レッツ採掘!~題名に意味はありません~

4.剣と魔法の世界





 転んだわけでもないのに、眼鏡は声を上げた。

「停めて下さい! ココです」

 馬車が急停車できるわけもなく、少しばかり通り過ぎてから停まった。ここから山を登るのだが、馬車が通れる道は限られている。その場所を通り過ぎてしまったのだ。

 しょうがなく、馬車は大回りして方向を変えた。

 そして少し後悔した。

「典型的展開だな」

 ヴァスが面白そうに呟く。それに応えるセシルもセシルだ。

「あまりにも古典的過ぎて誰も彼もが忘れてしまうものと、手堅いから使われ過ぎたもの。どうでもいいが、襲われる方と襲う方の数はどっちが多い?」

 あんたら余裕だな。襲撃っていうのは相手をビビらせてナンボなのよ少しは驚いてやりなさいよ。襲う方の身にもなってごらんなさいよ。って襲われてる奴の考えることでもないし、そんな暇もないハズなんだけどね。

 この人たちの余裕につい、つられてしまった。

「こっちの数が多いぜ? わかってんだろ? 金目のモン置いて行けよ。今なら命までは取らない」

 嘘だ。大体自分の顔をさらしておいて逃がす馬鹿は少ないのよ。今までそれで荷物置いて逃げる事が出来たやつなんていた?

「金目のモン全部置いて今から逃げるなら逃がしてやる!」

 馬車から降りて腕を組み、高らかに宣言したヴァスからは自信しか伺えない。それほど自信があるのだろうか。本当に脳みそまで筋肉で出来てるんじゃないだろうか? いくら素早いからって、刃物を持ってるこの人数を素手で相手にしようなんて、本当にバッカ!

 静かに腰の剣に手をかける。

 眼鏡も隠れるように荷台の陰に入り、分厚い本を開く。

「…ばっかじゃねっぇ!! ヤッチマエ」

 一人が剣を振り上げたのを合図に、誰よりも早くヴァスが動いた。

 手が振り上げられている、それは無防備ということ。軽いとはいえ、鎧を身に付けている馬鹿共より、脳みそ筋肉の馬鹿の方が圧倒的に速かった。

 胸部にしか鎧がなかったのことが盗賊の運命を決めた。腹に重たい一発が入った。下から上に突き上げるような深い一発。受けた身にならなければわからない効果は、地味に痛い。

 剣を振り上げたままの恰好で崩れ落ち、のたうつ力もなく身体を丸めて口から嗚咽と共に何か吐き出している。弾き飛ばされたのなら、まだ威力は削がれていただろうが、内臓を殴りつけられ柔らかく拳を受け入れた。殴られた本人は内臓でも吐き出している気分だろう。それとも、意識がないのかもしれない。その方が楽だろう。

「全員死刑宣告を受けたと思っとけ。我は戦いの女神リーリアリに仕えし僧兵・ヴァスティス! 我が神の貢物となれ!」

 ヴァスの宣言でやっと状況を把握した馬鹿共は、やっと剣を持ち直した。その手も震えているが、数と武器を頼りに襲いかかって来る。士気のない乱れた賊を相手にするのはそれほど難しくない、

「お頭ー!」

はずだった。



 一人が喚いた。その声に応えて、山の方から馬に乗った奴を先頭にこれまた刃物を持った馬鹿共を引きつれてやってきた。

「うっそ」

 嘘や冗談でなく、人数が倍になった。

「こりゃまたすげー人数が居やがる」

 流石のヴァスも弱音を吐いた。しかし、楽しそうではある。

「ごめーん。手伝って」

 茶目っけある言葉が現状にどれだけ不似合いだろうか。

 鞘から一気に剣を引き抜いた。この銀ぴかの刃を赤く濡らす時が今、来た。



**



 しょうがないとばかりに、セシルが馬車から降りる。その手に武器は…無い? 余裕で死ねるわ、聖戦士様。

 武器を持っていないわけではない。ローブを留めているブローチに十字が刻まれている。あまりにも重い武器や持ち歩けない武器を常備するための石がある、セシルの胸で輝くのがそれだ。そこにセシルの武器がある。

 宝石から何かを引き抜くような動作をすると、その手には踊り子の胴程もありそうな広い剣。長さも子供の身長程もある。

私が持っているような片手で扱える片手剣ではない。両手で持たなければならない程の剣、両手(ツーハンド)剣(ソード)。

 を、片手で持ってる。

「ツーハンドー!」

 思わず声を上げてしまい、慌てて口を塞いだ。

 化け物かコイツ! 阿呆か! そんなの片手で振り回せるか馬鹿! 物見て考えろよ!

