はらりと舞い散る03




***

落し物と道案内以外で初めて入った警察署は意外と小さかった。
ストーカーから守ってくれた女の人が暴行犯だと言われ、その説明をするのに小一時間かかった。
状況が状況だっただけに間違われたのも仕方ない。
でも、それに憤慨したのは助けてくれた女の人だった。

「だから! 後ろをついてくる足音がしてたから気になって立ち止まってたんです。
そしたらこの子が変な男に近寄ってきて、しかも『来ないで』とか言ってたから助けたんです。
なんですか、助けちゃ悪かったんですか?」

本当に助かった。
この女の人が来なければ今頃どうなっていたのか分からない。
おじさん、警察署でフードをとったらおじさんでもなく少し年上という位だった男の人は、
気付かぬうちにストーカーをしていたらしい。
警察署に入った途端に机の下に潜り込まれた時、再びハイヒールで蹴られそうになっていた。

警察署で誤解が解けるとその女の人は警察署の中で電話をかけだした。

「秋月! 迎えに来なさい。いいから、グダグダ言うな! 来い」

場所を付け加えると、多分、一方的に電話を切った。
突然のことに口を開けて呆然としてしまった。

そして振り返り、割り切ったという顔で手にしている携帯電話を振って言った。

「あなたも誰かに迎えに来てもらいなさい。
ストーカーに絡まれた後なんて怖いでしょ?」

(確かに!)

今から距離のある夜道を一人で帰るのも怖い。
もしかしたら、警察官の人が送ってくれるかもしれないが話相手になってくれるわけでもない。
送ってもらったらそれで終わり。

「でも、地元がここじゃないんで家族いなくって」

家に帰ったら一人だ。
せめて下宿か寮だったら人がいるのに、どうして家に帰ると誰もいないのか急に涙がこみ上げてきた。

「じゃあ友達にでも連絡しなさい。
こんな時だからこそ呼びつけなさい、私みたいにとは言わないけど。
誰かいないの?」

言われて思い当たる顔が頭上に浮かんでは消える。
きっと寝てる。
確かまだアルバイト。
そんなに親しくない。
……親しくない。

思い浮かんだのは待ち受けに設定してある先輩。
急に顔が燃え出した気になった。

「あれ? 誰か思い当たる人がいるのかな~」

急に親しみやすい笑いになった女の人。
どうやって返事をしようか迷いつつ、それでも携帯電話を取り出してアドレス帳のあ行を開いた。
電話は無理でも、メールなら。

動かしていた指が止まった。

「で、でも。そんなに親しくないんですよ?
皆で話をしたくらいで」

耳まで熱くなっていた。
きっと顔中が赤い。
今ならきっと来てくれるんじゃないか、人が好いから。
でもそれに甘えていいのか、変に思われないか心で振り子が揺れていた。

そこにさり気なく、

「いいじゃない、緊急事態ってことで。
呼んじゃえ、呼んじゃえー」

悪魔のような、天使のような囁きが聞こえる。
それに後押しされて、メールの送信ボタンを押した。
さっきストーカーに襲われそうになった時よりも心臓が飛び跳ねている。

(き、緊急事態だし。
怖いし、寂しいし。
い、いいんだよね?)

メールが送信された通知が携帯の画面に表示される。

***

メールの来ない時間が苦しい。
ニヤニヤと笑っている女の人は警察官の人からの署名に応じてペンを走らせている。
それも一通り終えると足を組んでニヤけている。

「あぁ、あなたの彼氏見たかったんだけど。
残念、もうそろそろ呼びつけた相手が来るから帰るわ」

「そうなんですか。
今夜は本当に有難うございました」

頭を下げると軽快な足音が入口で止まった。
誰かと顔を上げて見ると、

「秋月センパイ」

息を切らして返信を待っていた相手がやってきた。

「……長森さん?」

頬を赤らめて、目を真ん丸にして、見られていると恥ずかしくなった。
しかし、それも束の間。

「咲子さん、何したの? 早く来てって言ったのに」

足を組んでいる女の人の手を引っ張った。
失敗した、というよりも「あれ?」という表情に近い。
きっと同じ顔をしてる。

「もしかして、あなたがメールしたのもコイツ?」

「……はい」

「秋月、メールを確認しなさい。今すぐに」

何のことか分からないといった表情でズボンのポケットから携帯電話を取り出して、先輩はメールを確認し始めた。
突然恥ずかしくなった。

「いいです! いいんです!
開けないで、開けないでください!
消して下さい」

思わず叫んでいた。
それでも時間は戻らず、先輩はメールを確認してしまった。

「え、見ちゃったけど。消した方がいい?」

穴があったら入りたい気分に突き落とされた。
天国から地獄に落ちた気分だ。

「消して下さい。お願いです」

「うん、分かった。
それより、咲子さん! 時間無いから早く。
長森さんも早く」

羞恥に顔を赤らめつつ、引きずられるようにして警察署を出た。
先輩は苦い顔をしている咲子さんと私を急かしながら近くの公園へ入った。

先輩に彼女がいたこと、その彼女の目の前で先輩にメールしてしまったこと、警察署に急いで迎えに来てくれたのだと勘違いしてしまったこと、
全部が恥ずかしく思えた。

「ここ! 早く!」

長い指がさしたその先には真っ白い花が咲いていた。

**

満月にほど近い月がその白い花びらを映し出していた。

あんまりにも綺麗で、息をすることすら忘れそうになったくらい綺麗な花でした。

「すっごいでしょ?
この季節に咲いてるなんて本当にびっくりしたんだ」

息を白くしながら先輩は子供みたいな目をして語りかけてくれた。
思わず、天国にも昇るようだった。

「でもね、日の出には散っちゃう、とても儚い花なんだよ」

月下美人。
隣で咲子さんが呟いた。