完璧彼女を造りましょう

8.「墓守は見回りに来ない」







 ラムダは表情に出しませんが、興奮していたのだと言います。

 私に会いたくて、会いたくてたまらなくなったのだと言います。台詞に抑揚は無く、目の色は深く、表情は無機質です。この時もそうだったそうです。

「こんな墓場にシャベルを担いでいる意味がよく分からないが、誰も近寄りたくない場所なら、誰にも知られたくないような事をするには丁度いいだろ」

 タウは笑いながら鼻を擦りました。タウなりの考えがあるようですが、実際とは全く違いました。この時は分かりませんでしたが。

「じゃあ、僕らも誰にも知られたくないような事をするんだろうね。そうだろう、ラムダ?」

 この時、ラムダはイェプシロンだけでなくタウにも呼び出した理由を言っていませんでした。

 その必要は無いだろうと判断したのだと、ラムダは言います。イェプシロンは理由を聞いていれば行かなかったかもしれないと言います。タウは、絶対に行かない例え首に縄を掛けられても行かない、と言います。力自慢のタウらしい言い回しですが、首に縄を掛ける趣味を持ち合わせている者はいませんでした。

 イェプシロンの声も耳に入らない程に興奮していたのか、都合が悪かったので聞こえなかったのかは分かりませんが、ラムダは返事をしません。

「ラムダ、歩きながら寝ていないなら返事をしてくれないか。僕が引き返したくなる前に」

 時折、言葉に焦燥感を窺わせながらイェプシロンはラムダに声を掛けます。それに返事をしたのはタウでした。本当にお人好しです、だからイェプシロンに付け込まれるのです。人生にはお人好しというだけでは駄目だという事を知らないのです。

 タウというお人好しに付け込んだイェプシロンは、焦燥感を伝えました。

「僕はタウと違って夜の墓場なんて怖くない。怖いのは見回りの墓守だ、見つかれば最悪停学だ、そうでなくとも今期の講義が全部無駄になるくらいの処罰はあるだろうね。今は期末だ、つまり今期分の受講料が全くもって無駄になるんだ」

 更にイェプシロンは続けます。耳障りであったに違いありません。あの森貴族は、一度愚痴を口にし始めたら五月蠅いのです。

「おまけに、シャベルまで持って来てる。迷子になって、なんて言い訳ができると思うか」

 顎に指を当てて、タウは確かに、と頷きました。何度も頷き、不意に気付いたのです。イェプシロンが言った意味を。

「おい、ラムダ。そのシャベルを隠せ、今すぐに」

 シャベルを隠せば何とかなると思っている辺りが、まだ完全に事態を把握していないと言っているようなものです。シャベルは柄の部分が長く、外套や服に隠せる長さではありません。

 ラムダの愛用品であるシャベルは自分で削った柄と、お母様から頂いた三角の金属で出来ています。手に馴染んで一番使い易いのだと言います。その内私が一番の愛用品になるのでシャベルがそう言ってもらえるのは今の内だけです。

「墓守は見回りに来ない。この時間以後は見回りの義務が無いから余程の事が無ければ来ない」

 学府内という閉鎖された空間という事もあり、墓守にも勤務時間があるのです。多分、一人に一つの墓場を任せきりだからだと思います。

「へぇ、墓守なのに。僕たちには好都合だけどね」

 この理由をタウは知っていました。しかし、口にするのも、ラムダにも悪い、自分の気分にも悪いので閉口していました。代わりにラムダが応じました。

「夜の墓場が怖いから。こちら側の墓場だと酒を飲んで眠るようにしているはずだから、少なくとも今夜は直ぐに眠っている。確認した」

 ラムダの遅れた理由がこれでした。

 ラムダも墓守に見つかるような事があれば面倒です。墓守が日課である晩酌をして床に入り、寝息が聞こえるのを確かめてから墓場に向かったので遅くなったのです。面倒だからラムダが口にしなかった事は未だあります。酒に眠り薬を混ぜたのは秘密です。

「墓守なのに、夜の墓場が怖い? なんで墓守なんてやってるんだ、そいつ」

 至極当然の疑問をイェプシロンは誰ともなく投げかけました。そこには静かに眠っている死者と月、ラムダとタウ、イェプシロンしかいないので、ラムダとタウに投げかけたつもりなのでしょう。二人は答えを持っていました。

 どうしようか、と口を歪めるタウをイェプシロンが見ていました。仕方なく見かねたラムダは答えました。

「深夜の遺跡発掘では、死体が動き出すこともよくあることで、その死体に肉が付いているとどういった状況になるのか事細かに説明した。他にも、正体不明の燐光や、歌声や、呻き声、足音で作業員が動く死体になった思い出を語った。こういった種族の異なる死体を同じ場所で管理していると、喧嘩して這いだしてくる、気がする」