 同じ事を襲ってきた馬鹿共も考えたのか、セシルを狙ってきた。

 相手からしたらヴァスもセシルも鴨だろう。素手だし、身動き遅そうだから。

 そんなことはお構いもせず、ヴァスはセシルから距離をとり一人ずつを確実に殴っていく。囲まれる前に数を減らしていく作戦にでたのだ。私もそれに賛同する。荷台から剣を突き出し、一人でも減らしていく。

 すると、横から人間が飛んできた。一人や二人でないことからヴァスがやったのではない。目の前の一人の喉を切っ先で突いておいてから、目をやるとセシルの周りがガラ空きだ。つまり、ぶっ飛ばされたのだ。千切れた胴体だけがぶっ飛んだわけではないので運が良かったのだろうか、それとも手加減されているのだろうか。

「化け物めっ!」

 私もそれに賛同する。

 しかし、セシルやヴァスばかりを狙ってくれるのは終わって今度は荷台にいる私達を狙ってきた。ホロがある分向こうから見えにくいといえ、広い荷台ではない。左右から同時に槍で突かれると、いずれは当たる。こちらからもホロがあると見えないのは同じだ。

「あっつ」

 運悪く魔法に集中していた眼鏡が足を刺された。これで今まで集中してきた魔法の分が水の泡だ。

 馬鹿とでも言ってやりたいが、声を上げると私の位置がばれる。

 この人数相手じゃ、逃げた方がましかもしれない。そう思い始めた時に今まで避けに徹していたファーンが剣を振った。

 眼鏡の魔法があてにできないと分かり、突きこんでくる槍を切り落としていく。既にボロボロだったホロが更に破けて大きな穴が口を開けた。そこから外に丸い物を放り投げた。

 ファーンは耳を塞いだ。それを見て私も慌てて耳を抑えた。

ホロが揺れた。



 外では煙が辺りを包んでいる。ファーンが投げたのは煙幕。つまり、耳を塞ぐ必要は全くない。しかし、ホロを揺らす程度の力はある。

「逃げましょう!」

 私もそれに賛同したいが、この煙幕の中でしかも馬車に乗っているのは荷台組だけ、逃げるなら誰かが前に出て手綱を掴まねば。

「その必要はないな」

 眼鏡が前に出ようとするのをファーンが止めた。そして自分は荷台から飛び降り、煙幕の中に身を投じた。これで馬車に残ったのは私と眼鏡だけ。今からでも手綱を取って逃げられるものなら逃げたいが、ファーンに止められた手前逃げようかどうか迷う。普段なら、とうに逃げている。絶対、人数的に勝てない。

 そうこうしている内に、外から再び悲鳴が上がり始めた。



 荷台の後ろから槍と思しき物を持ったのが何人かして、ホロを持ち上げ、中に入ってこようとしている。刃先が付いていたであろう棒は斜めに切れている。ずっとホロに槍を突きこんでいた奴らだ。刃先が無いとはいえ、削がれた棒も突きこめば人間の腹を破る。

「こんっの」

 まだ槍持ちが入らない内になんとかしないと、武器の長さで不利になる。狭い所で剣を振り回すと引っかかるだけで、突く方がこの場合合っている。槍との突き合いでは負けが分かってる。

 一人が荷台に足を掛けた所で、盾に身体を隠しつつ、剣を長く持ち、突く。一人目はこれで何とか落ちる。問題はこれから複数で登って来る奴らだ、本当の馬鹿じゃなければ同じ手は使わせてくれない。

 眼鏡が荷台の真ん中に立ち、前後を警戒しながら投擲を繰り返す。上手く頭なんかに当てないと、ちょっとやそっとじゃひるんでくれない。しかも、鎧を着こまれていると急所や頭なんてさらしてくれない。魔法の使えない魔法使いなんて、そこら辺の一般人とさほど変わらないのよね。

