって、喋れもしない時に限って気が付いたのだろうか、まともに動くのが頭だけだから逆に冷静になったのだ。後悔は後からするもの、それを体感しなくていいのに。頭の中でグルグルとひたすら後悔とショックが駆け巡り、頭と体を首で繋いでおいてくれない。

「ん? まぁいいさ」

 再びファーンがセシルのカップに銀ぴかを放り込んでいく。今度は私のではない悲鳴が上がった。



 夜の山に悲鳴が広がった。遠くで休んでいただろう鳥たちが驚き、飛び立った。悲鳴と羽音が重なり奇妙な音楽を奏でた、山のこだまがそれに尾をつけて引き立てた。

「何してるんですか!」

 まともに口を利けた眼鏡がセシルに寄って飲むのを止めようとするが、既に酔いが回っているのだろう相手には何を言っても無駄だろう。酔っ払いは性質が悪い、特に力のある奴は。魔法使いが手加減のない聖戦士に殴られると運が良くて痣、悪くて昇天だ。昇天する前に私を助けてくれていいのだよ眼鏡。いや、助けて眼鏡。

「酒を飲んでる。どうだ?」

「どうだって、セシルさん自分が何をやっているのか分かっているのですか?」

 そうだ、頑張って止めろ眼鏡。そうでもなければ私達は本当の意味 でタダ働きになってしまう。セシルの飲酒の為だけにこの大人数が、タダ働き、王様かあんた。王様でも給料払うぞ、国民の血税で。ケチな奴でも多少はくれるのに、一人でそれこそ全部飲む気か。お願いだから私の分だけは残していて!

「白に金属を入れて飲んでいる。肴は水晶だがこれはこれで旨い」

 身体が半分程消えている透明を示しながら、一口飲んだ。

 再び悲鳴が上がったのは言うまでもなく、何人かが突然意識を手離してその場に崩れ落ちた。私もそうしたかったが、こんな時にだけは失神できない自分の神経の図太さが悔しい。このまま身体の力を抜けば簡単に意識を手離せそうだが誰も助けてくれそうにないし、全部をセシルに飲まれたら口から魂魄が出ていきそうだ。出ていった魂魄を戻す方法も分からないし、戻せそうもないから止めておく。

「誰も私が飲むと言っても止めなかったじゃないか」

 誰も報酬を飲まれると思ってなかったからです。そして普通、金属を飲む奴を想定していないのだからしょうがない。しょうがないでは済まない事態を作っているのはあなただ。誰か力ずくで良いから飲酒を止めて、止めないと皆悲しむ。

「ちょっとは残しといてくれよセシル」

 半分以上諦めが含まれているヴァスの言葉の意味が、今は分かる。もしかして、いつもこんな風に飲んでいるのだろうか? これでは、いくら稼いだってたった一杯で露と消えてしまう。効率が悪すぎるし今までどれ位飲んで来たんだ、その身体にどれだけの金属が含まれているのだ。というか、飲み物か本当にソレ。なんで消えて無くなってるのよ! 本当は飲んでないって言ってよセシル。

「どれ位残ってるんだ?」

「十頭」

 世界が暗転するのが分かった。



**



 全ては夢だった。セシルが飲んでいたように見せていたカップの底にファーンが転移の陣を描いていた。それはこっそりと町の一角に借りていた部屋に送られて、町に行くと鍵を外して山となった銀ぴかを運ぶのに苦労した。

 という夢を見たかった。

 現実は辛く、まだ辺りは暗く星が煌めいて永遠の宝石のようだった。見られるけれど決して掴めず、触れられず輝き続ける。まるで夢のようだけれど、叶う事もなく儚くもない。輝く星はその昔は少なくて、それを寂しく思った泥棒が空に今まで盗んだ宝石を撒いたのだと子供の頃に聞いた。だから手に入れられない宝石は眺めるだけにして身につけられる宝石を纏おうと決めた。最初に手に入れたのは安価な水晶(クォーツ)だったと思う。