 墓守でなくても墓場に近寄りたくなくなる事を語ったそうです。しかも一日や二日ではなく、長い時間をかけて。ラムダは感じていませんが、嫌がらせです。

「それは、嫌だね。でも、墓守ならその程度で怖がったりしないだろう」

 ラムダは食い下がるイェプシロンに冷めた目を向けました。思わず、怯んだイェプシロンの背中をタウは支え、ラムダの補足をしました。

「墓守も、遺跡発掘が大好きなだけの学生にそんな事を聞いても信じない。ただ、ラムダは実行したんだ」

 何を、とイェプシロンが問う前にラムダは淡々と語りました。

「深夜に頭蓋骨の模型に塗料を塗って発光させた。毎晩、定時に発掘遺跡で録音しておいた叫び声を再生。墓石を動かして、二つを縦に重ねた、後で墓石ごと移住してもらった。ちょっと掘って、中から這いだしたように細工、足跡を墓守の小屋直前まで付けて、棺桶の中を調査しただけ」

 暫く続けたら墓守が交代したので、交代した後の墓守にも同じ事を続けたそうです。ラムダが入学してからの一年間で三人の墓守が自主的に職務を辞めたそうです。一年間で三人を辞職に追い込んだラムダは、深夜に墓場へ潜り込む時間を確保したのでした。

 今も深夜の墓場で月見をしながら夜食を摂るのが楽しみです。深夜の月見の為だけに三人が辞職させられたのです。私と一緒に月夜を楽しむ為に。致し方ない事です。

 そもそも、ラムダの言葉に耳を貸さなければいいのです。親類や友人が眠らない墓場に、しばしばやって来ては墓守の小屋に顔を出す理由を勘違いしているのです。ラムダが墓守に会いに来ていると勝手に想像しているのです。墓守自身は墓守自身の大いなる勘違いから辞職したのです。

 その自業自得の墓守に同情したのがイェプシロンでした。

「それは、墓守に気の毒だ。待て、ラムダ。これまで何度も深夜の墓場に忍びこんでるだろう? 墓守を怖がらせて、深夜に何していた?」

 ラムダは一旦立ち止まり、今度は墓石の名前を確認しながらゆっくりと再び歩き始めました。プシー嬢が眠る付近まで来たのです。

「月見。ベータ二六.九八と。これは、逢引きに入る?」

 ベータ二六.九八、私の正体を知る二人は全力で否定しました。

 ラムダにとっては私と二人きりで月見、逢引きに違いなかったのですが、一般常識も齧っているので一般的には逢引きに入らないと知っていた上での確認でした。

 残念そうに、花が咲くような溜息を吐いてラムダは墓探しに戻りました。

 墓守が来ないと知った二人も、時に屈んだりしながらプシー嬢の墓を探し始めました。そこで問題がありました、タウは古すぎる時代の文字が読めませんでした。更に長い年月を経た石は雨風にさらされ、削れ、汚れていました。特に墓石が大量に必要になった時代でしたので、質の悪い石も多く原型を留めていない墓石もありました。墓石があるのは未だ良い方で、何体もの死体を一緒に埋められ、大きな墓標に年代だけ刻まれただけの者もいます。

 流石に、学部創設者の一人ということでプシー嬢は自分の墓石を持っていました。

「ラムダ、こんなカンテラと月明かりだけじゃ俺は文字が読めん」

 例え蝋燭を数十本立てようとも、陽光の中でもタウは読めなかったのでしょうが、灯の所為にしました。妙に正直ではありません。

「必修じゃなかったんだろ? 僕だって必修で、学部で毎日のように使ってなきゃ読めないよ」

 タウを慰めるイェプシロンの足元でわずかに土が動きました。人間族では気付かないような振動でしたが、木の根を痛めないように歩く術に長けた森貴族は僅かな変化を感じました。

 先ほど、ラムダが墓守にした話を思い出したのも多少関係があるのでしょう、イェプシロンはタウを呼んでカンテラで周囲を照らすように頼みました。

「ラムダ、遺跡発掘からの見立ては?」

 今度はラムダを呼び、照らし出された問題の部分を示しました。

「掘り返されてから一日経っていない、さっきすれ違った。先を越されたのかもしれない」

 月明かりとカンテラの灯で照らされた墓石。その手前は茶色く、柔らかくなっていました。明らかに周囲の土と違う様子にラムダは腹が立ったそうです。