レッツ採掘!~題名に意味はありません~

5.女神





 戦いの女神リーリアリは元来、生命と活力の女神と、豊穣と落雷の女神が都合よく混ぜられた姿。多くの時代を経るうちに、段々と変化して今のような女神になってしまった。

 女神リーリアリは、生命と活力の女神を原型とする現在の神。元来争いや戦いを司る神ではないが、時代がそれを求めてしまった。だが、その姿は変わりもせぬ大いなる巨木。

 山の連なる峰は大地から出る巨木の根のうねり。幹に巻きつく蔦は螺旋を描き天へと昇る。枝は雲の葉を茂らせ時には太陽を隠す。世界に根付いた巨木は水を吸い上げ、葉の雲から落とす。

 その大きさは世界中の人間がかりでやっと抱けるほど。

 女神は天と地とを結ぶ。

 信徒は蔦を登り、麗しき世界を眺望する。

そして初めて神に出会う。



「それがリーニャク教の最終目標。でも誰もその巨木を探さない」

 火傷した口を酒で冷ましながら、ヴァスは炎の向こうで語る。

「どうして? 蔦を登って眺望するんじゃないの?」

 最終目標なのに誰もその目標に挑戦しないのかしら。自分の身体を鍛える以外は怠惰なのだろうか。なんだ、以外と勤勉じゃないのね。僧兵って真面目馬鹿で猪突猛進、腕力で全て怪力解決、単細胞生物、周りなんて関係無いイメージがあったから。

「そりゃ皆その蔦を登っているからだ。蔦には葉っぱも付いてるし節もあるだろ。それが関門なんだ。リーリアリはそれを自分の一部に設置してある。それを一つづつ乗り越えていく。それにだ、リーニャク教にいる奴は大抵趣味で入ってるからな。他の宗教と違ってそこんところ縛りがほとんど無いからな」

 口の火傷を避けながらこんがり色のマシュマロをまた齧る。齧ってまた火傷をするのだった。このリーニャク教徒はマシュマロを食べるのが下手だった。

「ではこの門が設置された関門だと、ヴァスさんはにらんだんですね」

 今夜は酒でなく水で参加の眼鏡が何やら真剣に問う。ちょっとだけ考古学を齧っているだけあってこういった話に目がない。やたらと首を突っ込むから困ったものだが、たまにはこうして鉱脈を発見するのに役立つ。もっとお金になることを調べてほしいのに。

「ゼラニウムが描いてきたこの模様。特にここだ。これはリーリアリの封印のシンボルだ」

 門の中央部の模様を描いたその紙を馬車から引っ張り出し、広げて私達に見せるが、可愛い私の目には、他の模様とどこがどう違うのかよく分からなかった。ただ中央の円に囲まれた五枚葉が、その封印のシンボルだとヴァスが指示してくれて分かった。

「リーリアリの封印は凄いぞ~。ゼラニウムの言う通り、素手でしか接触できない。しかもこの一番でかい円の中だけだ」

 ヴァスがしげしげと見つめる私に渡してくれた。受け取って今一度よく見てみる。眼鏡の上手くない絵を見ると、真ん中から波紋が広がるように円が描かれており、そして適当に蔦と葉っぱらしき模様が適当に描かれている。その蔦と円が奇妙に重なってなんだか分からない模様に成っている。子供の落書きとどこが違うのか説明して欲しい程に乱雑に描かれている。

「どんな魔法も武器も一切触れることが許されていない。例え火炎の魔法でも大地を揺るがす魔法でも。鍵穴もないから、その手の魔法も使えない。ハッキリ言って木の板がそこに突っ立ってるだけだからなこれ」

 世界に根を張っていると云うだけある神の封印だ。じゃあ私は偶然封印のシンボルの近くを殴ったから触れたわけね。よかった、怪力の証拠じゃないわ! 偶然、偶然だったのよね!

