蜘蛛と蝶の話



その日は妙に飛び立つ蝶が多かった





 秋の行楽日和、平凡な学生は大きなイベントの修学旅行から帰るところだった。誰も彼もが疲れて眠りこけていた。運転手もその様子をバックミラーで確認して笑ったほど和やかな光景だった。

 不意に一人の学生が目を覚まし叫んだ。

「前!」

 修学旅行生を乗せた大型バスが正面衝突し、後ろに続いていたバスが玉突き事故を起こした。

 楽しみにしていた旅行先のパンフレット、夢を詰め込んでいた旅行かばん、多めの金銭を仕舞い込んだ財布、数日分の衣類が持ち主の肉片と一緒に転がった。

 最初に追突したバスは後方から押された所為で更にへしゃげ、半分程の大きさになっていた。

 慣れて見晴らしの良い道路をバスらしい少しだけ遅い速度で進んでいたにしては場違いな被害だった。正面衝突をした二台のバスから生存者は出なかった。当然のこと正面で運転をしていた運転手二人は何も語る事は出来なかった。死亡後の解剖すら不可能な状況だった。

 ほとんど一直線の一車線、数台の大型バスなど見落とすはずもないのに、後続のバスも前方からやって来ていたバスに誰一人として気付いていなかった。

 突然前のバスが潰れた後にバスが現れたのだと三台目を運転していた運転手は語った。

 眠っていた一人の学生が突然大声で叫んだ事に驚いて、同時に前方のバスがブレーキを踏んだのに気付いて緊急停止したのだと語った。その運転手も二台目のバス後方にぶつかってしまい足を骨折した。



 生き残った生徒の殆どが怪我をし、置かれた状況に阿鼻叫喚した。

 バスから転げ出た様々な物の中にはまだ息をして呻いている者がいた。後方のバスに乗っていた教師の数人が駆け出して救出をしたものの、救急車が雪崩れ込んでくるまでに息絶えた。

「息が出来ない」

 学生達はそう言い残して精の尽きた体を横たえた。

 靴が飛んで靴下は燃え、焼けただれた素足を覗かせて、それでも生き残った者もいる中で後方のバスで窓から飛び出した者もいた。



 その日は妙に飛び立つ蝶が多かった。



 二つの修学旅行バスによる衝突は大きく報道された。その報道の為に後々まで事故を原因に自殺者は続出した。思い出したくもない記憶が何度もまさぐられ、引き出されその度に報道は過熱し死者の数は増えた。

 校庭に植えられた桂の枝が切られ、屋上は三重の施錠がなされ、窓には常に鍵が掛けられた。それでも校内にいると友人、教師、恋人の顔を思い出すのか軽症の者から精神を病み始めた。

 修学旅行に行った学年ではネクタイとリボンが制服から除外され、他の学年もそれに続いた。