「水晶は食べ物じゃありません! お腹壊しますよ」

 眼鏡の母親のような台詞に飛び起きた。そうだ、どんなに酷い現実でも被害を最小限に収めて利益を出す。それが今求められているのだ。逃げられないのも、また現実だ。

「基本的な身体の創りが違うから大丈夫だ心配するな」

「そんな心配じゃないわよ! 分け前は平等にあるべきよ!」

 被害は最小限に! セシルの暴飲暴食を止めないと被害は広がるばかり、そんなこと許せない。私の努力と労力は安くない、最低でも銀ぴかの五頭は倒したのだ、それだけの報酬と収穫は手にする! 何としても、それが私の流儀にして最低のルールだ。

「飲むか?」

「誰がそんなモン飲むかっ」

「そうだぞ、止めとけ。俺は一口飲んで血反吐を撒き散らした」

 ヴァスが腹をさすった。一口で血反吐を吐くなんて、それはもう酒じゃない。毒か何か危険な物だ! というか、ヴァスも飲んでるんじゃないわよ! まともな考えがあれば手をつけない。それとも飲まされたのだろうか? いや、無理強いを酔っている今でもしていないということは完全に出来上がったときでも無理強いはしていないと見た。興味本意で飲んだとしか考えられない、自業自得じゃない。

「貧弱だな」

 なんでそう挑発するのかな? この方は。まさか挑発されて飲んだなんてことじゃないわよね? まさか釣られないわよね、ロリホモ。

「誰が貧弱かぁ!」

 ロリホモと一部がセシルの「貧弱」という挑発に乗ってしまった。阿呆だこいつら。ここら辺を違う意味で血の海にしてどうするきだろうか、しかも回復させることができない今に。

「止めろ! 酒豪を自他共に認めるヴァスでさえ血反吐を吐いた後にしばらく寝込んだ挙句に飲酒を控えるようになったんだ。二度と、まともな酒を飲みたくないのか?」

 ファーンそれは事実でしょうか? セシルが飲むのを手伝っていた貴方がそれを言うのだろうから本当にあった事件だと思う。他の止め方があるだろうに、どうしてそんな説得法をとるのだ。

 そんな事はどうでもいい。今はどうやってセシルを止める事が先決だ、一体どうやって? 大きな両手剣を片手で振り回す酔っ払い様を誰がどうやって止めるというのだろう? 下手に手出しをすると先程の戦いの比ではない被害が出る。被害と言うか、殺害と言うか、災害と言うか残れたら決めよう。この人数で襲いかかっても勝てそうな気がしないのはどうしてだろうか? まだ自分に本能が残っているからだと信じて疑わない。

 魔法使いの睡眠へと誘う魔法はどうだろうか? …無理ムリむり! 僧兵みたいに避けるわけじゃないけど、セシルが皆にかけていた回復の量から考えてここにいる奴らのレヴェルじゃ到底足元にも及ばない。魔法を使える連中は自分が使うからか、魔法に対する抵抗が付くようになる。相手の攻撃してくる魔法などが効かなくなるのだ。

 よっぽど運が良くなければセシルに魔法は効かないだろうし、唱えている間に鉄板の様な刃が頭ごと吹き飛ばしてくれているかもしれない。そもそも、自分で速攻治療できそう。

 ここにきて、まさかの最大級の敵が現れるとは。しかも仲間だ。



 説得するしか手段が残されていないとは思ってもみなかった。無駄に頭数がいてもたった一人に勝てそうにないなんて、相手は人間よ。悪魔や天使みたいに触れない存在でもない、単に格の差がある人間の聖戦士なだけ! 一発で昏倒させる事も不可能じゃない! そうよ! 不可能じゃないのよ、可能じゃないだけで。