「おしっ! そろそろあいつ等を起こして俺らが寝るか」

 空になった酒瓶を振ってからそんな事を言った。きっと酒の残量で時間を計っていたのだろう。

 マシュマロで火傷をした男はその顔で二人を起こしたらしく、笑い声がした。しっかし、あの喋らなさそう二人が一緒に見張りか。次の見張り番は無言かしら。

 静かに眠れそうだ。



 荷台に横になっても直ぐには眠れない。酒の量が足りなかったのではなく、昼間の戦闘の恐怖と明日への高ぶりとで未だに興奮している。

 少ししているとボソボソと話し声がしてきた。案外お喋りなのかもしれない。警戒を解いていないセシル? 私に魅了されたファーン? 多分どっちも。だからって仲間だけになった途端に口が軽くなるのはどうだか。

 今の内に眠っておかないと起きた後に辛くなる。自分にそう言い聞かせて無理矢理寝返りを打って眠った。



**



 荷台から出る時に掴んできた酒瓶に口を付け喉に酒を通す、ヴァス達が残していった白いマシュマロを食む。こんなもので飲んでいたのかと、驚いた。あまりにもミスマッチ。これなら他の飲み物の方がよっぽど美味い。それほど甘さが欲しかったのか、他になかったのか分からないが自分には無理だと止めた。

「これなら他の酒を買っておくんだったな」

 セシルがマシュマロを焚火の残りの枝に刺しながら呟いた。自分もそれにならった。今夜の見張りは酒なしだ。

「やっぱりお前が買ってたのか」

 荷台にコッソリと乗っていた酒瓶。ヴァスにしては気が利いていると思った。それに、奴ならもっと大量に買い込んでコッソリとはいかない。隠すのにもう一台馬車を用意する必要があるだろう。

「どうせ足りないだろう。それに酒が入った方が話はし易い」

 例の二人のことだろう。必死に荷台を守っていた。御蔭で、被害がホロ程度で済んだ。居なければもっと早く済んだかもしれないが。

 さっきもあいつ等は妙な物を見つけていた。アレを思うと心が重い。

「さっきヴァス達が片耳に飾りを付けていた奴がいたとか言っていた」

 頭を掻きむしる。いつも当たるはずの物がそこに無い。とてつもなく、それが悔しく、哀しく、寂しい。いつもの重みがそこにない。自分の耳に触れてみる。…やはり、無い。唇を噛む。

「今は…そいつが羨ましいし妬ましい」

 セシルは黙って少し焦げ過ぎたマシュマロをくれた。



 夜明けは嫌いだ。太陽が昇るから。だけれど朝靄は好きだ。きっとアナタがその中にいるから。



***



「さぁあぁて元気に行ってみようか!」

 朝の朝っぱらから元気なヴァスは、何故か新鮮な生肉を担いで雫を滴らせていた。一体何があったのか大体の見当はつく。一人で運動をしに走ってでもいた所に未来の生肉に出会い、じゃれつかれたので、相手をして美味しく持って帰ってきたといった所だろう。今朝のご飯も肉があがるのか。

「元気がないなぁファーン! ほらさっさと起きないと朝食にしちまうぞ?」

 荷台でごそごそとまだ起きないファーンを起こしに、ヴァスがまだ四足の生肉を担いだまま馬車に向かった。

「お肉は置いていってもいいんじゃ」

 後ろで呟いていると、既に顔を洗ったらしく眼鏡を拭いている眼鏡を見つけた。今朝は早起きね。

「どこで顔洗った?」

 ムスッとした怖い顔で、眼鏡はこっちを見た。何よ今朝はまだ何もしてないじゃない。どこか丁度好い水場があるなら教えてって言ってるだけじゃない。ケチ、ケチ眼鏡。

「結果として顔を洗ったことになっただけです」

「なにーそれ~」

 嫌味? ムカつく。私にハムカッタって何にも良い事はないのだ、眼鏡君。腕力、素早さ共に私には勝てないのだから。

「さっき頭から水に入ったから、結果顔を洗ったことになるんです」

「うわっ馬鹿だ。寝ボケて水に落ちただけでしょ」

 成程、よくよく見ると髪の毛まで濡れている。顔を洗うのに後ろの髪を濡らす必要はないわ。随分と間が抜けてることだ。だから昨日も足を刺されたりするんだから。それとも周りの皆を笑顔にしてくれる神様が後ろにくっついてんのかしら? それならどんなに面白い事か。