 この様子だと、車輪はもう棒か何かで止められていると考えた方がよさそう。馬車を走らせて逃げることも出来ないだろうし、本気で逃げられそうにない。



「しまっ」

 眼鏡の声がした。馬車の前方からも遂に入りこんできたようだ。

 今私が後方を離れても後ろから入り込まれる。眼鏡をカバーしきれない。眼鏡から血が噴き出すのが容易に想像できた。

 それでも、それだからか、後ろを向けなかった。

 背後から温かな液体がかかるのが分かった。



「ぁぁあああっ」

 眼鏡の声ではない。

 自分の前の奴に突きを幾度か繰り出し、なんとか転倒させることができ、やっと背後を振り返ることが出来た。

 眼鏡が片腕を押さえているがちゃんと立っていた。代わりに足元で長い剣を持った男が声を上げている。私にかかったのはこいつの血だ。なぜ? 答えは血を滴らせる剣を両手に持っているファーンだった。

「たっ助かりました」

 眼鏡が青い顔して傷口を押さえながら、礼を口にする。こんな時も律儀な奴。

「外は二人に任せてきた」

 中が心配だから戻ってきてくれたわけね。プライドが傷つくほど、嬉しいわ。



**



 足元で呻いている奴を荷台の後ろの方に蹴り出し、自分も後ろに向かう。仲間が滑ってきたことでいったん槍の突きが減る。その隙に近寄り、両手の剣から連続して左右から刃が宙を滑る。柄より内側に入ってしまえば今度は長い分不利になる。それでも、囲まれてしまうと距離をとりながら他の槍が突いてくる。

 一切の防御を捨てているファーンは、煙幕に紛れて一人ずつ闇討ちしていくことはできても、煙幕が回ってきていないここで槍持ちに囲まれるのは危険すぎる。それは私にも言える事だ。

 ファーンほど勇気がない私は、盾を手に後ろへ行く。再び前方から登って来る馬鹿がいない事を願いながら。



 いざ荷台から降りようとすると、攻撃こそ最大の防御と言わんばかりに両手の剣を振るうファーンに近付くとこが出来ない。私が来た事は音で分かるはずだ。が、来た所で邪魔だといったオーラが出ている。邪魔なのは分かっているが、むざむざ囲まれ的にされるのを見ているのは嫌だ。

 ホロの穴から出ようとするが、鎧を着け、盾を持ったまま出られるほど大きな穴はない。歯ぎしりした。

「パステルこれを」

 眼鏡が渡してきたのは自分が投げていた物だ。片手が使えない眼鏡より私の方が使えると判断したようだ。それを有り難く使わせてもらうことにする。

「少しは頭を使うじゃない」

 眼鏡からひったくり、そこから荷台の後ろに投げる。



***



「我が神の供物にはいささか不味いものばかりだ。大将ここらで一騎打ちといこうではないか」

 外では賊の半数が地に伏していた。

「…わかった」

 ヴァスと明らかに大将とわかる兜をかぶった男を中心に周りが下がり、手を止める。どれほど優勢でも、何故か大将が一騎打ちで負けると負けになる。不思議なことだ。

 警戒しながら、ホロのすき間から眼鏡と様子をうかがう。

 賊の大将が持っているのは他の奴らと同じような長剣(ロングソード)。私では分からないが、魔法的な効果があるのかもしれない。それでもヴァスが素早く動ける分、早さに分はあるが、一発でも当たると即死もある。それに大将を張るだけある、他の奴とは違う金属製の鎧を着ている。あれではヴァスも殴れない。

 ヴァスが負けたら、走ってでも逃げようと決心した。



「貴様、僧兵といえ本当に素手でくるつもりか?」

「当然。女神リーリアリが最も好むのは素手による一騎打ちだ。だが相手に無理強いするつもりは毛頭ない」

 構えもせず、今にも歩いてどこかに行ってしまいそうな、そんな風に見えるヴァスに対して大将は長剣を構える。

「ふん、勿体ない奴だ。今なら仲間に加えてやらんこともない」

 お約束のお仲間勧誘の時間。答えは二つしかない。でも、大体同じ。

 ヴァスが私達を裏切るなんて考えることなんてできない、いや考えたくない。



「もし、仲間になったらどれくらいの稼ぎになる?」

 とんでもないことを言い出した。

「はーはっはっは! かなりの稼ぎになるさ」

 汚らしい高笑いと共に、賊の大将は手を振った。周りからも笑い声が上がる。

 嘘だと言ってほしい。そうでなければ、この状況は荷台で揺れながら見ている夢だと、誰かに起こして欲しい。

「だが、盗賊といった類は苦手なんだ。馬鹿が多いから」

「はっ…はは。そいつはそうだが頭のいい奴もいるぞ!」

 引きつった表情で、大将は負け惜しみとばかりに言い返した。盗賊団に頭のいい奴…、魔法使いがいるのか! それとも自分の馬鹿さ加減を分かってないのか?