「セシルもうそろそろ、やめとけよ」

 ヴァスが銀ぴか達の数を数えてやんわりとセシルを止めた。よし、ヴァスが止めてくれる。もう銀ぴか達を飲むのを止めてくれるはずだ。あれだけ苦労して倒した残りが十頭とは納得いかないけど、諦めなければいけない。しかもコレを分けるの? 今度こそどう説得しよう。

「しょうがない。後はこれだけにしとくか」

 案外あっさりとカップを置いて、半分しか残っていない透明を手元に引き寄せて素手でへし折っていく。適当な大きさにした透明をカップに入れて残りをヴァスに渡した。

 まだ飲み足りないと駄々をこねるかと思っていたがセシルは大人だった。報酬を分ける前に飲んでいた事を除けば。こちらの報酬を請求するのは大変難しい。ロリホモに残りの十頭分を全て持っていかれても文句も言えない。逆に請求されるかもしれない、それは止めて欲しいがロリホモ達がそれ程甘くないのは身を持って知っている。今回はしょうがないと諦めるしかないのだろうか?

 透明を食みながらチビチビとやっているセシルが恨めしい。

「それで分け方だが…」

 ヴァスがロリホモの肩に手を置き、納得しきっていないロリホモ達を振り向かせた。

 貧弱と呼ばれた男達は、武器を手にしたまま警戒を解かない。同じ釜の飯を食べたとはいえ報酬を飲まれて怒りが抑えられない。今からでも殺して多少の憂さを晴らそうとしている様にさえ見えるほどだ。

「こちらが二頭分でいいから、後はそっちの取り分でどうだろう?」

 まさか取り分を請求するとは。先程までならそれで交渉が成立したであろうロリホモ達だが、今はそれで頷けるほど心が広くない。その証拠に、頭をかち割ってくれると言っていた時より機嫌が悪い。立ち昇るのは怨念とも言える禍々しい陽炎。見えなくても分かるって事が恐ろしい。見えていたなら腰が抜けていたかもしれない。

「なんだと…」

 戦斧を力強く握りしめてロリホモは殺(や)る気満々だ。にっかりと笑ったヴァスはたった一言で交渉成立に持っていこうとした。

「セシル~全部飲んでいいそうだ~」

「素晴らしい」

 カップを掲げたセシルが、感情のこもっていない返事をして銀ぴかを一匹手元に寄せた。

 ロリホモ達が顔を真っ青にして、その後真っ赤に染める大変な事をやってのけた。一旦血の気が引いて、怒りが昇ったのだろう。しかし、交渉をしているという事はヴァスとセシルを相手にしなければならないということだ、この二人を相手にして無事に済むかどうかロリホモは必死に計算している。被害の実情と相手の力を天秤に掛けて、これからの被害と得られる物とで損益がどれ位なのかを計算している。  身体は頭が飛んでいかないようにする重石の奴等とは、大将になるのはソコが違う。全体を把握しつつ動かすだけの能力が要求される。どれだけ参謀が良くっても最後に決めるのは大将だからだ。

 天秤が傾いたのか、ロリホモはがっくりと肩の力を抜いて、戦斧を下に向けて溜息をついた。

「わかった。それでいこう」

 片手をヴァスに向けて握手を求めた。それを握り返すヴァスの満面の笑みといったら、悪戯が成功した子供のようだ。子供は命を賭けたサイコロを振ることはないだろうし、素手で金属を殴り倒す事もないだろうが。図体ばかり大きな子供に見える今だが、俗世にさらされてきた考えばかりだ。

「交渉成立だな。というわけで今のなし」

 いつでも解体が出来るようにファーンから短い片手剣を借りていたセシルは何も言わずにそれを返した。飲む気がなかったのか、それとも残念がっているが見えないだけなのかは判断つかないが一安心だ。ヴァスの意地の悪い交渉も成立して、後は無事に明日を迎えて銀ぴかをお金に変えてからのお楽しみだ。