 皆を笑顔にしてくれる神様の顔を想像して笑った。



 眼鏡のような失敗はせず、顔だけを洗ってすっきりして馬車に戻ると、新鮮な生肉が出来立ての焼き肉になっていた。ここはあっさりと塩、胡椒で頂きたい気分だ。

「おぃ朝食にしようか!」

 私を見つけたヴァスが大きな手で肩を叩いた。本人は軽く叩いたつもりだろうがこれが頭だったら、私は焚火に頭から突っこんでいた。なんという腕力だ、脳みそまで筋肉。

 でも、私は外面がいいし、可愛いからそんな事は口にしない。

「えぇ、そうしましょぅ」

 眼鏡が意地悪く笑った気がする、後々覚えておけ眼鏡。



 夕べのスープに葉物の野菜が加えられてグレードアップしたものと、新鮮生肉がこんがりと焼かれて出てきた。ついでに瓶に入った特産の野菜と固いパン。

 スープを残しては山に入れまいと、全員で鍋の底がほとんど分かる程にお腹に収めた。最後にはわざと残しておいたパンにスープを吸わせて鍋を洗うのを楽にしておいた。

「けっこう作ったんだが」

 料理人は嬉しそうに笑っていた。

 こちらは美味しくて笑った。



***



 流石に山を登るのに荷台に乗っているわけにはいかず、荷台の左右に分かれて山道を登る。昔はここら辺は金属の産地としてかなり有名だったのだが、それも尽きて今は衰退している。しかし当時の面影として町は広く空き家も大量にある。町だけではなく、こうして以前は使われていた路が残っている。今も大都市への近道として利用されているから馬車が通れるほど整備がされている、長い年月で踏み固められた道は草も生えにくい。

 なのにどうしてあの門が他の誰にも開けられなかったのかは不明だ。昨日の奴らの所為じゃないかと踏んでいるが、何故奴らは開けようとしなかったのか、気付かなかったのか。鉱脈に関する知識がなかったのだろうか。…そうかもしれない。

「新しい恋人のことでも考えているんですか?」

 不意に前から眼鏡が声をかけてきたから驚いて心臓が跳ねあがった。突然声を掛けてくるんじゃない眼鏡。

 でも、周りが分からなくなるほど考え込んでいた証拠。いつ昨日の残党や他の奴らに襲われるとも限らない現状に、警戒心を解いていた自分が悪いのだが、全部眼鏡の所為にしておこう。

「うるさい」

 眼鏡に走り寄り、軽くはたいてやった。足を痛めている眼鏡はよろめいていたが、転びもせず面白くない。転んだら笑って許してやろうと思ったのに残念だったな眼鏡、笑顔を周りに振り撒く神様は、もういないみたいだ。

「なんだパステル、ゼラニウムをフルのか?」

 反対側にいるヴァスがわざわざ回ってきてそんな事を言う。そして言い逃げしてホロの向こう側に消えてしまった。低い笑い声だけが、尾を引いて残っていた。

 最初何を言っているのか頭が受け付けるのを拒否していた。しかし段々と耳から侵入してきた言葉は頭にまで伝わってしまい、その意味を理解してしまった。

「…ん? んなぁぁっ!」

 そんな事ありえない! ありえない! ありえない! ありえなぃぃいいっ。眼鏡とそんな関係にはない! これは単なる喋って動けて魔法を使う便利眼鏡! しかもフラレタのは私にじゃなくて、色黒の弓使いエルフだ! それの愚痴につき合ったのは私っ。いやそれなんて、どうでもいいから誤解しないで私が可愛い小悪魔だからって。

「ヴァスさん、彼女の恋人は鎧や剣の事ですよ。新しい胸のプレートが出来るまで鍛冶場の窓にかじりついて恍惚とするほど好きなんですよ」

 それを冷静に返す眼鏡、逆にフラレタ気分になるのはなぜだろう? 鎧や剣が好きだけど、恋人は現金や宝石だ。私は現実主義者なのだ。魔法や呪術は認めてるし、幽鬼やゾンビーなんかの不死者(アンデット)モンスターも認めているけど魂やら超神秘的なものは信じてない。本当は神様も妖精も上辺だけで利用させて貰っているだけで、心から信じてるわけではない。