「いや、馬鹿ばっかだ」

 周りに引いている賊共を見渡して、ヴァスは全否定した。

 そのとき、後ろの方で隠れていた一人が本を広げているのに気付いた。そして、光が辺りを包む。

「本当に馬鹿ばかりか知るといいよ」



**



 呪文を打ち消す対抗呪文は間に合わない。

 火の玉が魔法使いと思しき者の指先からヴァスに向かって飛ぶ。

 直撃する! 鎧なんて身に付けてないヴァスには、致命的な一撃。しかも、魔法の攻撃なんて避けられるわけがない!

ヴァスが炎の揺らめきの向こうに消えた。



「馬鹿めっ」

 ひょっ

 がつっ

 なんだか、何かが砕けるような音がした気がする。

 炎が消えたあと、ヴァスの死体が黒々と転がっているだろうと想像していた。しかし、ヴァスの代わりに大将が転がっている。泡を口の端から垂れ流しながら。



「…忘れていた。僧兵は…」

「私も思い出したからミナマデ言うな」

 そうだった、僧兵という脳みそ筋肉共は魔法を避けられるんだった。他の職業に無い特権。経験を積んだ僧兵は剣も魔法も避けるし、場合によっては毒すら効かなくなる化け物になるんだとか。

 しかも、奴らの特技は自分の肉体強化と自己回復。ヘタすりゃ、金属性の鎧越しにもダメージが背中に抜ける。ある意味、あっという間に起き上がれるかどうかは別として、気持ち良くなってしまう。

「っく」

 本を広げていた奴が走って逃げる。他の賊共も散り散りになって逃げだす。

 もしかしたら、他に別部隊を用意しているのかもしれない。

「逃げることなど許さん」

 魔法をぶち当てられそうになったヴァスは本を持っていた奴を追いかけ始めた。猛然と凄まじい速さで。町を抜けた時の速さなど比ではない。

 頭脳専門と体力専門との鬼ごっこなんて、ずぶの素人が考えなくても結果は分かる。

 近くで悲鳴が上がった。

「私は奴ほど優しくないからな」

 そういってセシルは残党に両手剣を振り、かち上げる。そして空中浮遊を体験する残党共。

「そういえばファーンさんは?」

 眼鏡が荷台から降り、泡を吹いている大将から剣と鎧を、はぎ取りながら思いついたように言った。

「そう言えば…」



***



 荒い息、重い身体と鎧、しがみつく見捨ててきた奴らの怨念。どれが原因で転んだんだ? 知らない。

「大丈夫か? …足から血が出ている。ほら」

 助かった。いや、追いつかれたのだ。絡みつく思念に。今まで手にかけてきた者達の? 今しがた置いてきた仲間の? 裏切ってきた自分の? 考える頭だけがやけにハッキリとしている。そして、段々と意識が震えるような快楽に支配される。

 これが“死ぬ”ということか?

「…死は最も優しい。この地獄からの解放」

 空っぽになっていた部分に何かが満ちて来る。冷たいのか、熱いのか、それすら分からなくなる。ただ心地良いそれに身を委ねるだけで何もかもから解放される。サナギがチョウになるのは、きっとこんな気分。どうしようもなく溶ける、解ける、とける。目を閉じてしまおうか? 目を開けていようか? 今から羽ばたく空は、受け入れてくれるだろうか?

「俺は失ってしまったが、他者に与えることはできる」

 残党だった抜け殻が大地に崩れ落ちた。



***



 倒れた賊共から戦利品をかき集める。大半が意識を失っている。意識があって動ける奴は逃げて、意識があっても動けない奴が残っている。そういった可哀想な奴には一撃を与えて失神してもらう。