 無事に明日を迎えられたら。



***



 これから寝るという段になって、ロリホモ達が見張りは自分達に任せろと言ってきた。疲れているこちらにしてみると有難い話だが世間様はそれ程甘くはない。あからさまに奇襲をかける準備をすると言っているのだ、私達が見張りに出ると動きずらいと。見張りに混じっていても個別に静かに消されてしまう、固まっていても眠った所を襲われるのは目に見えている。

 出来ればもうこの場から移動して別行動をとった方が良い。しかしロリホモの仲間にいた幾人かは山や森で真価を発揮するタイプがいた。眼鏡に言い寄っていた色黒のエルフがその筆頭だ。闇と木陰に隠れて弓で射かけるなど簡単にやってのける。どのみち今は休んでおかなければ逃げるにしても逃げきれないのは分かっている。

 選択肢など残っていなのだ。

「じゃあ、頼むわ」

 それなら、ここに残って迎え撃った方がまだましだ。もしかしたら誰も襲ってこないかもしれないし、そんな甘い考えはココに存在しないのを知っているけれど。

 覚悟を決めて馬車の荷台に乗り込み剣の調子を確かめる。多少の刃こぼれがあるのはしょうがない、この愛剣とも付き合いが長いからだ。鎧を作っている時に砥いでもらってはいたが、昨日の盗賊団との戦いで少し痛んでいる。所詮は量産品だ、ここを切り抜けて銀ぴかをお金に変えて新調するとしよう。

「大丈夫だ。俺が馬車は見張っておいてやる」

 剣を真剣に見つめていた、その刃に映るファーンが優しく笑っていた。その言葉に少しだけ安心して、肩の力が少し抜けて笑った。

「んじゃ頼むな。俺は本気で寝る! 慣れないことすると疲れる」

 冗談混じりにヴァスがファーンに拳を当てて荷台に転がった。それから直ぐに寝息が聞こえた、深い寝息だ。本当に疲れていたのだろう、しかし本気で眠っているのかは怪しい。本人が意識していなくても、半分起きていて、半分眠っているのが身体に沁みついて熟睡していないのは熟練の冒険者にはよくあることだ。

「夜行性に前は任せるぞ」

「あぁ任せておけ」

 まだ白い瓶を片手にしているセシルがひらひらと手を振って馬車の前に向かっていくのが見えた。

 門の残骸の横に付けて、馬の手綱を門の支柱に縛り付けて、前後をファーンとセシルが守る。門の残骸の反対側は焚火を向いているが、ホロで中が見えない。相手から見えるのはこちら側だけ、警戒はしていないという嘘を見せる場所。焚火側から来たらホロに影がばっちり映るが外から中の様子は伺えない。

 二人に何もない限り安全だ。周囲の事を考えずに爆炎の魔法やらを使われない限りは。

「パステル先に失礼しますよ」

 眼鏡が魔法の本を抱えた格好で荷台の隅に座った。しかも門の残骸にめんした方に、眼鏡も分かっている。今夜生き残れるかが勝負だと。だからこそ疲れで完全に眠ってしまわないように横にならない。

「うん。おやすみ」



 後ろ側のホロを降ろすとヴァスの隣で横になった。いつでも、剣を抜けるようにと持ったまま。積み込んで来た食糧や、鍋やらが視界に端に入る。それに眼鏡が埋もれている、もう眼は閉じているだろう、浅い息づかいが耳に届く。自分の息を確かめながら目を閉じた。直ぐにでも意識を手離してしまいたい…。



***



 闇に溶け込んで、まだ力が残っているのかそれとも残していた回復の魔法をかけたのか足音を消して寄って来る。二人だ。疲れて眠ったふりをして目を閉じて様子を伺う。自分の様子だけを見ると戻った。焚火の火が先程から小さくなる一方だ、最小限の光で動くつもりだ。忍び寄っていた二人がセシルの居る方へと向かうが、足を止めて、元来た方向に戻る。セシルは堂々と起きたまま飲んでいる。