 そして人間の表情も、心も信じてない。

 見えないものは極力認められない。だって見えないんだから。

「鎧が恋人かー面白いなパステルは。はははっ」

 ホロの向こう側にいるヴァスの笑い声が、何だか嫌味に聞こえる。自分は鎧も剣も身につけないからって物珍しげに笑われている気がしてならなかった。どうせ、面白くて可愛い小麦色の天使ですよ~。

「だがな、パステル。剣も鎧も生きてる奴を除いて泣きも笑いもしないぞ。突然喋り始めたらヤバいってことだ」

 これに眼鏡が失笑した。面白かったらしい。変な奴だ、すっごく。ヴァスは当たり前のことを言っているだけ、実物にお目にかかったこ事は一度もないけど、噂で生きている装備のは聞いたことぐらいある。伝説にある剣や、呪われた剣が喋ったりするのは皆知っている。中身のない全身鎧が動き出すのは一回だけ見たこともある。あの時は走って逃げた。あの中に宝が蓄えられてるだとか、元・持ち主のミイラが入ってるとか、魔術媒体が入っているとか色々云われがあった。

 じゃなくて。

「分かってます! それに恋人って勝手にこいつが言ってるだけです!」

 もう一度はたいてやろうとしたら、眼鏡は前に走りだした。痛めた足でよく走るものだ。しかも結構速い。私が鎧を着てるから走れないって、ちょっとでも思ってるなら思い知らせてやらなきゃならないのだ。足元を見られ始めたら終わりの業界の切なさだ。

「逃げるなっ」

 軽装の頭脳専門が、軽い鎧の体力専門に勝てると思ったら大間違いだからな眼鏡。



**



「おぉーいっ。どこまで行く気だあいつ等?」

 足を刺されたにしては速いゼラニウムと軽い鎧とはいえプレートを着ているパステルが、馬車を置いて山道を走って行く。道案内が遠くへ走って行く。大体の位置は聞いているが正確な場所はやはり案内が欲しい。

「元気だな」

 手綱を握っているファーンが虚ろに言うが、そういった軽いことではない。手綱を握っているというのは本当に握っているだけで、本人は半分以上眠っているようなものだった。

「しょうがないな。このまま進もう」

 前方にいたセシルがゼラニウムがいた位置に移動し、馬車の左右を守る形に着く。できるだけ無駄な体力は使いたくない。特にファーンは日光に当たって体力を無駄に消費したくなかった。

「もし死体になっていたら怒るからな」

 ヴァスが素晴らしいことを口にして、馬車の周りに妙な空気が漂った。他意はなかったヴァスはこの空気をどう回収しようか悩んだが、直ぐにパステルに捕まったゼラニウムを発見できて安心した。



**



「もらったぁぁ!」

「うぐぅ」

 坂が急になった所で勢いを失った眼鏡に飛び蹴りを食らわせ、パステルはゼラニウムの捕獲に成功したが、馬車と距離が開いてしまった。

 パステルが馬車が来るまで眼鏡に馬(マウント)乗り(ポジション)で殴り続けてやろうか、それとも回転(ジャイアント)投げ(スウィング)で荷台に放り込んでやろうかと悩んでいる所に少し急いだ様子の馬車が来た。

「なんとか死んでないな」

 ヴァスが失礼なことを言った。そんな、半殺し程度で済ませるつもりだったのだ、殺害するつもりなど無かった。結果としてそうなったとしても、そんな考え無かったことにする。

「なっなんとか」

 土に汚れた服を叩き、眼鏡の位置を直す眼鏡。もっと早く決断していれば自分で身体を起こせないほどまで痛めつけられたのに。

 少々の後悔。



「門への道はここから入るんです」

 丁度坂が急になる所で道から外れると、あまり踏み固められていない古い道が現れる。そこから頂上に向かう一本道の先に門が道を塞いでいる。眼鏡に追いついたところが偶然にもそこだった。