 一人一人の持ち物なんてたかが知れているけれど、これだけの人数がいればかなりの稼ぎだ。しかも、魔法使いがいるような盗賊団だ、それなりに良い物を持っている。

「ヘタすりゃ鉱脈当てるよりいい稼ぎかもしれんな」

 ヴァスがホロを剥いで、賊共から奪い取ったテントの布を代わりに取り付けている。

それほど私が可愛いか? 疲れた私の為よね。それとも今はいない色白剣士の為か? それは…なんかヤだな。

「これから行く鉱脈はこいつらの稼ぎより良いですよ」

 眼鏡もいそいそと賊共の手袋を外して指を見たりして、装飾品(金目の物)がないか確かめている。

「おや? 既婚者がいますね」

 眼鏡が珍しそうに、頭部を守るヘルムを外した後の男を見ていた。その男の右耳にはキラリと光る金ぴかのイヤリング。左耳には小さく穴があいているだけ。

「そいつは取ってやるなよ」

 ヴァスが慌てたように眼鏡に近寄る。眼鏡は苦笑いして男の手袋を外す。

「分かってます。取りませんよこれは」

 既婚者、婚約済みを表わすそれを盗るほど、餓えてもないし、プライドも低くない。そこまで落ちぶれていないのだ。

 男は右、女は左に一対だった耳飾りをする。一つの物を分かち合い、いつも傍にいられるようにとの願いが込められている。裏を返せば、逃がさないとの怨念だろうが、それも一つの愛情。左右の耳にピアスをしている私としては少々羨ましい。だってまだ、こんなに可愛いのに誰も私に片方をくれないし、渡そうと思えるほどの奴もいない。

 これって私が可愛い所為ね。

 可愛いって本当に不幸だわ。



**



 荷台の荷物増量が一段落したところでファーンが馬に乗り現れた。馬の左右には袋に詰めたられた大金が吊るされていた。残党の残りを追い、拠点を突きとめて強奪してきたと本人は語った。

なんて素晴らしい! 素敵過ぎるわファーン!

「かなり貯め込んでいた。しかし金目の物はこれくらいで後は安酒が少々」

 安酒はファーンが持っていた。本人の顔も少し赤く、呼気からも酒の匂いがした。一杯飲んで来たようだ。

「勝利の酒だ!」

 ヴァスが意気揚々と受け取って自分もあおった。それをため息混じりに見ていたセシルがひったくって荷台に置いた。



 邪魔が入って山に入るには時間が足りなくなった。このまま山に入ってそこで野営を組んでもいいが、山の中で馬車を置くだけの十分な場所があるか、それが分からないから入るに入れなかったのだ。

「僕達が登ったルートでいくと確か馬車を停められて野営が組める所は門の付近しかありませんでした。そこまで行くには時間が…」

 それでしょうがなく山の麓に早めに野宿の準備をし、明日山に入ることにした。

 できるだけ早く門に辿り着き、鉱脈を掘って大金を手にしたかったが今は我慢だ。代わりに金目の物が手に入ったんだから良しとしよう。今夜は金貨や銀貨を数えて眠ろうかしら。

「そうと決まれば今夜は酒盛りだ!」

 ヴァスが嬉しそうに荷台から例の安酒を取り出すが、セシルがそれをたしなめる。

「先に火を焚いてからだ」

 残念がることなく、ヴァスは楽しそうに枝拾いに走った。

どうやらあの程度の運動では身体を動かし足りないらしい。どんな体力してるんだ脳みそ筋肉馬鹿は?



***



 山の麓だけあって日が陰るのは早かった。早くに野営を組んで焚火をしていたので暗くなってからもそれほど困ることはなかった。魔法を使える者がいるから火の心配はしていなかったが、それでも準備が出来ている方が安心した。

 特にするべきこともなく、明日に備えて早めに夕食を取るべきだとヴァスが主張するので早めに夕食となった。

 枝拾いのついでにヴァスが仕留めた生肉がメインとなり、案外豪華な食事が取れた。食糧が入った瓶の蓋を開ける。質が良い物だと中にさらに魔法が書かれた布があり、多少濡れたり熱が加えられても中身が守られる仕組みになっている。期待はしていなかったが蓋を開けるだけで中身が見えた。

 この地域特産の野菜が、たっぷりの塩と胡椒で味付けされている。それを切り分けられた固いパンに乗せて口に運ぶ。料理上手がいれば、この料理ももう少し美味しいものになっていたのだろうが、私も眼鏡も上手くはないし、御三方は誰もなにも言わない。そもそも鍋が一つしか乗っていなかった。

「ゆっくり食べてくれ。もうすぐでアレも出来上がる」

 セシルが火にかけられた鍋を指し示す。ヴァスが仕留めた生肉の骨や筋なんかを煮込んでスープでも作っているのだろう。スープや炒め物は体が温まるし、心に安らぎがもたらされる。