 これでまずセシルの方を襲う事はないだろう。

 足音を消したまま二人は焚火の方に向かう。

「魔法戦士の方は眠っている。聖戦士の方はまだ起きてるが…」

「飲んでいるのならその内眠る。それまでに静かにヤレ」

「まず後ろの眠っている男からだ。中の連中には薬でも嗅がせろ」

 よくもまぁ元気なものだ。よく喋るし、分かり易過ぎる指示を有難うと心の中で言っておこう。それだけ元気なら多少は抜けた方が丁度いいだろう。

 他の連中は眠っているのか、それとも準備をしているのか。息を数えれば簡単な事だ。…起きているのは五人と、遠くで八人。呪文を唱えている者はいないが、息の荒い者がいる。そんな息づかいでは気付かれる、闇に隠れれば存在が消えると思っている。

 だから、こんな目に合う。

 手袋を外してポケットに押し込む。闇に浮かぶ自分の肌の白さが、夜に隠れるのには不適だと分かっている。それと、それが分からないように隠れる術もわかっている。

 狩人だと思っている奴らが、狩られているのが自分達だと知った時の顔といったら何とも言えない恐怖と絶望を含んでいて、たまらない。声が上がる前に魂が天に昇る、昇る魂であったならばそうなのだろう。息がし辛ければ吐き出すのを手伝ってやる、それでも足りなければ、吸い出してやろう。与えはしない永遠に求め続ければ良い。息が続く限り求め続ければ良い、息をしていると思っている限りその牢獄から抜け出ることはできない。

 夜は誰一人として逃げられない闇が待っている、そこで生きていると、息をしている者が口にするな。思い上がるからこうなる。隠れたはずの闇に誘われる気分はどうだ?

 ふらりと眠りにつくように倒れた。

 もう、荒い息はない。

 しばらくは襲ってはこないだろうと確信し、馬車の前にいるセシルが眠っているかを確かめに行く。確かめなくても起きているのは知っている、ただ一言二言交わせればそれだけでいい。

「鮮やかだな」

 こっそりとやったつもりだったが、ばれていた。見張りをしているから当たり前だが、ばれないつもりでやっていたのに、ばれていると気恥ずかしい。それがセシルだと尚更。夜の闇に紛れて近寄っても、驚かせられないと面白くない。

「まぁな。そこら辺の盗賊(シーフ)や暗殺者(アサシン)には負けないつもりだ」

 聞こえていないだろうが、荷台で寝ているだろう連中を起こしても悪い。と、適当な理由を付けてセシルの隣りに座る。理由がなくても作りだす。作りだせなければ、理由もなく隣りに座る。

 とりあえず、疲れたから隣りに座って多少精気を吸わせて貰う事にしよう。先程の雑魚達では物足りない、ちょっと吸うと全く吸わなかった時よりも欲しくなる。足りないモノを補おうとかき集めても、やはり足りない。量より質だ、味だ、密度だ。雑魚は所詮は雑魚だから。心の持ちようによると思うのだけれど、特別なモノはある。魔法を使う者は身体に魔力を溜めていて美味、若さは味気ないモノを美味さに変える。年をとっても美味い者は美味いが。

「…死体だと始末が面倒だぞ」

「加減しているさ」

 死体にして後ろの坑道に放り込んでもいいが、あの大将は人数を把握しているに違いない。適当に歩かせてもいいが、いつかは知られる。そうなると面倒、完全回復されたあの人数を相手にするのは大変だ。大変だが無理じゃない、分け前も増える。そうしてもいいがパステル達がいるからどうなるか分からない、分からないことには手を出したくない。

「ここに二人していると後ろがガラ空きなんだが」

「…寂しいなー」

 酒瓶で額を小突かれた。それに諦めて、後ろに回った。