スゴイわ! 私。自分で自分のすごさに驚嘆して、浸っている所で眼鏡は馬車が通れそうな所へ少し山道を少し戻った。

「徒歩ならあそこなんですが、馬車だとこっちが入り易いんです」

 …眼鏡め、私が馬鹿みたいじゃない。

 坂道で馬車が後ろに下がるのは容易ではなく、ヴァスとセシルが荷台を支えながら少しづつ下げて戻り、そこから草むらに入った。

あそこまで眼鏡が逃げなければ必要ない労力だったのだ。ここからしっかりと案内で働いてもらおうか眼鏡。

 といってもここから一本道ですることなんてないんだけど。



**



 道といってもあまり草が生えていないだけで、柔らかく枝や落ち葉がそこら辺にたくさんある。御蔭で馬車の車輪は綺麗に跡を残していき、足元は滑り易い。後ろにヴァスが付いているおかげで危険な事はなかったが、そうでなければ危なくなりそうな場面はいくつかあった。行きはいいが帰りは大丈夫だろうかと心配された。今は良くても帰りは重い荷物が乗っている予定だからだ。

「こりゃ帰り道が心配だな」

 汗を拳で拭いながらヴァスが不安を口走る。馬車の後ろを任されているヴァスにすれば帰り道の方が不安になるのは当然だ。

「ここは昔、鉱山道だったみたいです。多分掘りつくしたので封鎖されたのでしょう。心配性のリーニャク教徒があの門を付けたのかも知れませんね。坑道は迷路みたいなもので地図もありませんし、迷いこむと中々出てこれませんしね」

 眼鏡の説明はなんだか回りくどい。

「つーことは? もしかして行ってもないかもしれないって事か!」

「違う。地震か何かで鉱脈の層が隆起して再び掘れるようになったのかどうかしらんが、運ぶルートはあるということだろう? 運ぶ道具は回収されていても、運ぶルートは回収されていない。そういうことだろ」

 ファーンが面倒そうに説明する。脳みそ筋肉に分かるように説明するのがいかに大変か。眼鏡の説明が分かりにくすぎるし、よく分からないのだ。それが一番悪い。

「そうだな。この道に並走するようにレールが残っているようだ」

 どうしてそんな事がわかるのだろうか。実はセシルすごく目が良いとか? 見え過ぎるからいつも視界を狭くしているのだろうか。

 そのどれもを否定する音がゴトゴトと山の上の方から聞こえてきた。今は使われているはずのない荷を運ぶトロッコの音が近寄ってくる。しかも速い、もうすぐそこまで来ている。

「誰かがトロッコを持ってきてくれているらしいな」

 その冷静で素晴らしい考え方の頭脳を半分くらい分けてほしいわ、セシル。この場合、明らかに私達がたどり着く前にトロッコを持ってきてくれてる誰かさん達に襲われる可能性が高いって事でしょうそれ。昨日も襲われて、今日も襲われるなんて最悪!



***



 トロッコはスピードを少し落として私達のすぐ横で止まった。でも音でしか分からない、木と草が邪魔で相手を確認できないのだ。

「動くと俺様の二丁拳銃が火を噴くぜ。パステル、ゼラニウム」

 どこかで聞いた声が私と眼鏡の名前を呼んだ。

「なんだお前らの知り合いか」

 お気楽に構えているヴァスがちょっと気を抜いた。そんな軽い考えでよく今まで生きてたわね。素晴らしい幸運の持ち主だわ! 拍手をしてあげるから、知り合いなんて言わないで。

「お友達さ、とても仲のイイ」

 坂の上から柄の長い斧・戦(バトル)斧(アックス)を肩に担いだ男を先頭にし、昨日の連中よりも良い鎧や武器を身につけた一団が降りてきた。

「久しぶりじゃないかゼラニウムにパステル。新月王国での遺跡以来じゃないか?」

 男は親しげに馬車の前で声をかけてきた。

 どこかで聞いて、どこかで見て、どこかで戦い合った男だ。

「うるさいわね。ストーカーしてんじゃないの変態」



**



「蛭みたいにいつまで張り付いてるつもり? たまには自分で調べたらどう? そんな頭がないからくっついてるんだろうけどっ。その形だけの身体は軽すぎる頭が飛んでいかないようにしてる重石でしょ? 外してあげてもいいのよ!」