 待ち遠しい、あれだけの戦闘の後はお腹がすいてたまらない。いくらでも入りそうだから大丈夫よ。

 瓶の底が見え始めた頃には、鍋からいい香りの湯気が立ち上っていた。途中からその匂いをおかずに食べていた。

「出来た」

 鍋の蓋を持ち上げて中を軽くかき混ぜた後、金属の皿に注いでいく。即席で作ったにしては良い匂い。

 渡されたそれには、とろみのついた金色の液体が入っていた。具材は筋肉と根菜。それとちらほらと茸が浮かんでいる。あるものを適当にぶち込んだスープといった所か。それでも美味しそうだ。

 一口飲んだ。

「おいしい」

 好い味だ。骨や筋肉からも出汁がでているし、根菜がそれをよく吸っている。想像していた水っぽい味ではない、予想外の味に口元が自然と緩む。まともな料理に外で久々に出会った気がする。

「ほら。これも美味しいぞ」

 ヴァスが熱そうに茶色いものを皿によそってきた。茶色くて麦が出されたかと思ったがそうではない。麦から湯気が立っていたらこんなにいい匂いはしない。

 すくって食べると塩辛くもないし、肉や野菜の風味があるが中には入っていない。特別美味しいともいえないが、不味くない。さらさらと口に入っていく、それが止まらない。

「乾し飯をさっきの鍋で蒸したんだ」

「あぁ成程」

 眼鏡が納得して返事をする。私は口が食べるのに塞がっているので無理だった。料理が美味しいと饒舌になるか無口になるらしい、私は無口になる方だ。

 乾いたご飯が美味しいスープの蒸気を吸って膨れて、いつもだったら、あんまり美味しくないご飯がなんとも止まらない不思議な味に変身したわけね。なかなかやるじゃない聖戦士様。褒めてあげる。

 これは明日の朝も期待できるわね。



**



 夕食後は順番を決めて見張りに立つ。さっきの盗賊団残党やら、他の賊共がいないとも限らないし、可愛い私を狙ってくる人間以外がいないとも限らない。

 五人なので二人と三人に分けて立つことにした。ここは悩む。

「俺とパステルとゼラニウムで立つから、お前ら二人な」

 ヴァスがさっさと決めてしまった。

 少々がっかりした。ここはちょっとぐらい悩んで決めることでしょう? 意外と二人きりって大事よ。雰囲気作りに。

 でも、ヴァスの編成は間違っていない。どちらにも回復ができる者と魔法を使える者がいる。これは大事。それに前に立って攻撃を仕掛ける者の戦力に偏りがない。自分の非力を認めるって、かなーり嫌だけど先刻の戦闘を見れば戦力差は歴然。嗚呼、職業差だけでは埋まらない差なのよね。

 いつかきっとこの職業から抜け出して見せるわ。



***



 見張りに立つといっても特にやることはない。焚火で棒の先に白いマシュマロを刺して、焼いているのがその証拠。甘いって幸せだ。  見張りでこんなに美味しい思いができるとは思わなかった。馬車にコッソリと忍ばせておいてくれたヴァスのおかげだ。しかし、隣りに小さな酒瓶が十本置いてあったから、ヴァスとは違う誰かがコッソリとマシュマロのお供を忍ばせておいてくれたようだ。ヴァスは「やられた」とばかりに笑っていた。

 そういうわけで、きつくない地酒をちびりちびりとやりながらマシュマロを齧っていた。なかなか良い見張りだ。

「ねぇヴァス。聞きたいんだけど」

 強くないとはいえ、酒の力を借りて聞いてみた。別に酒の力を借りる必要もないけど、今までタイミングがなかったからだ。

「なんだ? 分かることしか答えられんぞ」

 三個のマシュマロを棒に刺して焦がしながら、ヴァスは真剣に答える。さっきは二個のマシュマロを炭にした。

「門の事を聞いて急がせたけど何かあるの?」

 表面がこんがりと焼けたとろけそうなマシュマロを火の中から引き出し、あつあつと口に運ぶ。喋るどころではない。火傷をするかどうかの瀬戸際だ。今日一番の緊張だった。

「はぁっつぁっ。…んぐぐ…実はだな」

 口を火傷した男は喋り出した。