 おもいきり声を張り上げる。ここはハッキリと言ってやらないと、まだヴァスが勘違いしてるかもしれないから。それに今までの恨みを多少なりとも言っておかねば腹が立ってしょうがない。

「そんなに言うなよ俺達の仲じゃないか」

「「黙れストーカー!」」

 流石に温厚な眼鏡もキレているらしい。心は同じだったか。

「ところで自己紹介は無しか?」

 ヴァスが腕を組んだまま、銃口があるだろう方向を向いている。

 こんな奴ら紹介もしたくない。できればもう二度と会いたくないと思っていた相手だ、名前なんて口にしたら唇が汚れる。私の清らかな唇が汚れる。

「おぉっと自己紹介を忘れた。俺はコルスト。そっちで二丁拳銃を構えてる男前はガスだ。そんで時には“南風の砂”時には“山嵐”って俺の部下達だ」

 元々が傭兵崩れの連中を集めてまとめているだけの一団だ。しかし単なる馬鹿の集まりを指揮して、本来以上の力を出させているのが、悔しいが指揮力のあるコルスト。そして遠方から狙うガス。

 ことあるごとに付きまとうストーカー集団だ。それに、昨日の盗賊団とは一味も二味も違う。なんせ、こいつらは時には騎士団すら煙に巻いて逃げることができる程統率が取れている。役人の上層部に食い入っているんじゃないだろうか。

「へー。俺はヴァスティス、ヴァスと呼んでくれ」

 首だけコルストに向けて呑気に名乗るヴァスの足を蹴ってやりたくなった。

 ヴァスの腕に血が垂れた。



 ガスが一発ヴァスに向けて撃ったのだ。ガスの銃は魔法処理されているらしく、音はしなかった。

 ガスの銃は音のしない普通の金属の弾を撃ちだす銃。そして、もう片方が魔弾を撃ちだせる銃、こちらは音がする。

 ヴァスを撃ったのは普通の金属の弾らしいが、傷には変わりない。

「名前なんて聞いちゃいねぇ」

 ヴァスの表情は変わらない。腕を組んだまま、傷を押さえようともせずに、不動の態勢だ。

「やめろよガス。そいつの力が必要なんだぞ」

 コルストが慌てた風でもなく手を振る。ガスは、冷静なふりをした激情型だ。それを抑え制御するコルストはいつも爆弾を抱えている気分なんだろうけど、そんなこと知ったこっちゃない。どこか私達に関係ない場所で爆発してしまえといつも思っている。

 それに抱えてるのは爆弾だけじゃなくて、賢い学者やら信仰心のあり余った信者なんかもだ。知識人には遺跡荒しも楽しい探索らしい。こちらが情報を掴むとどこからともなくやって来て、上前をはねようとする。私が鎧を作っている間に準備を進めていたなこのストーカー。

「さぁてご一緒いただこうか」

 ファーンが馬車から降ろされ、前後を武器で挟まれて一本道を歩かされた。

 どうせヴァス以外は殺しても差し支えないと思っているくせに。



 急ではないにしろ山道を登るのは大変だ。しかも、前後がしっかりと武器を担いだ屈強な男共に挟まれていると暑苦しさと息苦しさ倍増。それと木の上を移動している女が一人。色の黒い弓使いエルフ。

「眼鏡のバーカっ」

 深い溜め息を眼鏡はつく。町からずっと監視されていたのだろう、気付くのが遅すぎだ。奴らにすれば私たちは良いカモだ。それは知っていた、だからこそ今も生きているのだろうが、それが何となく嫌だ。一攫千金を狙う奴には網を張っておいて、金になりそうになると網を引く。

 だからってカモもやられてばかりではない、古い遺跡に入ったフリをして死なない程度に埋めてやったことが何度かある。だから目を付けている節もある。私は悪くない、ついてきた奴が悪いのだ。

「さぁて、もうそろそろお目見えだ」

 後ろをついて来ていたコルストが楽しそうに教えてくれる。ここが眼鏡の予想通りならこのコルスト達で分けてもかなりのものだろう。そして人海戦術で掘りつくし、地主を適当に置いてそこから摂取していくつもりだろうか。

 貯めていた貯金箱を割られた気分だ。



***



 一本道の先、左右にでかい木が二本立っている。それに封印の模様が描かれた板がはめ込まれている。これが一帯を囲んでいる。トロッコのレールは板の手前で始まっている。三台ほどが順番待ちをして、レールの上で暇を持て余している。しかし、これから忙しくなるのだろう。手入れがしっかりなされている、直ぐにでも発進できそうだ。

「…確かにリーリアリの封印だな」

 ヴァスが緊張した面持ちで言う。隣でいるから分かる、身体が震えている。ヴァスにすれば蔦を登る試練、開ける理由は変わらない。周りの条件が変わっても、開ける事が目的のヴァスには関係ない。

「開けてもらおうか。と、その前に聖戦士様と魔法戦士様には勧誘の手続きだ」

 コルストがガスに合図を送る。ファーンとセシルが隔離され、引き離された。

勧誘なんて嘘だ! やばい、やばいやばい。いくらセシルやファーンでもこいつら相手には無理だ。

「やめなさいよっ」

 割り込もうとする私の前に戦斧が振り下ろされる。足元に斧が突き刺さっている。コルストの戦斧は左右に刃がついている型。片方だけなら踏んでやるのに!

「パステルとゼラニウムも後々話をしようか?」

「黙れハゲ! スケベ変態! ロリコンっ」

 どの言葉に傷ついたのか知らないが、こめかみに青筋が浮き出た。

「…あら。ごめんなさい本当のことだったのね? バラシチャッタ」

 わざとらしい棒読みで嫌味ったらしさ倍増よ。

 せめてもの言葉での精神攻撃にファーンとセシルが笑った。彼方達が笑ってどうする。あんたらが一番危ない状況なのよ。少しは分かってる?

「お連れしろ」

 髪が逆立つのではないだろうかというほど怒りを抑えているコルストは静かに伝えた。



**



 登ってきた道をセシルとファーンが下る。処刑台に向かう者を見送っている気持だ。なのに二人はまだ笑っている。そんなに可笑しかったのか、緊張のあまり頭が変になったのか。どっちにしても二人をもう生きた姿で見ることはできないだろうと覚悟した。

「心配すんなって直ぐに終わらせるから」

 ヴァスが眼鏡と私の肩に手をかける。そしたら胸が熱くなった。私達よりヴァスの方が二人と付き合いは長いのだ、心配にならないわけがない。なのに不安な顔一つしない。

「だから、お前ら頑張れるな?」

 涙で潤みそうな目をうつむいて隠した。



 ヴァスは門の前に立つと上着を脱いで上半身裸になって、五枚葉の模様に触れた。ここから見ても分かる、幾つもの凹みがある。私達がきた時にはなかったもの、コルスト達が開けようとしたのだろうが、無理だったのだ。だから私達がヴァスを連れてくるのを待ったのだろう。それでなければ今頃ここ一帯に入ることすらできなかっただろう。昨日の盗賊団も一掃されて出会う事もなかったはずだ。

「開けられるかな? 僧兵様は」

 戦斧を肩に担ぎ直したコルストことロリコンは、門の前で集中していくヴァスを見てニヤニヤ笑っている。気色悪い。

「それにしてもいい体つきしてやがる。ウチには少ないタイプだ」

 それを一緒に聞いていた眼鏡がついに重い口を開いた。

「…あんたホモだったんですか」

 眼鏡と一緒に一歩下がった。それはホモ疑惑のロリコンの手下も同じだった、私達とは違い後ろに下がれる分かなり下がった。手下にもヒカレテやがんの。ばーかばーか。

「気が抜けるからやめてくれるか?」

 集中が切れて脱力したヴァスはちょっとだけ怒っていた。



**



「ここら辺でいいだろ」

 門から大分離れて勧誘手続きを任されたガス達は止まった。まだ笑っているファーンをセシルがたしなめていた。

「いい加減やめてやれ」

「いや俺も思ってたし…ハゲとロリコン」

 再び思い出したのか、我慢しきれず噛み殺そうとするが苦しそうに笑う。もう涙目だ。

「お頭はまだ禿げてない!」

 ガスが銃口を向けて声を荒げる。

「お前、まだって……っぷ。そんな目で見てたのか? 可哀想だろ」

 無音の銃声が響く。